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あやめとアヤメの交換日記  作者: 深光
共有された心情の泡沫
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黒猫の誘惑

 ――色取り取りの集団が歩いていたら目立つだろう、尾行する前に気が付かれてしまうのでは? なんて精霊達を見て心配をしていたけど、それは杞憂だった。

 人通りが多い道に入る前に、各自自由に姿見た目を僅かに変えた、しかも一瞬で。

 私はびっくりしたよ、一瞬でユーヴェリウスの尻尾と耳がなくなったんだもん。

 髪の色は黒に近い深い紫色、他の面々もくすんだ色やら混じったような色になっていた。

 それでもなんだか目立つ一行だと思う、最後までバレる事無くミッション成功させたら……現実世界で伸ばしまくってた髪でも切ろうかな。

 失敗フラグは立てておく、お約束だからね。

 大通りを緊張した面持ち(ディーテだけだけど)で歩いているけど、何処に山吹が居るか分かってるんだろうか?

 長ったらしい坂道を歩いている、私の後ろ……頭の後ろで腕を組んで歩いているフレアマリーが小さく息を吸い込む音が聞こえた。


「ところでよー、お前らどこ向かってんの?」


 うむ……、フレアマリーは行き先を分かっていなかったようだ。

 私もそれは気になるところで、目の前を歩いていたディーテの真っ赤な頭を見上げた。

 小さく呻く様な声が聞こえたが、ディーテは答えない。


「若旦那はまだ学園付近にいるよ! さっき出たところって感じかな? 隣に誰かいるみたいだけど、スピリット系の魔物さんなんだけど……その所為で性別が分かんないや」


 スピリット系の魔物ねぇ……、もしかしてジェジアとかイクシィールだったりして。

 陽の落ち切った街は紳士淑女で賑わっている、声を掛けたそうな人物を何人か見たけど急いでいたので誰も気に掛けていなかった。

 夜の喧騒を縫う様に進みながら学園を目指す、ちらりと視線を横に逸らせば薄暗い小さな路地が見えるが気にしない。

 逸れて路地にでも迷い込めば、一生出て来られない様な錯覚を覚える。

 きっとそれは錯覚では無いのだろうけどね、こんなに綺麗な観光地だけど、こんなに立派でキレイな観光地だからこそ道を逸れれば不運に見舞われるだろうね。

 紳士淑女に見える皆さまだけど、腹の中まで品行方正なのかなんて分からないね。

 なんか……めっちゃ怖くなってきたわ。海外怖い、海外どころか異世界なんだけどさぁ……。

 そんな無駄な事を考えていれば、目の前に山吹を発見。ディーテが息を飲んだのが分かる。


「お……女の子と一緒なんですけど!? どうしよう!」

「いや、まだ一緒に居るだけだから……ディーテ落ち着いてくれませんか?」

「叶山ちゃんの言うとおりだよ! まだ一緒に居るだけだから分からないよ、しっかりと浮気現場を押さえなきゃ!」

「くっそー幻想世界にもカメラがあったらよかったのになぁ! 残念だなぁ、フェクタ!」


 山吹とその隣の美しい女子生徒を見て、ディーテは慌てた様な声を上げながら振り返った。

 フレアマリーとフェクタはとても楽しそうな表情を浮かべていた。

 灰色の髪で、巻き毛。そして化粧もばっちりで如何にも今時……いや現実世界では今時かも知れないけど、そのギャル風な格好は幻想世界ではかなりの先取りファッションでは?

 ドレスとか着ている人も居る時代だ、もちろん現実世界にあるようなカジュアルな服装もあるけども……。

 ゲームとかに出てそうな服装の人が多いし……、それにしてもあの子スカートの丈短いよ! 太ももが真っ白で目に眩しいよ、本当に……目に眩しい。

 その人は山吹と同じくらいの年ごろに見えるから、中等クラスの子かな?

