君に夢見た新世界
私が図工室を色々と見ていたら、イクシィールはすぐに、あっ私やることあるから~とか言って出て行った。
私を連れてきた意味ってなんだろうとか、私は暇な時間何をしていれば良いんだろうとか、ひじ掛けの無い椅子に座って色々と考えちゃったよ。
超暇なんですけど、超暇なんですけど。
とりあえず暇だったから、図工室を見てみた。
作りかけっぽい玩具が棚とかに押し込められているのが目に入った、なんだか見覚えがある。
玩具屋にあった玩具に似てるけど、……イクシィールって教師ですよね? 玩具職人的なアレでは無いよね?
イクシィールが動く玩具を作ってるのかもしれないね。
本棚に納められた背表紙を撫でながら題名を確認したけど、手に取りたいと思える物は無かった。
窓を開けて、校庭を眺める。
静かだけど、静かじゃない……懐かしい感覚。
授業中に一人で、窓から外を眺めていて――……。
あれ、その時本当に自分は一人だけだっただろうか? というか、これはいつの記憶だっけ?
深く考え込もうとする頭を振って、溜息を吐きながら窓枠に腕を乗せて凭れかかる。
酷く暇だ、つまらん。憂鬱だ。
あーなんかダルいし、眠いし……やること無いし。
目を瞑れば眠気がやってくる、誰も居ないしイクシィールが帰って来るまで寝ちゃおうかな。
窓開けっぱなしだと風邪ひいてしまうかもしれない、そう考えながらも気怠い私は動く気は一切無いのだ。
というかこの体勢で寝るのって危ないんじゃね? と一瞬頭に過ったが、その次の瞬間には意識は完全に落ちてしまっていたのだった。
真っ暗闇の中、私は居て……あっ夢を見ているんだってすぐに気が付く。
暗いけど見えない訳じゃない、完全な暗闇ではない。
あまり広いとは言えない空間で、色々と物が積まれているからさらに圧迫感を醸し出している。
まるで物置だな、と思ったがたぶん物置で正解だ。
外は静かだけど、静かじゃない。授業を受ける生徒の声とか、教師の声とか聞こえる。
なんでこんなところに居るんだろ、と考えてみたが思い出せない。
そんなことを考えていれば、隣に誰か居る事に気が付いた。
小柄な少年が居る、気の弱そうな少年だ。
顔色は悪いし、なんだか病んでそうな顔してる。目の下にクマとかあるし。
体調が悪いのかもしれない、息遣いがおかしい。
彼の背中に触れればすごい熱かった、それよりも触った瞬間にすごいビクッと震えたのが印象的だけど。
そんな彼に気を取られていたけど、物置にもう一人誰かいる様な気配を感じる。
姿は見えなかったけど、私はそれが恐ろしいものではないと分かっていた。
でも彼の様子を見る限り、彼はそれに怯えている様にも見える。
これはもしかしたら過去なのかもしれない、私の忘れている過去なのかもしれない。
物置の中に居るって状況は異常だけど、なんだかこの二人にとっては別に異常じゃないような気がしてきた。
いや、物置の中に隠れて授業をサボるとか……そういう事をしていたって意味ではないけど。
「ぼくはもうすぐ、きえちゃうのかも」
そんなことを彼は言う、だけど私は何も言わない。
何か言ってやればいいのに……と思うけど、多分この私は今の私よりもだいぶお子様なんだろう。
気の利いた発言なんて出来る様なお子様ではない。
「きえたらどこにいくのかな」
非常に疲れ切った声だ、もう助からないだろう。たぶん。
まだ若いだろうに、そこまで追い詰められてしまうなんて世も末だなって思った。
……その原因の一つに私の存在がある様な気もしてしまうけど、まあ他人の人生を気にしていたら道連れにされてしまう。
「同じもの、見えてるんだって思ってた」
「私は……見えない、頭おかしいんじゃないですか」
「そう、だね」と彼は言うので、私は表情を窺った。
