月が照らす夜に、星を見たい
逃げ込んだ先は、やっぱり神社でした。
あの人に会いたいなぁ、なんて思ってしまうのです。
会えないなら会えないでしょうがないけど、会えるなら会いたいです。
今はミギーくんとか居ないし……、もしかしたら居るかもしれない。
そんなことを考えてたら先客が居て、ちょっぴり残念な気分になりました。
なんだか誰かに会いたい気分ではないので、ばれないうちにおいとましようと彩萌はしたんですよ。
彩萌がとぼとぼと神社を出ようとしたら誰かに肩を掴まれちゃったんですよ。
先客はもしかして知り合いだったかなぁ、なんて考えながら振り返ったんですよ。
「何で逃げるの」
「……えっ? 誰?」
見たことがない男の子でした、……マジで誰だ。
彩萌が首を傾げてその子を見ていると、チッて舌打ちを打ってその子はゆびぱっちんしたんですよ。
そうしたらね、見る見るうちに髪の毛が白くなって……猫の耳が……ってむーちゃん! ムールレーニャ・ミスト!
えぇっ、なんでむーちゃん此処に居るの!? ここ現実世界だよね!?
彩萌が驚いてむーちゃんを見てたらね、むーちゃんは少し不機嫌そうな感じでした。
「なんか遭ったの? すごい酷い顔だけど、酷過ぎて吐き気がするんですけど?」
「すごい酷いのはむーちゃんの発言だよ……」
「ちょっとだけ……、心配した……けど結構元気じゃん。なんか損した気分なんですけど?」
「照れ隠しに彩萌に当たるのは止めて欲しいんですけど」
「嫌」って言ってむーちゃんは、彩萌の頬っぺたをぐりぐり掴んで引っ張ったんです。
痛いから止めてほしいなー、酷い顔ってむーちゃんは呟いてたけど、酷い顔にしてるのはむーちゃんですよ。
「……やっぱり、角が無いとムカつく」
そう呟くと、むーちゃんは彩萌の顔から手を離してくれました。
頬っぺたがヒリヒリします……、でも角が無い状態になっちゃったのは白雪くんの所為であって彩萌の所為じゃありません。
彩萌が頬っぺたをさすっていれば、むーちゃんは何とも言えない顔で黙り込んでいました。
「――……こんにちは、精霊様。貴方様にお会いするのは初めてですね」
声が聞こえたから、そっちの方向を見れば白雪くんがいました。
改めてみると、やっぱりむーちゃんそっくりです。
白雪くんはこっちに近づいてきたので、なんとなーくむーちゃんの方を見るとすっごい怖い顔をしていました。
白雪くんはあんまり表情ないけど、なんだか嬉しそうな感じ。
「なんなの、お前」
「僕の名前は白雪ふかちと申します、ムールレーニャ・ミスト様、お会いできて光栄です」
にこって白雪くんはむーちゃんに笑い掛けたんです、よくこんな怖い顔してる人に笑い掛けられるね。
そんな白雪くんをむーちゃんは睨み付けていました。
「まあ、怒らないでください。僕は彼女を悪い様に使いたい訳ではありませんから」
「人の物を無断で持って行くのは人間のルールではイケナイことなんじゃないの」
「そうですね、でもまさかムールレーニャ様が人間のルールで物事をお考えになるとは思いませんでした、嫌いではありませんでしたっけ……人間」
「お前、超ムカつく」
「殺して良いかな」とむーちゃんが呟いたので、とりあえずなだめておきました。
そんな物騒なことしちゃダメだよ、巫さんだから現実世界にとって大事な人だし……?
「フェーニシア様を連れて帰るのは、少し待ってくれませんか」
「なんで?」
「叶山さんの為、世界の為……と言ったら貴方は笑いますか?」
「馬鹿みたい、本当に笑える」
むーちゃんの酷い言い方に白雪くんは気にした様子もなく、ニコニコ笑っていました。
えっ、どうなの? 彩萌は現実世界にちょっととどまらなきゃダメなの?
どうなの、むーちゃん。そう思ってむーちゃんを見たら、すっごいムッとした顔で白雪くんを睨んだままでした。
それはどうなの? 彩萌は帰れないの? 帰れるの?
「……ムカつく」
「賢明なご判断です、精霊化が進んだ体にフェーニシア様の魂を入れるのはあまりにも酷というものです」
「えっ、彩萌帰れないの?」
「そのうち帰れますよ、叶山さんがきちんと取り戻せたら」
「……ちゃんと、帰してくれるの?」
ちょっと不安だったから白雪くんにそう聞いたら、白雪くんは笑顔を止めて無表情に戻ったの。
ちょっぴり残念そうに見えます、無表情だけど。
ルーカス先生も白雪くんも表情あんまりないけど、感情が分かりやすい無表情だよね。
ちょっぴり失敗しちゃってるポーカーフェイスですか?
