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あやめとアヤメの交換日記  作者: 深光
共有された心情の泡沫
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前世の記憶は聖書にあり?

 一発触発な空気が痛い、私が関係している話題だったのにこの空気に私は全く関係ないとはこれ如何に。

 私は現在大きな屋敷の中にいる、精霊じゃないほうのリーディアさんの御宅である。

 まだまだ現実世界には帰れそうにない、この体の持ち主の同姓同名の叶山さんは大丈夫なんだろうか。

 まったく同じ顔をして、似た様な服装で、髪が長いか短いかの違いしかない奴らのいがみ合いを見ていても面白くないなぁ、とか思いながら精霊のリーディアと精霊じゃないリーディアさんの喧嘩を見ていた。精霊じゃないほうのリーディアさんの本名は山吹陸斗というらしいので、山吹と呼ぶ。

 山吹を見た瞬間に妙な胸騒ぎがしたのは何故だろうか、知り合いだったっけ?

 喧嘩を尻目に私は真っ黒なマネキンの様なメイドさんが入れてくれた紅茶を飲みながら、ロックチョコの袋に書いてあった食べ方を読んでいる。

 牛乳に入れて飲むとか、お湯で溶かすとか書いてあるね。

 そのまま食べる奴じゃないみたい、これ。


「その見た目で出歩くの止めてくれない!? それにえっと……その子を連れまわすのも止めてほしいんだけど!?」

「誰にも気付かれなかったんだから、問題ないだろ? 男なら堂々としてりゃ良いんだよ、女々しい」

「本当に気付かれなかったかどうかなんて分かんないだろ、無責任なこと言うなよ!」


 山吹の言うとおりだぞ、本当に気付かれなかったかどうかなんてブラックロン毛に分かるのかよ。魔法使えないのにさ。

 清くブラックロン毛が謝れば終わりそうなのに、謝らない辺りたしかに私と性格似てる。

 早く喧嘩終らないかな、私はどうすれば良いのかな。

 イクシィールもう一度私を癒してください、お願いします。

 きーきー怒る山吹の声を聞いてか、開けっ放しになっていた扉からふらふらと赤い男性が入ってくる。

 全体的に赤いその男性は、ブラックロン毛と同じ精霊さん。

 そしてブラックロン毛と同じく他の精霊とは異質な生まれ方をした精霊さん。

 フィルウェルリア聖書とかいう本でリィドフェニア(始めのお友達)という名前で登場するね。フィルウェルリア聖書にはディーテ・カーマインは登場しない……はず、ディーテ・カーマインとリィドフェニアが同一人物だと捉えれば、登場してると言えるけど。

 でもリィドフェニアは人だったから、精霊ではない。

 まあでも、ブラックロン毛と違って他の精霊に愛されてると思うけどね!

