犬と悪霊と茶碗蒸し
お約束と言わんばかりに、ミギーくんはチャイムを連打してくれました。
どとうのピンポンラッシュ! 朝からめっちゃ迷惑じゃん、でも彩萌も止めないから共犯だね。
流石のルーカス先生も怒るかな? というか……ここ、本当にルーカス先生の家だよね?
違う人だったらどうしよう……、なんかちょっと不安になってきた。
まあ、違う人だったらプリンを差し出してお詫びしよう。
ちょっとしたらね、玄関開けてルーカス先生が出てきたんですよ。本物のルーカス先生でした。
彩萌を見たらね、ルーカス先生がうげって感じで嫌そうな顔してた。
失礼ですよ、めっちゃ失礼です!
彩萌は止めなかったけど、ピンポン連打してないですよ!
彩萌が挨拶しようとしたらね、ルーカス先生は扉を閉めようとしたんですよ。
でも、むーちゃんが強引に扉を掴んで開かせようとしたから、ルーカス先生めっちゃ慌ててた。
「ちょっと……止めてください、扉が壊れます!」
「無駄な抵抗をするから壊れそうになってんじゃん、大人しく首を差し出せ」
「そのセリフは悪役のセリフだと彩萌は思ったー」
「きゃははっ! 悪の化身と呼ばれるぼくには相応しい、お前ら全員代替わりさせてやるよ!」
「なんで悪役呼ばわりされてテンション上がっちゃったの?」
むーちゃんは悪役になりたかったの?
それに代替わりって……めっちゃ殺伐としちゃうじゃん、血を見ることになっちゃうからやだよ!
死んだら次の人に力が継承されるって、ルーカス先生言ってたし。
一瞬開こうとしてたけど、むーちゃんのセリフを聞いてルーカス先生はめっちゃ困ってたよ。
だよね、殺してやるよ! なんて言ってる人が居たら開けたくなくなっちゃうよね。彩萌だって開けたくないもん、でも開けないと玄関壊されちゃうよ。ついでにむーちゃんの機嫌も悪くなるから、本当に命の危機になっちゃうよ。
というか……ミギーくんはまだチャイム連打してたの?
「ねぇ……いい加減にしないと本当にぶっ壊すよ、お前ごと」
むーちゃんの怒りの言葉により、ルーカス先生は無駄な抵抗を止めたのでした。
ついでにミギーくんも「うるさい」ってむーちゃんに言われて止めたよ。
触らぬ神にたたりなしだね、うん。
「おはようございますルーカス先生、これお詫びとか色々な意味での差し入れです、プリンですよ!」
あぁはい、とか言ってルーカス先生は受け取ろうとしてたんだけど、プリンという発言を聞いてぴたっと動きを止めてました。
険しい表情と言うか、苦しい表情と言うか……とりあえず受け取るのを迷ってました。
……えーミギーくーん、ルーカス先生めっちゃプリン食べてたって言ってたじゃーん。
プリン駄目なの? プリンアウトなの?
「甘い物、に……苦手なんですよ」
「でも、ミギーくんというこの少年の目撃情報ではルーカス先生はプリンめっちゃ食べてたって聞きました」
「いいえ、私は……えっと、茶わん蒸ししか食べません」
「心苦しい言い訳ですね! ミルクセーキも飲んでたと言う目撃情報がこっちには上がってるんですよ!」
「……寒い地域の茶わん蒸しは甘いんですよ」
ちょっとイラッとした感じで、ルーカス先生は彩萌からプリンを受け取ってくれました。
本当は甘い物好きなのかな? 彩萌がじーっと見てたらね、ルーカス先生は微妙な感じの表情で「甘い物はプリンしか食べられないので、色々と面倒なんですよ」って言ってた。
プリンが食べられるなら他の甘い物も食べられるでしょ、って思う人が居るからかな? プリン食べられるのにチョコは食べられないとか、なんか変な感じするもんね。同じ甘味でしょ? って思われるとたしかに面倒かも? ルーカス先生は顔だけ良いもんね、チョコいっぱい渡されそうだもんね。
「じゃあ、もう良いですよね。これから用事があるんで」
「あっ、待ってください。彩萌は巫として、役目を果たそうと思ってきたのですよ」
ルーカス先生は怪しいものを見るような顔で「……役目?」って呟いたんです。
そうです、彩萌はしっかり役目を果たすのです。その為にはルーカス先生の力が必要なのです。
「というかー、わざわざ来てやったのに外に立たせっぱなしとかマジ失礼だと思うー、茶ぐらい出すのが礼儀ってもんじゃないの? これだから最近の巫はダメなんだよ、昔の巫だったらぼくの姿を見ただけで頭を下げて供物を用意したっていうのにマジないわー、マジないわー」