ルーカス先生の場合は、愛想良くするのが面倒臭いって感じかもしれないけど……。
「僕はルーカス先生や上悪土さん、それに紫帆さんと違ってきちんと自分の役目を把握していますから……僕は不可知と雪の巫として、予見と月の精霊であるムールレーニャ様の名に恥じぬよう行動をさせていただきます」
「むーちゃんは孤独と月の精霊じゃないの?」
「ウェルサーの死後、希望と海の精霊が絶望と海の精霊と名を変えた様に、ムールレーニャ様も名前を変えられたんですよ」
そうだったのか、ちゃんと聖書を読んでなかったからちゃんと覚えてなかったよ。
帰ったらちゃんと聖書読もう、それにしても孤独か……。
「へぇ……低俗な生き物癖に、博識じゃん。何処でそんな知恵を得たの? 犬の癖に、ご主人様はどうしたの?」
むーちゃんの発言に彩萌はおろおろしながら白雪くんを見ましたが、あんまり気にした様子はありません。
でも、そんなこと言われて気にしないはずがないよね。酷い発言だよね。
結構お喋りな白雪くんは、何も言いません。
やっぱり傷付いた……よね? あわわ……なんかごめん!
「なんで何も言わないの、お前が犬なのは事実でしょ? 犬の癖に頭が良いね、ほら……褒めてやってるんだから喜べよ、尻尾でも振れよ」
「な……なんでそんな酷いこと言うの!」
「だってアイツは唯の犬じゃん、犬が力を得て人の姿を成しても、所詮犬なんだから犬らしく扱うのは極自然な事じゃん」
……マジで犬なの? 本当に犬なの?
やっぱり人じゃなかったんだ……いや、たとえ犬だったとしてもむーちゃんの発言には悪意がある!
というか言い方が酷いです、イジメです!
白雪くんの方をちらっと見れば、うつむいてて……ちょっと傷付いた顔してました。
「そんな酷い言い方ないです! 白雪くんがかわいそうですよ!」
「なんで? だいたい精霊化が進んだ原因の一つはアイツにもある訳じゃん、こんな暴言だけで許してもらえて幸せだと思うべきじゃないの」
「……そうですよ、フェーニシア様が庇う意味なんてないですよ」
「それでは失礼します」って白雪くんは言うとね、神社から去って行ったんです。
その後ろ姿はとっても寂しそうと言うか、悲しそうでした。
彩萌はなんだか、白雪くんを責める気分にはなれません。
だって、白雪くんは白雪くんなりに世界を良くしようと考えてるわけですし……。
その方法が良いのかどうかはまだ分かんないけど……、頑張ってるし。
「むーちゃん、そんな言い方したらダメだよ。みんなに嫌われちゃうよ……」
彩萌がそう言えば「……嫌われる様なこと、最初にしたのは人間だし」ってむーちゃんは呟いて、黙り込んじゃいました。
……むーちゃんは人の姿をした生き物が嫌いなのかな、それとも人に味方する生き物が嫌いなのかな。
でも、むーちゃんからすれば白雪くんは彩萌を誘拐した犯人だし。
あんまりむーちゃんに強く言えないなぁ……、でもでもそんな言い方してたらみんなに嫌われちゃうし。
「おーいっ、一人で行動したらあぶねぇ……って誰だ、このネコミミ」
「なにコイツ、超失礼なんですけどー? ストレス解消に嬲り殺して良い?」
「ダメに決まってるでしょ! ネコちゃんだからって、命を粗末にしちゃダメです!」
むーちゃんは不満そうな顔で「あぁ……そー、ムカつく」って呟いて、その辺にいたアリの群れを踏み潰してた。
めっちゃ止めたい、……けど止めるとマジで怒り狂いそうだから止めにくい……!
アリさんマジでごめん、でも彩萌は自分の命とシホちゃんを大事にします。
彩萌は何とか許してもらえるかもしれないけど、シホちゃんは酷い目にあっちゃうかもしれないからね……。
「……え、ええっと……それで、ウェルちゃんこの子は誰なん?」
「えっと……彩萌の親友のムールレーニャ・ミスト、ネコなの」
「ムールレーニャ? ……なんか聞いたことあんな、思い出せねぇけど」
だろうね、なんか巫のみなさん精霊に詳しいもんね。
シホちゃんもたぶんおばあちゃんから聞いてるんじゃないかな。
……なんかよく分かんないけど、彩萌もう精霊じゃないけど精霊として恥ずかしいような気がしてきた!
