月の下で化ける
さほど大きくはないが、とても雰囲気が良いと思った。こういう場所は詳しくないけど。
店の奥にあったテーブル席に山吹たちは座る、私達はそんな二人から少し離れた席に座った。
落ち着いた雰囲気だ、馬鹿騒ぎする客はいない。
二人がウェイトレスに料理を頼んでいるのをぼんやりと見ていると、頭をがしりと掴まれた。
ググッと無理矢理顔をフレアマリーの方へと向かされて、彼女はにっこりと笑みを作る。
「お前は何か飲んだり食ったりするのかよ?」
「えっ……――誰かお金持ってるの?」
どうやらこちらも何か頼んでいたらしく、ウェイターの姿が見えた。
まあ何も頼まないで店の中に居座るのは失礼だけどさ……。
彼に聞こえない様にフレアマリーに小声で問い掛けると、彼女はにっこり笑ってディーテを指さした。
当の本人は財布の中身を気にしているのか、フレアマリーが指差した事には気づいていなかった。
小さな声で「勉強頑張ってた彩萌ちゃんに新しく本でも買ってあげようと思ったのに」とかなんか長ったらしく愚痴を零していた。
「彩萌ちゃんの為に貯金してたのに」とか呟くディーテを無視して、私も何か頼む事にした。
「じゃあ……適当に軽食見繕って、軽食に合うアルコールが入ってない飲み物で」
こんな適当な注文でも良いなんて、やっぱり海外すげぇな。正確には異世界だけど。
ユーヴェリウスとグラーノは何も頼まなかったけど、フレアマリーとフェクタが容赦なく頼んでいた。
ディーテは諦めたらしく何も言わなかった、顔色は良くなかったけど。
大量に食べ物などを頼んでいたフェクタ・カクタスだったが、彼には食べ物を食べる習慣は無いらしい。食べる気もないらしい。
でもフレアマリーとディーテと、気が向いたらグラーノも食べるから大丈夫、とフェクタは言っていた。
せめてディーテに少しでも決めさせてやれよ……、と内心思ったり思わなかったり。
「フレア、あの……ほどほどにしてくれないと困るよ?」
「おう、考えとくわ」
そんなディーテとフレアマリーの会話を聞きながら、二人へと視線を向けた。
飲み物を飲んでいたが、特に会話らしい会話は無い。
店の中を見回してみたが、私が想像していたバーとは少し違う。
まずテーブル席に座ってる客の大半が大量に食べ物を頼んでいるところ、バーってほぼお酒を飲む場所だと思ってた。
私の認識的に酒場、とか表現する方がしっくり来るかもしれない。
あと、学生客っぽいのも多いな。時間帯の所為だろうか?
そしてウェイトレスとウェイターが超美形だ、マスターらしき人は良い感じに年を取ったおっさんだった。
ウェイトレスとウェイターには尖がった耳とか獣みたいな耳が生えてて、羽生えてる人も居る。魔族だと思われる。
そう言えば、町を見回っている時は気にしなかったけど……店員は魔族が多い様な気がする。
人の姿は滅多に見ない、見たとしても店長だったり……裏方だったりだ。
……この国の雇用大丈夫? 人間が就職難なんじゃないの?
貧困層が人間ばっかりなのも肯けるよ、何とかしようとしているらしいとは聞くけどさ。
魔族が有能なのは分かるけど、人間にだって良いところが有るはずだ。
学業に専念する人間が多いのも分かるな……、専門職ぐらいしか無いもんな。
つまり魔族の人生がイージーモードじゃねーかよ、迫害されてる地域もあるらしいけど。
普通の人間に生まれただけで人生ハードモードとか幻想世界厳しいな!