「それ、ムールレーニャ様が恐れられてただけじゃね? マナー的なアレじゃなくて、恐怖じゃね?」
ミギーくんそれはむーちゃんにちょびっとだけ失礼だよ、でも彩萌もそう思う。
そんなむーちゃんを見て、ルーカス先生は嫌そうな顔をしながら「跪けって言うんですか……」って呟いてた。
ルーカス先生って意外ときもがすわってるね、そんな嫌そうな顔しちゃったらむーちゃんは不機嫌になっちゃう。
フレアマリーさんとか、ユースくんは喜ぶけどね。
「そうだよ、敬いて跪けよ。お前らにはそれをする義務がある」
「良いじゃんそんなの別にぃ……、そんな事より家に上がっても良いですかー?」
めっちゃ渋々って感じで家に上げてもらいました、むーちゃんは彩萌にさえぎられちゃったからか不機嫌そうです。
テレビとかの姑みたいにぐちぐちうるさいよ、もっと軽い感じで行こうよ。
スリッパを出してもらって、家の中に侵入! 玄関とか廊下とかは意外と広いです、物がまったくなくって。
靴もちょびっとしかなかったです、傘立てに傘入ってなかったよ。
「一人暮らしなんですか?」
「一人暮らしと言えば、一人暮らしですけど……残念ながら犬と悪霊が住みついていますね、本当に残念ですけど」
「家族はいないの?」
「残念ながらいませんよ、本当に残念ですけど」
本当に残念って思ってるの? って思っちゃうような顔でルーカス先生は教えてくれました。
たぶん残念だと思ってないよこの人、流れで残念って言ってるだけだと思う……。
ここまで感情が分かる人も珍しいよ……、顔はあんまり変わってないけど。
「ルーカス先生って友達いるの?」
「叶山さん、それはとっても失礼な質問だと思いますよ」
「じゃあオッサン友達いるんだ?」
「私に友達がいたら、私が一番驚くと思います」
彩萌も驚くと思うよ。
彩萌たちは居間に連れて来てもらったのね、ダイニングテーブルがありますね。
昔家族で住んでたのかな? ってくらいデカいテーブルです、イスが六個あるし!
あと、残念ながら白雪さんと上悪土さんはそこにいませんでした。
「ルーカス先生って彼女とかいたことあるの?」
「彼女いるの? ではなく、彼女いたことあるの? って本当に私に失礼ですよ、これでも私はもう三十代なんで」
「結婚できない男なんだね、ルーカス先生どんまい」
椅子に座りながら彩萌が同情的な目をすると、さすがのルーカス先生もムッとした顔をしてました。
というかルーカス先生って見た目の割に年くってるんだね……。
「できないのではなく、しないんですよ。嫁が居なくても困っていないから結婚してないだけです!」
「結婚できない奴ってすぐそうやって言い訳するんだよなー、どうせフラれたり結婚は無理って言われちゃってたりしてるくせに」
「ルーカス先生はすぐに面倒とか言っちゃってそうですもんね」
「貴方達は私に恨みでもあるんですか?」
「むしろなんで彩萌たちに恨まれてないと思ってるんですか?」
すぐに「誘拐犯の一味の癖に、生意気だぞ」ってミギーくんが追い打ちをかければ、ルーカス先生もちょっとだけ反省してた。
反省してくれたみたいだから許してあげよう、ちょっと彩萌も大人気なかったね……ごめんなさい。
ルーカス先生がコップにいれてくれたペットボトルの紅茶を飲みながら、彩萌はここに来た理由をお話しました。
簡単に言っちゃうと、巫のみんなが仲良くすると歪みとか減るよー、なんですけどね!
それ聞いたルーカス先生は超嫌そうな顔してたよ。
「意外と楽しいかもしれないですよ、というかルーカス先生はどうして仲良くするのが嫌なの? 面倒だから?」
「いえ、なんとなく……嫌だな、と」
「でも白雪さんとか、上悪土さんとは一緒に住んでるんでしょ?」
「それはほら、あれなんだよ……オッサン実はロリコンなんだよ、きめぇー」
ミギーくんのロリコン発言に「違いますよ!」とルーカス先生は必死に否定してた。
マジかー、ルーカス先生ロリコンなんだー……、だから教師してるのかなー。
彩萌がやばいねーってむーちゃんに同意を求めたら、ルーカス先生が「絶対に違いますから!」って言ってた。
彩萌も違うんじゃないかなって思ったけど、何かルーカス先生の反応面白いからしばらく黙ってよう。
なんか彩萌ちょっぴり悪い子になってる気がする、でもルーカス先生が面白いから悪いんだ……。
あれ、なんかルーカス先生ってフレンジアさんに似てる気がする!