その少年は笑っていた、泣いてたけど。なんだか少しすっきりしている様な、そんな笑い方をしている。
このお子様の私には分からないだろうけど、たぶん……これって止めを刺したんじゃないかな。
彼の世界を壊しちゃったんじゃないかな、正確には分からないけど。
「……だよね、もう、何も……怖がる必要なんて無いよね」
そんな呟きが聞こえて、世界は色を変える。
陽の光が目を差して、眩しいって少し感じるけど視界はしっかりしている。
目の前には隣に居た筈の少年の後姿が見える、隣を見れば誰も居ない。
誰かが彼に話し掛けているのが見える、真っ黒な姿をしているけど……正確な姿は良く見えない。
背丈は彼とそう変わらない、黒い生き物。
ぼんやりと赤く光る眼を見て、まるで死神だなって思うけど……今の私なら分かるけどこれ、ウェルサーじゃね。
ちらりと私の方をウェルサーらしきものは見て、彼を連れて行った。
何処に連れて行ったかなんて、分からないけど……。
まあこれは所詮過去の出来事だ、私がどうこう言って変わるものではないけど。
変わるものではない、けど私は……悲しいと思っている。
私は愚かにも、酷い事に彼がイジメられているのを見て、安堵していた節があったと思う。
彼がイジメられていれば、当分は私に矛先が向くことはないから。
彼と違って私の方が上手く演じていたから、微かな違いは目に付き辛かったから。
私の方が、世渡り上手だっただけで……彼が下手だっただけで、私の所為ではないから。
それに私は、彼の異常さを私の異常さと重ねて見ていて……それ故に私は彼が憎かったから。
それなのに、同じ世界を見ていた知り合いが居なくなって寂しいと思っている。
図々しくて傲慢で醜いなぁ……と、ぼんやり思った。
――体が揺れる感覚がして、目を覚ました。視界が歪んでいて、霞んでいる。
「ちょっと、何でここに居るの? や……それよりもなんて体勢で寝てるの!? 頭から落下しそうで怖いから、止めてくれないかな」
上着を引っぱられて体を起こされた。マスクを外されて顔を覗かれるのが見えたけど、視界は歪んでいる。
瞬きをしても視界は戻らない、頬が濡れている感覚がする。
私の顔を見て、相手はギョッとしたような……そんな雰囲気を感じた。
「な、なんで泣いてるの……? それより汗すごいよ、今日は天気が良いから……そんな恰好でずっと日に当たってたら冬だけど熱中症になるって」
「……ごめんね、山吹」
「いや、別に良いですけど……謝る事では無いですけど」
「ほんと、ごめんなさい」
呟く様に言えば、何とも言えない様な表情を浮かべて山吹は私の帽子を外して汗を拭っていた。
気が付けば上着も脱がされていて涼しい恰好にされていた、なんか飲み物持ってきてたし……手際が良いなぁ。
持ってきた物を飲めば多少気が楽になった気がする、よく分からないけど。
「すこし……、言いたいことがあるんだけど良い?」
「僕に? 別に……良いけど、何で僕に?」
「そこに山吹が居たからですけど」
「あぁ、そう」と呟いた山吹は少し呆れ気味というか、困り気味っていうか。
「たまたま、私だったけど……私の他にも巫になる素質があった人が居たんですよ」
「へぇ……それで?」
「つまりその人も魔法が使えたんだけど、その所為でその人はイジメを受けていたんですよ」
そう言えば、山吹の表情が微かに歪むのが見えた。
心苦しくなった、涙が出そうだった。
「私が見て見ぬ振りをしてたら、その人は失踪してしまったんですよ」
「そうなんだ、大変だね」
「ほぼ傍観に徹していたけど、それもイジメの一種なんだなぁと思って後悔していたんですよ」
「へぇ……そ、反省出来たんなら……まあ良いんじゃない」
「でも、そのおかげか、その所為か、その人はどんな世界でも巫になる事はなく、現実世界から失踪してしまうのが決定事項になってしまったようです」
