揺るがす囁き
――……ふかふかー、お布団ふかふかー。でも日が当たってるのか、ちょっとあっちいですよ。
もぞもぞ布団から出ようとしたら彩萌は何かと目があったのです、超大きい目を持った不思議生物と目があったのです。
彩萌はびっくりして目をぱちぱちしてましたよ、だって彩萌は現実世界にいた筈なのに、超大きい魔物さんみたいなのを見るなんて思わなかったのです。
ちょっとの間その不思議生物さんと見つめ合っていたら、ばすっと良い音を立てて不思議生物さんは開いていた扉から部屋の外に出されちゃったのです。
彩萌の隣にいつの間にかいたシホちゃんに、布団叩きでフルスイングされちゃったようなのです。
なんかよく分からないけど、布団叩きは布団を叩くやつだぜ!
「今日は暑いな」
シホちゃんはそう呟いて何事もなかったかのようにお布団を片付け始めたのです。
不思議生物さんは逃げちゃったのか、お部屋の前にはいませんでした。
シホちゃんが持ってきてくれたお茶を飲みながら、彩萌はぼんやりしてました。
茹っちゃった系ですよ、頭がぼーっとする。
お茶が冷たくって良い感じー。
しばらくぼんやりしてて彩萌は見たのですよ、部屋に入ってこようとする不思議生物さんたちをシホちゃんが布団叩きで追い出している姿を!
害虫的な感じなの? その不思議生物さんはゴキブリ的な感じなの?
「シホちゃん、ミギーくんまだ帰って来てないの?」
「そう言えば見てねーや、アイツ何処まで行ったんだか……」
そっかぁー、帰って来てないんだー。
彩萌は帰りたいなぁ、お家。あーあー、彩萌が普通に彩萌だったらお家帰れるのになー。
お母さんのから揚げ食べたかったなー、食べたかったなー。
そんなことを考えながら彩萌が畳の上をゴロゴロしていれば、シホちゃんはまた不思議生物さんを部屋の外に追い出していました。
足をじたばたさせても高速ゴロゴロしてもシホちゃんに奇妙な物を見るような目で見られるだけで、普通の彩萌になったり幻想世界に帰ったりすることは出来ませんでしたー。
そう言えば今何時かなーって思って、壁にかけてある時計を見たら午後三時だった。
あーっ、そうだ! 小学校行かなきゃ、白雪ふかちくんに抗議しに行かないといけないんだ。
忘れるところだった、大事なことだよ。
彩萌は小学校に行くってシホちゃんに言って、お世話になりましたーって出て行こうとしたら引き止められました。
一人で行ったら危険だから、ダメなんだって。現実世界って平和だと思ってたけど、危険だったんだ……。
「私がちょっと見ない内に、一人で出歩けない危険地帯になったの?」
「まあ……お前限定だけどな、お前マジゴキブリホイホイやんけー」
「私はゴキブリ嫌いですよ、飛んでくるし」
とりあえず彩萌がゴキブリホイホイだからダメなんだって、彩萌は餌とかネバネバないのに……。
ついでにミギーくんを探しながら、彩萌たちは小学校に行くことにしました。
家の中にはミギーくんは居ませんでした、本当にどこまで行っちゃったんだろう?
学校まで意外と近かったけど、学校までの道のりにはミギーくんは居ませんでした。
学校についたらね、シホちゃんが「懐かしいなー」って呟いてた。
とりあえず彩萌は今日は学校をお休み中なんで、シホちゃんの後ろに隠れて潜入します!
まだ校庭で遊んでる子とかいっぱい居たし、変な目で見られたけど気にしない!
ぴったりシホちゃんにくっ付いてたから、多分顔は見られなかったよ!
シホちゃんは迷惑そうにしてたけど、彩萌を引き剥がさなかったです。
来客用の玄関から学校に侵入しました……、なんだかとってもドキドキします。
あと、シホちゃんにぴったりくっ付いてると歩きにくい! マスクとかお面とか用意すればよかったなって思いました。
「えまーじぇんしー、えまーじぇんしー……隊長、スリッパが脱げました!」
「あー、もう……おんぶしてやるからスリッパ脱げや!」
「おぉ……そっかぁシホちゃんすごい、天才だね!」
「はいはい」って言って、シホちゃんは彩萌をおんぶしたのです。
ちょっと視界が高くなったね! 足をバタバタさせたら怒られちゃったけどね!