まあ魔族って言っても、天使は除く。
天使は自分の国に基本引きこもってるから、よく分からない。
でもすっげぇルールに厳しくて自分に厳しいらしいから、天使も大変そうではある。
まあでも悪魔は悪魔だってだけで信用に欠けるし、魔人も一部では大罪人として認識されてるし……そこそこ魔力が高い人間が一番の勝ち組なんじゃないかなって、思ってきた。
もう戦争が起きないと良いけど……、でもいつかまた人間と魔人の間で起きそうで怖いな。
そんな感じで自分の世界に浸っていたら料理運ばれてきた、というか山吹たちもなんか会話してるみたい。
シャンメリーみたいな飲み物を飲みながら、山吹の方を見た。
全神経を集中させて、二人の会話を盗み聞きする。
「――という訳で、子鬼ちゃんに会いたいんだよね」
「理由になってないと思うんだけど……、そもそもティアーズさん、いつ彼女と知り合いになったの?」
「彼女の友好関係も把握しておきたいほど束縛傾向にあるんだね先生は、……嫌われちゃうよ」
「あーもう……それで良いよ、それでいつ知り合いになったの?」
「彼女が学校の壁に穴を開けた頃」
そう答えたティアーズに山吹は疑うような目を向けていた。
山吹が「へぇ?」と小さく呟く声が辛うじて聞こえた、少々不機嫌さが窺い見えた。
ふと空腹を思い出して、目の前に置かれていたちょっと軽食というには量の多いドリアをスプーンで突っついた。
焦げたチーズの切れ目から湯気が立ちあがり、濃厚な匂いが空腹を刺激した。
あー、なんか山吹の事なんかどうでもいいや。ドリア食べよう。
焦げたチーズを裂いて、中に潜んでいたホワイトソースとライスに焦げたチーズを軽く混ぜてスプーンの先へと乗せて上げる。
蕩けたチーズが短い糸を引く、あーテンションあがるわー! 山吹よりもドリアの方が大事だと今気付いたわー!
空腹効果も相まって変なテンションのまま、スプーンを口に運ぶ。
あっつ、うま! ヤベーなドリアうめーわ!
濃厚に舌に絡むホワイトソースとチーズは少々くどく感じるが、シュワシュワと弾ける炭酸飲料の清涼感とよくマッチしている。
シャンメリーみたいな飲み物が甘さ控えめで、とてもいいと思います!
このドリアはチーズドリアらしく、何種類ものチーズが使われている模様。
チーズの種類なんて詳しくないから、何使われてるか分からないけど伸びるからモッツレラ的な何かが入ってるみたい。
「なんか叶山さん美味しそうに食べるね、お兄さんにも一口ちょうだい」
「スプーンは貸しませんよ」
どうやら精霊達も山吹の事はどうでも良くなっちゃったらしく、きゃっきゃうふふと宴会を楽しんでおられた。
お前らそれで良いのかよー、ドリアの方が大事とか思っちゃった私が言うのもどうかと思うけど。
おいしーとディーテも幸せそうな表情である、コイツとは仲良く出来る様な気がしてきた。
「気に入ったなら半分上げます、絶対この量は食べきれないんで」
「えっ本当にー、ありがとう叶山さん!」
と言っても受け皿に入れたら見た目悪いし、どうするかなーと思ってたらディーテは気にせずに受け皿に入れていた。
まあね、食べれば変わらないもんな……うん、男らしい!
ディーテが色気より食い気だと、薄々気づいていたが確定した瞬間でした。
なんか餌付けしてる気分になってきたわ……、彼と仲良くなるにはとりあえず餌を上げておけば良さそうだ。
ゲームだったら簡単に攻略できそうでできない人だと私は何となく予想をして見る。
餌を上げてるだけで好感度は上がるけど、餌を上げてるだけじゃ恋愛には発展しない感じで。
まあ私はディーテとどうこうなりたい訳じゃないから、餌だけ上げよう。
そんな事を考えながら黙々とドリアを口に運ぶ作業に移る、美味い。
残った半分程を食べ進めたところで、目立つ騒がしい声が聞こえて私は顔を上げた。
「おぉ、リーディア先生だ……って、あれ? ティネオリーネと一緒だなんて、珍しい組み合わせだな」
「もしかして、大事なお話をなされていました……? 邪魔をしてしまいすみません」
その声は山吹達が居る方から聞こえてきた。
視線を向ければ少し大きな眼鏡を掛けて、清潔感のある小柄な男性と銀色の毛をした……狼みたいな頭部を持つ男性が居た。
眼鏡を掛けた小柄な男性は黒髪でツーブロック、隣の狼みたいな人は髪の毛が生えた二足歩行をしている狼って感じ。
そんな二人の後ろに何も言わずに立っているジェジアが見えて、あぁこの人たち教師か……と気が付いた。
残念ながらイクシィール先生はいない。
「いえ、そこまで大事な話ではありません」
「えーそんなことないでしょ……先生の将来の話だもの、大事と言えば大事だよ」
「なんだよ、縁談か? やっぱりドルガー家ともなると恋愛結婚はできないのか、大変だな」
狼みたいな人の発言を聞いて、ティアーズことティネオリーネは少々ムッとした様な表情を浮かべた。