 ……素直に思い出そうとすれば、ある程度の事を思い出せるみたい。

 分かりたくないけど、認めたくないけど、やっぱり無くしてしまった記憶がある様だ。

 過去の自分についてとかが思い出せないみたい、精霊の事とか幻想世界(ファンタジー)の事はちょっと……思い出せるのに。

 それにしても聖書とか覚えてるなんて私ってば博識だな、すごいじゃん。


「何言い争ってるの? どうしてリーディアは顔を合わせると喧嘩してるの? 少しは仲良くしなきゃダメですよ、お客さんの前ですよ」

「客人の前だろうと無かろうとこの色ボケと仲良くしようとは思わない」

「うるせぇむっつり、お前が幾ら否定しても俺とお前は同じ性質を持ってんだよ」

「たとえ同じ性質を持ってたとしても! TPOを弁えない発言と言動を繰り返すような奴とは仲良くなりたくないね!」


「しかも同じ顔で!」と山吹はリーディアの顔を指さして叫ぶ、まあ……確かにそれは嫌だね。

 きっと苦労してるんだろうな、どんまい山吹。

 本当にそっくりだしな、間違われた事があるのかもしれない。

 そんなことを考えていれば赤い精霊のディーテが私に近付いてくる、その手には可愛らしい杖が握られている。

 そういえばそれ……オレンジ色の精霊に持ってろって言われたなぁ、と思っていれば手渡された。

 うん、なんだか体が軽くなった気がする。


「えっとー……叶山さん、体調どう? 大丈夫? 今ね、二世が――……」


 言葉が途中で止まって、続きが来ない。

 どうしたのかと思い、顔を上げれば彼は私の手元を見ていた。

 視線が合えば彼は期待した様な顔で手を差し出してくる、態度で欲しいと訴えてきた。

 ……チョコ、好きなのかな。欲しいって言えばいいのになーとか考えていれば、彼は「食べたい」と言ってきた。

 これすげぇ硬いよ、とか思ったけどとりあえず袋ごとあげてみた。

 彼はロックチョコをそのまま食べていた、すごいごりごり音がしていた訳だが精霊はすごいな。


「……ウェルサー二世がー、足りない部分探してくれてるらしいですよー。それでーフレアとかがー現実世界にー遊びに行ったからー、そこそこー大丈夫だよー」

「はぁ、そうですか……」

「本当はお兄さんが現実世界に行きたかったけどー、お前は人見知りしねーからそいつの世話してなって言われちゃったんですよ」


「硬い」と幸せそうに呟きながら、彼はロックチョコを食べている。なんて言うか、餌付けした気分になった。

 だから何でも言ってね、と言われたけど……ディーテは少し頼りなさそうな雰囲気があって色々は言い辛い。

 揺れる三つ編みを眺めていたら、気が付いたら二人の喧嘩する声が聞こえなくなっていた。

 落ち着く為か山吹はお茶を飲んでいて、なぜかリーディアは黒いキツネっぽいものに姿を変えていた。

 この状況は、リーディアが山吹を怒らせて魔法を使われた、と考えるのが妥当だと思う。

 精霊の癖に情けないなぁ、リーディア情けない。

 そんなキツネっぽいような、黒い犬のリーディアは私に近付いてきた。


「まあそれもあるけど、ディーテ・カーマインと俺は他の精霊や巫とは違って普通には現実世界に行けないからってのもある」

「お兄さんだって行こうと思えば行けますよ!」


 そう二人が話していれば、かちゃんとティーカップを置く音が部屋に響いた。

 ちょっと大きな音だったのは、山吹の心境が平穏ではなかったからかもしれない。


「ちょっと……かみなきってなに? そもそも精霊が現実世界に自由に行けるって、マジ?」

(かみなき)、神哭き、神亡き……まあ現実世界と幻想世界のバランスを保つ為に存在してる、現実世界の精霊的存在だな」

「現実世界にも……お前らみたいなのが居たのか……」

「現にここに居る叶山さんも、(かみなき)だよ?」

「――……否定はしない」


 その話を聞いて山吹は「えっ、どういうこと!?」と驚いた様子で声を荒げた。

 まあ……さっきの話を聞いていれば精霊と同じ様な感じでイメージしたんだろうな。不老長寿、もしくは実体のない幽霊の様な神の様な存在だと思ったんだろうね。私だって事前知識がなければそう思う、誰だってそう思う。

 魂を入れ替えられちゃった、って説明を受けてた訳だから……そんなちょっと大げさっぽいものと換えられてると思わないよね。


「巫は力だけを受け継ぐから、別に俺達と完全に同じ存在じゃない。人間だったり妖怪だったり、受け継ぐ事が出来る体なら誰だって巫になれる」

「つまりえっと……その子もそういう感じで、人間だってこと?」

「肯定も否定も出来ない」

「そっか……、なんかちょっとよく分からないけど、彩萌ちゃんは大丈夫なのかな……」

「大丈夫――……とは言えない、むしろ危険かもな」


「えぇ!?」と一番驚いたのはディーテだった、山吹もかなり驚いてたけど。

 そして私も驚いたよ、危険なの? 巫って危険なの!? 私は白雪ふかちに首を絞められた以外に危険な目に遭ってないよ!? えっ、マジでー? やっぱり巫になるの止めようかな、だって危険なんでしょ? 危険とか言われたらやだよ……。


