家出と幽霊とムードメーカー
しばらく落ち込んでいたように見えたお父さんは、起き上がったのです。
ちょっとお疲れのようです、やっぱり受け入れがたいのかな。
少しだけ老けて見えました。
「彩萌が悲しんでるのは理解した……、家出したのも理解したけど別人とかありえない、魔法とか……ファンタジーとか! もっとありえない!」
「ちょっと言ってること矛盾してますよ、大丈夫?」
「矛盾してない! 別人にしては似過ぎだし、そもそも魔法なんてっ……!」
魔法がなかったらクローンか、三つ子ちゃんか彩萌が分裂したことになっちゃうよ、お父さん。
別個体であることは認めるけど、完全なる別物であるとは認めないって言いたいんだね。
クローンですとか、分裂しちゃった~とかの方がお父さん的には信憑性が高いって言いたいんだね。
これ以上魔法について言及とかいうのをしちゃったら、お父さんがめっちゃ混乱しそう。
ここはどうすれば丸くおさめられるのかな、彩萌にはちょっと難しい。
「僕は似てる訳じゃないぜ、似させてるのさ!」
ミギーくんはそう言うとお父さんの見た目に変身したのです、ちょっと……これはお父さんがどう反応するのか気になるところ。
ちょっとね……ぽかーんと呆気に取られた顔してたけど、なんか……しばらくしたら笑いだしたのです。
……大丈夫なの? お父さん壊れたの?
めっちゃげらげら笑ってました、笑い泣きしてたよ……。
これは混乱してるよね……、なんかごめん。
うん……怖い。
「分かった、魔法について認める……ちょっと、ごめん。外出する……」
「……お父さんも家出するの? 帰ってきますか?」
「逃げるのかよー、自分の子供を捨てるのかよー、せめてちゃんと手続き済ませてから捨てろよなー」
「そういう問題なの?」
「分かんないけど、ケジメってやつじゃん? なんかー、むかしーアーキアっていうやつが居たんだけどー、貰われる時に実の両親とかいうのが出て来て大変そうだったし?」
なるほど……、たしかにそれは大変ですね。
そういえばミギーくんはスピリット系の魔物さんだけど、お父さんお母さんいるの? って聞いたら、孤児院で誕生したから、そこに居るだけで親はいないって教えてくれた。へぇ……、ミギーくんは孤児院で生まれたんだ。
彩萌ってミギーくんは呼ぼうとしたみたいで……ちょっと困った顔をしてお父さんをチラ見してた。
そうだ……ミギーくんは事情を知らないから、名前呼びして良いのか困ってるのか。
同じ名前だもんね、そりゃ困るよね……。
うーん、どうしよう。
「えーっと、真名がフェーニシア=ウェルシィだから……フェーニシアかウェルシィで良いと思う」
「そっか、でも通名と真名が違うなら真名は簡単に他人に教えちゃダメなんだぜ」
「マジで、じゃあ次からは気をつけるね」
じゃあウェルの親どうしてんの? って聞かれたのでこの世界にはいないと答えておきました。
嘘は言ってないよ、事実だもん。死んでるって言ってないからセーフです。
そう言えばちょっと混乱して疲れちゃったお父さん放置してたけど、大丈夫かな。
チラって見たらね、すっごい難しい顔して黙り込んでいました。
「難しく考える必要ってどこにあんの? 今までその、彩萌? が隠しててくれたから家族が成り立ってたの? じゃあこんなとこに帰ってこなくっても良いじゃん、家出してたほうが幸せなんじゃない。まあ僕は家族の幸せなんて知らないけど、分かってくれる友達が居るところの方が良い、家族とかいうのが相手の顔色見て隠したり気を遣ったりするんなら僕には家族がいなくって幸せだと思う」
ミギーくんはお父さんの姿を止めて、彩萌と同じ姿になってそう言うと彩萌の手を引っぱって部屋から出て行きます。
うん……、まあ、もしかしたら今はお父さん的に一人になりたいのかもしれないね。
そう考えてたらミギーくんは迷わず玄関に来たわけです……、何も言わずに引っぱるので彩萌は渋々靴を履きました。
外に出てから彩萌はパジャマだったことを思い出しました、ミギーくんが普通の服だったから忘れてた……。
どうしよう……、でも戻るって言い辛いですし。
「……えっと、ミギーくん怒ってるの?」
「怒ってない……大家族のお母さんになりたいってクーリー言ってたけど、現実の家族ってこんなもんかって思ったらなんか微妙な気分になるよね」
「理想は高し……です、現実は難しいですよね」
「あと怒ってないけど、なんか彩萌めっちゃ悲しそうだったよ」
「なんかよく分かんないけど元気出せよ」ってミギーくんは言ってくれました。
どうやらミギーくんの発言は彩萌に気を使っての発言だったようです、ありがとう……。
割りきったり、吹っ切れたりできればとっても良いんだけどまだ少しだけ未練があるのですよ。