つまりルーカス先生はヘタレ属性なんだね、イジラレキャラなんだ……!
でもフレンジアさんの方が大人で優しくってかっこよくてキレイで強いから、彩萌はフレンジアさんの方が好き。
それにフレンジアさんは女子力だって高いんだぞ!
彩萌もフレンジアさんみたいな女子力の高い大人になりたい。
「どうせ嫁が居なくって困ってない理由って言うのも白いのが居るからなんだろ、オッサン」
「そもそも……どうして貴方達がこの家に白雪さんと上悪土さんが居るって知っているんですか?」
「ごめんなさい、ミギーくんが昨日不法侵入しちゃったらしくって」
だからプリンでお詫びに来ました、って言ったらルーカス先生は頭を抱えてました。
プリン食べてるとこしか見てないらしいよって言ったら、「それなら良かったです……」って呟いてた。
見られたくないプライベートがあったんだね、まあ……当たり前だよね。
「何か煩いなって思っておりてみれば……、何で貴女が居るのよ! ふかちくんに媚び売りに来たんでしょ? そうなんでしょ!?」
あ、上悪土さん居たんだ……。
扉がちょっと勢い良く開いたと思ったら、久しぶりの上悪土さんでした。
相変わらずキレイな金髪ストレートです、ぱっつん前髪ですよ。相変わらず外国のお嬢様みたいです。
目も緑っぽい色だしね!
「なんでこんなやつ家に上げるの! マジありえない、ルーカスアンタマジでロリコンなんじゃないの!? このペド野郎!」
「あぁ……もう、なんで私がさっきから責められてるんですかね」
「そこにルーカス、アンタが居るからに決まってるでしょ!」
すっごい嫌そうな顔で「解せん」とルーカス先生は呟いてました。
なんかちょっとかわいそう……、ルーカス先生は怒って良いと思うよ。
いや……、逆になんでさっきからルーカス先生怒んないの?
「フレアマリー・バーミリオンが居たら絶対こう言ってるよ、ルーカスマジハーレム主人公乙って」
「えーっと、ハーレム主人公ってなに?」
「ハーレムってあれだろ、群れの長がその群れの雌を侍らかしてるやつ」
「マジでー? よく分かんないけど……、ルーカス先生モテモテって意味なの?」
「あれが俗に言うツンデレってやつ、マジウケるっ傑作じゃん!」
むーちゃんが馬鹿にした感じで、指差して上悪土さんを笑ったんですよ。
それに上悪土さんが「何言ってんの!? 私がこのカスのことが好きだって言うの!?」って怒ったんです。
そんでむーちゃんが上悪土さんを指さしながら「ツンデレは照れ隠しですぐ怒る」って言うの、でも彩萌的に上悪土さんはマジ怒りしてるようにしか見えないよ。
あと本物のツンデレはむーちゃんだって彩萌は思います。
まあむーちゃんの場合は上悪土さんを馬鹿にするための発言だと思うけどさ……。
「朝から騒がしい、近所迷惑ですよ……。ルーカス先生、部屋の汚れは心の乱れです。洗濯物くらいきちんとご自分で出してください、僕みたいなのに世話されてたら世話無いですよ」
「ふかちくん……、ルーカスの脱いだもの触ったの!? 今すぐ手を洗わないと穢れちゃう!」
「それくらいで穢れません、というか……貴女なんなんですか、思春期真っ只中の中学生ですか?」
「その言い方は嫌! だって、その言い方……ルーカスがお父さんでふかちくんがお母さんみたいじゃない!」
掃除してたのか、エプロン付けた白雪さんが上悪土さんの後ろの扉から登場したんです。
なんかエプロン似合ってる……!
セリフもだけど、マジでお母さんみたいだね白雪さん……!
「フェーニシア様、おはようございます。早朝より貴女様のご尊顔を拝見する事ができ、心より嬉しく思っております」
「なんか……すごい、丁寧で……嫌味っぽいです。お、怒ってるの……?」
「いいえ、嫌味っぽいのは元からですよ」
「それでぼくには挨拶しない気なの」とむーちゃんが不機嫌そうに睨んで、それを見た白雪さんが苦笑いを浮かべて挨拶してた。
そんなむーちゃんに上悪土さんは威嚇してた、なんかぐるるーって唸ってた。
動物みたいな唸り声だけど、上悪土さんそんな声どこから出してるのかな……?