 その子は山吹に何か言って、するりと彼の腕に擦り寄って腕を絡ませた。

 ディーテの表情が少し険しくなる、まあ山吹の表情はディーテ以上に険しかった訳ですけども。

 山吹は何か言いながらその腕をやんわりと振り解く、やんわりと。

 照れながら怒りそう、もしくは思考停止で固まってしまいそうなイメージがあったから、その反応は少し意外だ……と言っても浮気の線は薄いと私は思っている。

 好意的感情を彼女に持ち得ていない、または異性として見ていないんだろうな、と思いながら彼女を見ればくすくすと妖艶に笑っているのが見えた。

 彼は相手に好意的な感情を持てば持つほど感情を隠せなくなるってことを私は知っている。

 そしてプライドが高いから冷静を装う……まあ、出来てないけど。

 やんわりと断ったのは、相手を警戒しているんだろうな……というのが私の推理だ。


「どうしよう、どうしよう! 浮気だったら、俺……おれはどうしたらいいのかなぁ!?」

「はいはい……だから確認に来たんじゃないんですか? はっきりさせた方がすっきりできるでしょ、行きますよ」


 慌てるディーテとかを置いて、一人で気付かれない範囲で近付いて行く。

 私にすぐに付いて来たのはグラーノとユーヴェリウスだ、フレアマリーとフェクタはディーテをからかっていたので少し来るのが遅かった。

 そこそこ近付けば二人の話声が聞こえてきた。


「先生、行こっか。ボクのおごりだよ、いっぱい聞きたいことがあるんだよ」

「いや……出してもらう訳にはいかない」

「それは、ボクが生徒で、君が教師だから?」

「それもあるけど、それ以上に貸しを作りたくないというのが本音」

「やだな、それじゃあボクが悪人みたい、ボクとっても良い子だよ。見返りは質問に答えてほしいだけだよ?」


「いっぱいいっぱい教えてほしいなぁ」と、何やら含みを持たせて彼女は言う。ちょっと怪しい雰囲気。

 そんな彼女を見て、山吹の表情が不快そうに歪むのが見えた。


「まだ近いし、学園に戻ろうか。僕は人生経験なんて全然ないし、ジェジア先生とかと話した方が楽しいんじゃないかな」

「ボクは別に学園で話しても良いよ? でも困るのは先生でしょ?」


 彼女の発言を聞いて、山吹は訳が分からないと言った様な表情だ。

 くすくすと笑う彼女の声は心地が良い、でもやっぱり怪しい。


「だって……ボクが聞きたいのは、先生が飼ってる子鬼ちゃんのことだよ?」

「は……はっ!? ちょっと……誤解を招きそうな発言止めてくれるかな! 僕が飼ってるのはピンク色の蝙蝠だけだし!」

「どうして照れるの? 飼うとか聞いて、……如何わしい事でも考えちゃったの? やっぱり先生も教師だけど、年相応なんだね」

「ちょ、ちょっと、ティアーズさんそれは失礼なんじゃないの! そもそも、人型の生き物を飼うなんて違法だし」

「ふふっ、先生は可愛いね。ジェジア先生とかイクシィール先生なんかよりも、ずっと可愛い……初心なところが特にね」


 その発言に何か言い返そうとしたのか山吹は口を開いたけど、悔しそうに口を閉じていた。

 何を言っても意味がない事に気付いたんだろうね、きっと彼女は何を言われてもふふっと笑って山吹を可愛いというんだろうね。


「それとも、ボクの家に来る? 二人っきりで……いろいろお話する?」

「え……遠慮しとくよ」

「良い判断だね、先生なら簡単に食べられそうだもの」

「……教師で遊ぶのは、止めてくれないかな?」

「大丈夫だよ、こんな遊びは先生とかにしかしないよ。他の先生にしたら本当に食べられちゃうかもしれないじゃない」


「ボクって魅惑的だから」と彼女は笑った、たしかに少し性的な魅力っていうかフェロモンとか出てそうな感じはする。

 にこにこと笑みを浮かべる彼女から視線をそらして、山吹はかなり困った雰囲気を醸しだしている。