というかーあやめったらー、白雪くんがどこのクラスなのか知らないやー。
やばー、これ言ったらシホちゃんに馬鹿にされるー。
とりあえず誰かに顔を見られないように下向いてよう、彩萌今日はお休みだった筈だからね。
「それで、どこ行くん?」
「じゃあ…………、えっと――……職員室?」
「何だ今の間は、ウェルちゃんもうちょっと行動する前に何か考えた方がええで!」
ごめん、だって白雪くんのクラス分かんなかったんだもん。
せっかくだからえーっと、ついでにルーカス先生に文句を言いに行こう!
ルーカス先生も共犯だって、上悪土さん言ってたよね。
「シホちゃん、ルーカス先生ね」
「はいはい――……っせーん失礼しまー、ルーカス先生いますかー?」
職員室の扉をガラガラーって開けて、シホちゃんはそう言ったのです。
シホちゃん、すいませんはちゃんと言った方が良いよ!
シホちゃんの姿を見た先生たちは驚いた感じです、ざわざわしてます。
でもシホちゃんは目立つ生徒だったのかすぐに「あれ、紫帆じゃないか?」って言われてました。
ルーカス先生はね、青い髪だからすぐに見付かったよ。
彩萌と目があった時ね、一瞬すっげぇ嫌そうな顔したの。すっげぇ嫌そうな顔だった。
渋々って感じで席を立つとね、ルーカス先生はこっちに来たんですよ。
「――……なんでしょう?」
「えーっとぉ、あんまり人前で言う話じゃないからー……移動しませんか?」
「まあ、良いでしょう。それにしても本当に変わったのですね、白雪さんの発言は本当だったんですね」
ルーカス先生はそう言いながら彩萌たちを誰も居ない教室へと案内してくれます。
ルーカス先生も巫なんだよって、シホちゃんに教えてあげたらびっくりしてました。
教室についたらルーカス先生は窓とか、扉とか全部閉めてた。
「さて、……それで? フェーニシア・ウェルシィ=エニオール様、私に何の御用でしょうか?」
「ルーカス先生とかの所為で叶山彩萌の家庭が崩壊しそうですよ! どう責任を取るつもりなんですか!」
「……家庭崩壊、ですか。それは……困りますね」
彩萌が責任取れって言ったら、まためっちゃ嫌そうな顔をして呟いてた。
上悪土さんいわくルーカス先生はことなかれ主義らしいから、問題が起きたら困っちゃうよね。
「ルーカス先生が叶山彩萌に何かした所為で、家庭崩壊しそうなんですよ。上悪土さんとか白雪くんも悪いけど、ルーカス先生が何かしちゃった所為で二人が叶山彩萌の魂の引き剥がしが上手く行っちゃったみたいなんですよ! 私だって楽しく暮らしてたのに、これは魂誘拐ですよ?」
「なんかよく分からんけど、めっちゃ攻めるねぇーいつもより強気な態度やんけー」
だってねー、ルーカス先生を味方に出来ればもしかしたら現実世界に帰れるかもしれないんだよ?
それに青い魔法を使えば、お父さんとかお母さんとかに彩萌が嘘言ってない事を証明できるかもしれないんだよ?
ルーカス先生がグラーノさんみたいに、他人に記憶を見せたりとか感覚を共有させたりとかできればの話だけどね。
「ですが……巫がまともに機能していない状況は非常に不味いですよ、歪みは直さないと穢れが生まれてしまいます」
「叶山彩萌はちゃんとした巫なんでしょ? ちゃんと教えてあげて、勉強とかいろいろしたらちゃんとした巫になれたんじゃないの?」
「あー……良くわかんねぇけど、俺もなんかいろいろ勉強させられてるかも」
「新人教育が出来てないブラック会社ですよ! クリーンな経営を心掛けないと駄目ですよ!」
ルーカス先生、あなたはそれでも教師なんですか! と彩萌がキメ台詞の様に言ったら、非常に面倒臭そうな顔をして黙り込んでた。
というかルーカス先生は冷たい人だけど、一応は考えてるんだね。色々と。
もしかしたら、本当にこいつ面倒臭いなとか考えてるだけかもしれないけどね。
「ですが」
「ですがもだけどもありません! 叶山彩萌はたぶん……きっと有能ですよ!」
「そうかもしれませんが……」
「ルーカス先生は、叶山彩萌じゃ嫌なんですか? 明確な理由があって、ダメだって言ってるんですか?」
「そういう訳ではありませんが……――それでも巫をやる気が無い方が力を持っていても仕方がないでしょう? 力の継承は死を持って初めて可能になるんですよ? 叶山彩萌が死ぬまで、夕闇の巫を空席にしておくのは無理な話ですし」
「じゃあ叶山彩萌を説得したりして巫やって貰えば良いじゃん」
彩萌がそう言えば、ルーカス先生はえーやだーって感じの顔してた。
つまり、ルーカス先生は面倒臭いから説得も教育もやりたくない。でも巫がちゃんと機能してないと駄目だから何とかしないと……って思ったから白雪くんに協力したんだね。この人たぶんダメな大人だ、めっちゃダメな大人だ……なんでこの人教師してるんだろう?