「お昼はどうします? いただいて行かれますよね?」
「お前の作ったものなんて食べたくないね」
「彩萌は食べたいです!」
あっ、なんか……白雪さんたぶん良いお嫁さんだ。
こりゃルーカス先生結婚する気無くなるわ……、彩萌も白雪さんみたいになりたい。でも嫌味っぽいのは嫌かも?
「ルーカス先生は白雪さんと結婚するの?」
「っし、しまっせんよ! 犬ですし、子供ですし!」
「きゃはっ、犬だからもうこいつ子供じゃないでしょ! もう何匹か子犬でも産んでたりしてー?」
「犬と結婚しろって言うんですか!」
「ルーカス先生、地味に僕に失礼だと思いませんか? それに犬は犬でも、僕は狛犬ですよ」
まじで! 狛犬ってあれじゃん、神社にいるあの石像じゃん!
えっ……実は白雪さんは犬じゃなくって、石像!?
というか地味にルーカス先生のってくるよね、面倒臭いなら無視しちゃえばいいのに、ルーカス先生も実はツンデレなの?
でもツンツンしてる訳じゃないから……うーん、ダルデレ? ダルダルデレデレ?
そう言えば一瞬すっごい慌ててたけど、やっぱりルーカス先生も白雪さん良い嫁だわーとか思ってたに違いない。
「ふかちくんはもう結婚してるの! そもそもルーカスみたいなカスに靡く奴なんて居ない!」
「えぇ!? 白雪さん、もう結婚してるの……!?」
「あれを結婚したというなら、既婚者かも知れませんが……だとしてももう未亡人ですよ」
「未亡犬かもしれませんけど」と笑った白雪さんは大人だった……、なんかよく分かんないけど美しい……!
ルーカス先生も結構びっくりしてた、地味にむーちゃんもびっくりしてたのがちょっと面白かった……笑ったら睨まれたけどね。
そんでミギーくんはめっちゃ暇そうだった、ごめんねミギーくん。
「えっ、じゃあ……子犬は何色だったの?」
「フェーニシア様、残念ですが僕は子を産んだ事がありませんし、そもそもまず結婚していません」
「内縁の夫婦的なそんな雰囲気だった! 私は白雪様しか認めないですからね!」
「僕はどちらかと言えば娘と父の様に感じていたのですけど、初喜さんは何を見ていたんですか」
「というか仮にもしそうだったとしたら、あの人が獣好きの変態になってしまいます」と白雪さんは遠い目をして言った。
白雪さんいわく、その当時は本当にただの大きな喋る犬だったらしい。
たしかにそれで夫婦だったら、白雪様とかいう人が怪しい人になっちゃうよね!
上悪土さんはその頃、白雪様とか言う人のお家にあった花瓶の中にいたらしい。
別に封印されてたとか、憑りついてたとか、呪いの品物だったとかそういう訳では無いらしい。ただ単に居心地が良かったから花瓶の中にいたらしい、花瓶って居心地良いんだね……。
今も眠る時はその花瓶の中に入ってるらしい、マジか。
そんなことを白雪さんは彩萌に教えてくれたけど、喋られてる上悪土さんはめっちゃ不満そうだった。
むしろ唸ってた、ごるるるるーって感じで唸ってた。
上悪土さんは実はお花の妖精とか、そう言う類のものなのかもしれない……。
ルーカス先生は仲良くするの面倒臭いとか言ってたくせに、ちゃっかり白雪さんの話を聞いてました。
実は仲良くしたいのかもしれない、面倒臭いだけで。
役目を理解してる発言をしていた白雪さんは仲良くしてくれるみたいです、魔法が使える彩萌とも仲良くしておくれよ。
彩萌は将来すてきなお嫁さんになりたいので、お料理が作れるようになりたい。
そんな訳で白雪さんと一緒にお昼作る約束をしました!
上悪土さんにかなり文句言われたけどね!
でも鶴の一声ならぬ、白雪さんの一声で上悪土さんは何も言えなくなってたけどね!
役目ってこんな感じでいいのかな、とりあえず青と白と黄色と仲良くなったってことでおっけー?
あと緑とか紫とか、みんな顔を合わせられると良いよね。
彩萌に出来るかな……?
そういえばプリン、ぶちまけられなかったね!
――あやめとアヤメの交換日記、五十三頁