「ボクがそのお相手だとかは思わないの?」と彼女が狼みたいな人に聞けば、彼はケラケラと笑いながら「リーディア先生はもっと純情そうなのが好きそう」と答えを返していた。そんな発言に山吹は少々表情を顰めたが、否定はしなかった。
狼みたいな人は図々しくも、許可なく山吹の隣に座った。
その様子を見て眼鏡を掛けた小柄な男性はオロオロしている、ジェジアは小さく溜息を吐いていた。
「グアリエ兄様はこっちおいで」とティネオリーネが隣の席を指させば、オロオロしていた男性は渋々と言った感じでティネオリーネの隣へと腰掛けた。
ジェジアはそんなグアリエと呼ばれた男性の隣に腰掛けた。
「リーディア先生はたぶん、恋愛結婚すると思いますよ」
「えっ、ジェジア先生何か知ってるのか? えっ……リーディア先生彼女いるの? おいっ、俺より先に結婚したら俺は遠吠えするからな!」
「と……遠吠えですか? それは、嘆いているんですか? 祝福しているんですか?」
「嘆きながら祝福してんだよ!」
「カルヴィンはワーム収集止めないと結婚できないと思う」とティネオリーネは不機嫌そうな表情を浮かべながら呟き、食べ掛けのオムレツを突いていた。
ティネオリーネは先程までの大人びた雰囲気が一転して、どことなく子供っぽさが滲み出ていた。
「ワームの良さを理解できない女性はこちらからお断りする」と狼ことカルヴィンは宣言していた。
「でも……恋愛結婚ですか。良いですねぇ、羨ましいです」
「決まった訳では無いですし……そもそも付き合っていませんから」
グアリエがのほほんとした雰囲気で呟けば、すぐに山吹は否定をする。
それを聞いて、グアリエは首を傾げた。
「でも好意を抱いている方はいらっしゃるのですよね?」
「しかも両想いですからね、もう清く諦めてしまえばいいのに」
「わぁ、素晴らしいことじゃないですか! お付き合いなされないのは、お相手が学生さんだからですか?」
「えぇ、しかも年下ですよ」
「……なんで、ジェジア先生が答えてるんですか?」
「往生際が悪いからですよ、リーディア先生」
「さっさと責任を取ってしまえばいいのに」とジェジアは呟くと、席に着く前に頼んでおいたのか運ばれてきた飲み物に口を付けていた。
ジェジアの意見にグアリエはほんわかと同意しながら、彼もティネオリーネと同じオムレツを食べていた。
ティネオリーネが兄様とか呼んでたから、グアリエとティネオリーネは仲が良いのかもしれない。
「そうだよ先生……グアリエ兄様みたいにウジウジ後悔する前に首輪でもつけて檻に閉じ込めちゃえば良いんだよ」
「それは非人道的ですよ! ティネオリーネ、そんな事を思ったとしても口に出して良いことではありません」
「珍しい怒り方だね、思ったとしてもって事は兄様もそんなことを考えたことがあるの?」
「そこまで過激な考えではありません、これ以上暗い話をするのは三人に失礼です……もう、止めましょう」
グアリエがそう言えば、カルヴィンは「八つ当たりすんなよ」とティネオリーネを注意した。
不満そうにムッと表情を顰めて、ティネオリーネはオムレツを口に詰め込むように食べていた。
ジェジアは事情を知っているのか特に反応は無いが、山吹は知らない様で不思議そうな表情をしていた。
「三人は仲が良いんですね?」
「仲が良いと言うか……、グアリエと俺は同級だからな。ティネオリーネと仲が良いと言うよりは、フィルオリーネと仲が良かったんだよ」
「フィルオリーネ……そうだったんですか」
「ティネオリーネはちょっと前までは俺の真似をしてたんだよ、……そうだよなぁ? ティネオリーネ?」
「違う!」とティネオリーネは否定していたけど、なんか顔赤いし……その否定はあんまり信憑性が無いよ。
昔のコイツは灰色じゃなくて銀色で完璧に俺と同じ色だったし、収集癖もきっかけは俺だったし、とカルヴィンが過去を暴露すればティネオリーネは怒って否定をしていた。好きなのか……あの狼人間が、意外と乙女だね。
グアリエがかわいそうだから止めてあげて、と言うまで色々なことを山吹に暴露してた。
「こんな毛深い、芋虫ヲタクなんて誰が相手にすると思ってるの! 自意識過剰もいい加減にしてよ!」
「たしかに芋虫ヲタクだが、顔には自信が有る」
「顔だけだよ! 顔以外に良いとこなんてひとっつも無いくせに!」
それから山吹たちはそんな感じでワイワイしながら飲んだり食べたりしていた。
ティネオリーネはカルヴィンに弱い様で、怪しい言動を取ることは私達が見ている限りでは無かった。
まあフレアマリーが満足した時点で帰ったから、最後まで見る事は出来なかったんだけどね。
それにしてもドリア美味しかったなぁ、今度もし来ることがあったらオムレツとドリアにしよう。
――あやめとアヤメの交換日記、五十一頁