親が教師してたから、自分も教師になるかーレベルの軽い気持ちで教師になった人だと思う。予想だけど。
めっちゃ教師やりてー、って感じでなった人じゃないと思う。偏見だけど。
「白雪くんはなんで叶山彩萌じゃダメなんだろうね……」
なんだか間違った方向に情熱を注いでたけど、白雪くんは説得とか教育とか、やろうと思えばやりそうな感じするのに。
そう言えば白雪くんって人間なのかな、なんか犬になったりするけど。
「シホちゃんとルーカス先生もなんか動物になれるんですか?」
「はぁ? 無理に決まってんだろ、俺人間だぜ?」
「私も残念ながら……人間ですし」
「じゃあ……白雪くんは人間じゃないんだね」
彩萌の言葉に「そうかもしれませんね」とルーカス先生はどうでも良さそうな感じで同意してました。
ルーカス先生は本当に巫がまともに機能してたらあとはどうでも良いんだね……。
でも、本当に今って巫機能してるのかな?
彩萌はこっちの世界の彩萌じゃないけど、本当に大丈夫なの?
「ルーカス先生、もしちゃんと叶山彩萌が戻ってきたら……その時は色々フォローしてあげてほしいんですけど、家庭崩壊しそうだし?」
「どうして私がそんなこと……」
「だって原因の一つじゃん、ルーカス先生に誘拐されたって誰かに相談しますよ」
「えげつねぇ」ってシホちゃんが呟いてたけど、彩萌は嘘言ってないですよ。
ルーカス先生はすごい困った顔をしてて、何か言い返そうとしてるのか口を開いたんだけど何も言えなかった。
だけど何か思いついたのか、また口を開いたんですよ。
「ですが叶山さん、貴女だって御両親の元に戻りたいでしょう? 白雪さんの話に因ると、幻想世界には新たな夜の精霊が生まれたのでしょう? なら、幻想世界に貴女の存在は必要ないですよね、どうしても夕闇の巫があの叶山彩萌である必要性がありませんよね? 貴女だって、叶山彩萌じゃないですか」
「な……なんでルーカス先生が、そんなこと知ってるんですか!」
「私が巫だから、ですかね? 所詮あの叶山彩萌は突然現れた穴を埋める存在ですよ、貴女がここに残るのであれば私はこの力を貴女に貸しますよ」
「私にとって、叶山彩萌という存在は貴女なんですよ」とルーカス先生は言います。
つまり、どういう事ですか? ルーカス先生は……魔法が使える叶山彩萌が現れる前の記憶がちゃんとあるってこと?
彩萌が普通に宇宙人だーとか、幻想なんて信じらんなーいとか言ってた頃の記憶があるってこと?
ここはパラレルワールド的な、並行世界的なアレじゃないの?
彩萌が混乱していれば、ルーカス先生はちょっと笑った。
「叶山彩萌の周りにいた人物は記憶が修正されていますけど、私は貴女のこと……よく覚えてますよ」
彩萌はそう言われて、なんかよく分からん感じになった。
彩萌が図書室に良く行ってたこととか、山吹君とよく一緒に居たとか、火星に行きたいって言ってたとか、ルーカス先生は言うんです。
頭が真っ白になるってこんな感じなのかな……、なんか、なんか……怖い。
「良いじゃないですか、此処に残ったって……ご家族の記憶は私が元通りに戻してさしあげます」
「いや……いや、……それは、ダメです」
「ウェル、大丈夫か? 先生、あんまり追い詰めるようなことするなよ」
「追い詰めるだなんて、そんなこと……ただ私は叶山さんが家に帰れるようにしてあげると言っただけですよ?」
気が付いたら彩萌は、シホちゃんの背中から無理に下りて教室から逃げ出していました。
よく分からないです、なんだか……とっても怖くなりました。
何が怖いのか彩萌にもよく分からないけど、とっても怖かったです。
彩萌は学校から飛び出してました、廊下で白雪くんに会った気がするけど……気にしていられませんでした。
パニックです……、現実世界で普通に生活できるかもしれないと知って彩萌はパニックを起こしてしまいました。
なんででしょう? いろいろ考えて、頭で処理できなくなっちゃったのかな?
ただ何となく、山吹君に会いたいなぁって思った。
ヘルプミー山吹君、家に帰るのはイヤです。怖いです。
――あやめとアヤメの交換日記、四十四頁