「いいでしょ? それとももっとボクに付き纏われたかった? 先生好きそうだもんね、子鬼ちゃんにも付き纏われてるしね」


「ストーカーされたい主義?」と彼女が聞けば、山吹は深い溜息を吐いていた。

 私の後ろに付いて来ていた精霊の様子を窺えば、先程とは少し違った意味で緊張感を持った表情だった。

 あのフレアマリーでさえ少々顰めた表情を浮かべている。

 この体の持ち主は本当に精霊に好かれているな、と考えながら胸元に手を置いて小さく息を吐いた。


「じゃあ、いつも行ってるバーがあるんだけど……そこで良いよね?」

「えっと……いや、僕は君たちとは違ってお酒は飲めないから……」

「知ってるよ、飲ませて潰すとかしないから安心していいよ。あそこのオムレツ美味しいんだよ」


 懐かしむ様な表情で「お姉様も好きだったし」と呟いて彼女は歩き出した。

 あぁ……忘れていたけど、幻想世界では子供でも飲酒できるんだっけ?

 アルコールへの耐性が強いんだっけ?

 なんだか不思議な話、現実世界……と言っても日本ではそんなことないからなぁ。

 私が飲酒したとしても、違法ではないのか……。

 まあ、この体では絶対に飲まないけどさ。

 でもこれで浮気していないことが証明された訳だ、私だけでも帰りたいな。


「まだだ、まだ浮気を絶対にしていないって証明はされていない! アルコールの匂いとか、雰囲気で酔ってそういう感じになっちゃうかもしれないよ!」

「……まあ、そう言うと思ったよ」

「アルコールの匂いくらいで酔うなら、リーディアが料理中でも調合中でも酔ってることになっちゃうでしょ!」


「それに彩萌ちゃんの話だなんて気になる!」とキラキラした瞳でフェクタはそう言うと、歩き出していた山吹の後を追って駆けて行った。

 もちろんディーテはフェクタをすぐに追いかけて行った、表情は良く見えなかったけど……きっと焦った顔だ。

 先程の緊張感はどこへやら、ユーヴェリウスもフレアマリーも愉しげな雰囲気だ。グラーノは困り顔だったけど。


「押し倒しちゃえば良いのにねぇ……」

「ゆ、ユース……ほ、ほんとに……うっ浮気してほしいの……?」

「うん、浮気してほしい。だって彩萌ちゃんはボクの……ボクとルニャの物なんだよ」

「お前がそこまで言うなんて珍しいな、ルニャまで現実世界に行っちまったから寂しいのか?」


「うん」とユーヴェリウスは肯いた、それに対して「そうだね……」とグラーノが返していた。

 その後特に会話もなく、ゆっくりと歩きながらディーテとフェクタを追った。

 すぐに二人の後姿を捉える事が出来た、二人は言い合いをしているので結構目立っていた。

 山吹にバレるだろ、と思ったけど幸いな事にまだバレていないらしい。


「だって、あの子おっぱい大きいんだよ!」

「胸なんて関係ないよ! もしかしたらリーディアはスレンダーな方が好きかもしれないでしょ!」

「好みなんて関係ないね! 色っぽく見詰められたら落ちるね、美人ならなおさら!」


 議論は平行線を辿っている、終わりそうにない。止めてくれ。

 めっちゃ目立ってる、マジでバレるから止めてくれ。

 まあ、二人の議論は苛立ったフレアマリーの「うぜぇ」の一言で止まったんだけどね。

 それにしてもあの少女はこの体の持ち主と知り合いなのかな? でも中等クラスなら、幼少クラスである筈のこの体の持ち主と知り合う機会なんてあるのか? そもそも山吹とこの体の持ち主が知り合いだというのは秘密だって、私は聞いていた筈なんだけどなぁ……。

 あの少女は何者なんだろうね、ティアーズって呼んでたけど……名字かな?

 聞いたことあるような気がするけど……私には分からないや。

 はぁ……と溜息を吐いて、山吹と少女を追って私達もバーに入って行ったのだった。





 ――あやめとアヤメの交換日記、五十頁

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