「規模が……大きいね」
「幸せなら、良い……そう思いたいけど」
私が言葉を濁せば山吹が少し不思議そうに「……けど?」と続きを促した。
また涙が出てきた、今日は体からめっちゃ水分が出て行く日みたいだわ。
「私がその後に色々しちゃったから、それが決定事項になったのかなぁって思って……もしかしたら、色々な可能性を奪ったのかなぁって思って……助けたいなぁって、謝らなきゃなぁって思って色々やったけど……それって正しいことだったのかなぁって、思っているみたいなのです」
「……なんだか曖昧な言い方だね?」
「よく、覚えてないから……記憶にない、から……」
「本当は、仲良くしたかったんだよ」と呟けば、やっぱり山吹は何とも言えない困り顔をしていた。
まあ、当然だ。ほぼ見知らぬ人物に悩み事らしき物を言われても困るよね。
「歪みを戻せば、一応は……正常に戻るのかな」
「……さぁ、僕には分からないよ」
「私にも、分からん」
起き上がれば少しだけくらくらした様な気がしたけど、もう大丈夫そうだ。
山吹が私の体調を気遣う様な言葉を掛けてくれるけど、私にはその言葉を受ける資格は無いんだよ。
なんとなくだけど、その失踪してしまった彼は山吹だと思う。
ちゃんと覚えてないけど、たぶんそうだと思う。
「何度やっても謝れない、だって……相手は私の事を知らないから」
同じ人だけどもう別人だし、やり直しても私はそこに居ない訳だし意味ないよね。
気付くのが遅すぎだ、私は愚かだ。馬鹿だ。
違う言葉で誤魔化して、違う目的で誤魔化していたけど実際は自分の罪悪感を解消する為の行為だった訳だね。
何やってたかなんて覚えてないけどさ、そうに違いない。
この世界に私の居場所がある訳が無い、作り直しちゃって別の人を代役に置いたんだからさ。
「……記憶取り戻したら、現実世界に帰るよ」
「えっと……そっか?」
「大事な人の体を乗っ取って、ごめんね」
脱がされていた上着を着ていたから山吹の表情は見えなかったけど、たぶん困惑した様な顔をしているんだろう。
帽子を被ってマスクをつけて、私は扉に近づいた。
何処に行くのか、と山吹に聞かれたから、帰ると一言伝えて廊下に出た。
窓の外に視線を向ければ、夕焼け色の空が綺麗で私は大層困ってしまう。
俯きがちに私は急ぎ足で玄関へと向かっていた。
途中でイクシィールに会ったけど、帰ることを伝えて学校を出る。追いかけては来なかった。
大通りの坂道を歩いていれば、電柱に寄り掛かる黒い人影が見えて不快な気分になった。
「――……なんだよ、せっかく迎えに来てやったのに愛想笑いも出来ないのかよ?」
「お前の顔なんて、見たくないんだよ。不快なんだよ」
精霊のリーディア、山吹と同じ顔で彼とは違う表情と態度で私に話し掛けるリーディアを見ていると不快な気分になる。
感情が爆発しそうになる、また泣きそうになる。
馴れ馴れしくリーディアは近付いてくると、許可もなく私の頭を帽子越しに撫でる。
「なんだよ、フラれたのか?」
「……結論から言えば、そうだね。そう言えるね、でも元から恋愛感情なんてないから」
「はー、どうだかね? 傍から見ればどうしようもなく好いてる様にしか見えねーし」
「すぐ恋愛に結び付ける……お前の頭にはそれしかないの、脳味噌が下半身にあるんじゃねぇの?」
「その発言は色々と酷過ぎるだろ」とリーディアは呟いてたけど、知らない。
私は今気分が悪い、リーディアなんかに話し掛けられると余計に悪くなる。大嫌いだ。
頭を撫でる手を振り払って、リーディアの横を通り抜けて歩き出す。
後ろから付いて来たけど、止めてほしい。
「もっと泣けばいいのに」なんて言っていたけど、聞かなかった事にする。
私は、今とっても……惨めだった。
――あやめとアヤメの交換日記、四十八頁