だって、彩萌精霊らしいことしたことないもん!
精霊らしいことがどんな感じなのか分かんないけど、むーちゃんは精霊らしいことしてるのかな?
白雪くんが巫として恥ずかしくないように頑張ってるのに、彩萌はていたらくってやつでした。
彩萌はウェルサーってやつだったらしいのに、縁の精霊とか言われてんのに……なんか何にもしてなかったと思う。
聖書読んだけど、ウェルサーってば何にもしてなかったもん。
本読んで、むーちゃんたちと遊んで、ディーテさんの邪魔して、色んな場所に突撃訪問してただけだったし。
「むーちゃん、彩萌今日からウェルサーだからね! そんでもって臨時で巫のバイトする!」
「……また始まったよ、昔からいつもそう……好きにすれば良いじゃん」
なんか呆れられたけど、彩萌は決意新たに頑張ります。
ちゃんとした決意だもん、前みたいなちょっと緩い決意じゃないもん。
現実世界の彩萌の助けもちゃんとするもん、そのためにはウェルサー的な感じでがんばったら良いと彩萌は思ったー。
やっぱり心の支えって大事だね、彩萌今すっごく安心してるし余裕がありますよ。
むーちゃんが現実世界にいるからだね、うん……心の支えって大事だ。
「とりあえず精霊らしいことって、どんなことだと思う?」
「は? 精霊らしいこと? とりあえず下賤な生き物共に自分こそが支配者だということを分からせるところから始めれば良いと思うよ」
「それは……精霊らしいことでは無いような気がするんですけど」
「何言ってんの? 大事な事でしょ」
シホちゃんの後ろで彩萌とむーちゃんは精霊について話し合っていました。
シホちゃんはちょっと不思議そうな顔したけど、深くは聞いてこなかったです。
むーちゃんが言うには、人間たちに自分は特別であるという事を体に教え込むことが大事……らしい。
口で教えても理解できない馬鹿だから、徹底して教え込まないといけない……らしい。
むーちゃん……君をそこまで歪んだ性格にしちゃったのは、もしかして彩萌ですか……?
前世の彩萌が馬鹿だったからですか……?
彩萌は非常に申し訳ない気分になりました、ごめんなさい。
「むーちゃんにはいろいろと手伝ってもらうかもしれないけど、……良い?」
「ぼくの他にもフレアマリー、フェクタ、ユーヴェリウス、グラーノが現実世界に来てるから、そっちに頼めば?」
「えっそうなの!? ――うーん……でも、ぶっちゃけ今回はむーちゃんの方が頼りになる気がする」
そう言えばテスさんは現実世界に来てないんだね、魔人の国でお墓を守ってるのかな。
みんな頼りになる時は頼りになるけど、今回はむーちゃんが適してる気がします。
むーちゃん意外と賢いし、口は悪いけどいろいろ考えられる子だし……。
彩萌が分からないこといっぱい知ってる、人間嫌いだけど人間に詳しいし。
「よく分かんないけど、むーちゃんの言ってることは酷い時とかあるけど……でも正しいことも多いから」
「――あぁ、そう……帰ったら、報酬……用意して」
「ぼくの才能は高いから」って呟いてむーちゃんは不機嫌そうな顔してた。
もしかして……照れてるのかな?
その後彩萌が話しかけても、何にも反応してくれなかったです。
シホちゃんの家に着く前にむーちゃんは猫の姿になってました、彩萌がだっこした! 毛が柔らかい!
……まあね、ネコミミが生えたマントの白いチビッ子なんて目立つもんね。
彩萌たちはシホちゃんの家に戻ったけど、ミギーくんは戻って来てなかった。
とりあえず他の精霊さんは帰しちゃうみたいです、むーちゃんだけが残ってくれるらしい。
長いこと大勢の精霊さんが滞在してたら、現実世界が大変なことになっちゃうらしい。
魔物が発生しちゃうかもしれないらしい……それは、大変なことだね。
とりあえず彩萌は色々と巫について知りたいので、シホちゃんのおばあちゃんに話を聞こうと思う!
シホちゃんはなんか知らんけど、帰ってきてすぐにめっちゃ古い本を一生懸命読んでいました。
難しい漢字で題名書いてあったから、どんな本なのか彩萌には想像できませんでした。
――あやめとアヤメの交換日記、四十五頁