「巫の危険なところは、誰でも巫になれるところだ。(うつわ)が適応していればその力を体内に留めて置く事は出来る、だけど使うのは精神(たましい)だ。此処に居る巫としてもっとも適した精神を持つ叶山彩萌だったら自由に力を使う事が可能だし、身を守る事だって簡単……だけど邪鬼にまで落とされた叶山彩萌がその力と上手く付き合えるかどうかが問題だな」

「……上手く付き合えなかったら?」

「力の垂れ流し、普通なら一見しただけではその人が巫かどうか分からねーけど、垂れ流してたら別。魔法を扱えるものなら、それが特別だって分かる」

「つまり……無理矢理力を得ようとする生き物がいないとは限らないってこと?」


「そう」とリーディアは肯いていたけど、その後に近くにいた私にしか聞こえない程の小さな声で「まああのチビなら心配するだけ無駄だけど」って呟いていた。なんでそれを二人に伝えないんだ、とか考えていたらリーディアは犬の癖にニヤニヤしているのが丸分かりしてしまう表情で続けた。


「早く自分の物にしねーから、無駄に後悔するんだぜ?」

「う、うるさい……今は関係ない……」

「距離置かなきゃよかったーとか、やっぱり言っておけばよかったーとか」

「彩萌ちゃんは自分からトラブルに突っ込んでいくからねー、昔から目を離したらすぐにいなくなるからね」


 ディーテの話を聞いて、私がこの世界で目を覚ました時のことを思い出した。

 たしか、この体の本来の持ち主はウェルと呼ばれていたっけ。

 ウェルと言えば……ウェルサーを差す言葉だったような。

 たしかにフィルウェルリア聖書に書かれていたウェルサーはすぐにいなくなってリィドフェニアを困らせる存在だったような。

 ドラゴンが生まれたから、とか、オーロラを見に行くから、とか、新しい国が出来たから、とか色んな理由をつけて忽然と姿を消していたような。

 さっきまで隣に居たと思ったら、置手紙一つで消えられたらたしかに困る。

 この体の本来の持ち主はウェルサーなのかな? でも、肉体があるから少し違うのかな……。

 まあ、過去のことは今はどうだって良いんだ。

 それにしても恋か、山吹も若いな。

 少しだけ納得いかない様な……もやもやするような、そんな気もするけど。


「ところで、ブラックロン毛はどうしてそんなに巫について詳しいの?」


 私がそうリーディアに聞けば山吹が「ブラックロン毛……」と呟いてたけど、気にしないで欲しい。

 だってリーディアが二人いるのに、リーディアって言うのはどうかなって思ったし。

 ロン毛って呼んでいいって言ったけど、ロン毛な奴はいっぱいいるし……ブラックってつけることでより分かりやすくした訳で……。

 だからブラックロン毛なのだよ……、ブラックわんわんでも良いのよ……。


「だいぶ昔に巫の力が必要になって調べた、以上」


 簡潔に述べてリーディアは何も言わなくなった、……それだけか。

 そして、とりあえず精霊さんとかが何とかしてくれてるみたいだから君はここに居れば良い、と要約するとそんな感じで山吹が言ってくれたのである。

 マジかよ、居候していいのかよ。流石お坊ちゃまは違うな。

 山吹は基本私には関わらないけど、ディーテとリーディアが面倒を見てくれるらしい。

 叶山彩萌の中身が入れ替わっちゃったのは基本内緒の方針で行くらしい、なので外出は控える様に言われた。

 つまり私がイクシィールに会っちゃったことと、イクシィールが気付いちゃったかもしれないことは秘密ってことですね。

 でもやっぱりただの居候だと気が重いから、何かやれることない? と私が聞いたら、その体は療養中なんで十分に休んでおいて、と言われてしまったのである。

 幻想世界で引きこもりライフを送ることになるなんて、想像していなかったよ。

 そんな感じで考えていたらディーテに「どうしてもって言うなら、外に連れてっても良いよ?」と、のほほんとした感じで言ってくれた。

 なんだか今まで気を張っていたのが馬鹿みたいだなぁ、と私は思った訳です。





 ――あやめとアヤメの交換日記、四十三頁

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