「ちょっと、よく分かんないけど……僕も少しだけがっかりしたのは事実。お父さんはもっと……こう、強くてかっこよくて立ち向かう様なイメージがあったけどそれってただの創作なんだって思ったから、その体の本当の持ち主の事は知らないけどさ……」
「幻想が壊れちゃった感じ」って呟いていました。
まあでも……しょうがないよね、だってお父さんは魔法とか知らない世界で生きてきたんだもん。
現実世界はファンタジックなことがないんです、ファンタジックなのは精神とか頭に異常がある人とかチビッ子だけなのです。
「でも、実の子そっくりで部屋に居た子に別人だよって言われても信じられないよ」
「……やっぱり僕の理想が高いだけか、どんな見た目してても……血とかが繋がっててもずっと一緒に居ても気付いてくれるなんてこと無いんだね」
「――……気付かれないのは怖いね、うん……本当に、怖い」
彩萌はミギーくんみたいに気のきいたことを言えそうにありません……。
彩萌がパジャマのままで出歩いてるのでちらっとお母さん方に見られたりしたけど、話しかけてくる人はいません。
ミギーくんの雰囲気がなんか……えーっと、なんかすっごい悲しいことがあった人みたいだからかも。
ミギーくんはこの話になんか……トラウマ的な何かがあるんだろうか。
どうやら空は朝焼けじゃなくって、夕焼けだったようでどんどん暗くなってきます。
気づいたら真っ暗になってました、街灯があるからまだ明るいけど……。
どこまで行くんだろうか、これからどうしよう。
「取り替えられたら、やっぱり両親ですら分からないんだな」
「……ミギーくん何かあったの?」
「あったよ、僕は……本当はドッペルゲンガーじゃなくって、……幽霊だからさ」
「皆には内緒ね」って言ってたけど、……マジで?
えっ、じゃあスピリット系じゃなくって、アンデッド系?
よく分かんないけど……取り替えられちゃったの? でも孤児院で生まれたって……?
なんかよく分かんないよ、孤児院で生まれたのは嘘なの?
でもなんかすっごい落ち込んでるから深くは聞かないでおこう、とりあえず背中をよしよししといた。
そういえばドッペルゲンガーは実体も本当は性別も無いってシェリエちゃん言ってたっけ? 安定してない時の姿が魔力の塊みたいにふあふあしてたり霧状だったりしてないのは変だよね……、まあ肌はすこし死んだ人みたいだったけど普通に男の子の姿してるのは変だね。
そう考えると幽霊だって言う方が自然なのかな。
「きっと僕の時も、誰も分からなかったんだろうなって思った」
「えーっと……なんて言ったら良いか分かんないけど、彩萌も頑張って見分ける努力するから……元気出せよー」
「彩萌は今のところ間違ってないから、僕の中で好感度高いよね」
マジでー、じゃあ彩萌はミギーくんとは親友って言っても良いですか?
とりあえず座りながら話そうよって提案して、とりあえず公園に来ました。
大人だったらファミレスとか行けるだろうけど……ほら、彩萌って無一文だし、お子ちゃまだからさ……通報されちゃうよね。
まあ公園に居てもさ……、通報される可能性ありますけどね。
「妖精とか、ドッペルゲンガーとか……一部の魔物は人間の子供と自分の子供とかを取りかえちゃうらしいね」
「あー……なんか、聞いたことある」
「取り替えられちゃったから、やっぱり僕はドッペルゲンガーなんだよ……。たぶん」
そっか、そうだったのか……。
じゃあ生まれたばっかりの時から幽霊というか、ドッペルゲンガーなのかな。
なんて言ったら良いのか考えてたけど、ミギーくんはベンチから立ち上がるとにっこり笑って見せたのです。
「まあ、なんかショックだったけど……クヨクヨしてもしょうがねーよな! 僕の家族は孤児院のみんなだし、両親なんて元からいない!」
「……そうですね、クヨクヨしててもしょうがないですよね! 親なんていなくっても大丈夫!」
「ところでさ、僕はお腹とか空かないから大丈夫だけど……彩萌は平気なの?」
「そんなことよりも彩萌はね、パジャマだから寒いんですよ」
「マジで? あーマジパジャマじゃん、なんかごめん」
でもあの家に戻りづれーよなーってミギーくんは言うのです、彩萌も同意見です。
戻り辛いですよね、お父さんは立ち直れたんでしょうか……?
こういう時は誰を頼れば良いのかな、彩萌は現実世界に知り合いがいないんですけど。
警察なんかに行っちゃったら絶対お家に連絡されちゃうし、そうしたら嫌だなー。
「神社にお姉さん居るかな……」
「お姉さん?」
「すっごい人なんだよ、もーねぇ……女神様って感じなんだよ」
神社のお姉さんに白雪くんの家を聞こう、そんで文句言ってやろう。
白雪くんの所為で大変だぞって、現実世界の彩萌の家庭が崩壊しそうだぞって。
でも……家庭を崩壊の危機に追いやったのは彩萌か、マジまいっちゃうよね!
彩萌の演技力が高ければこんなことにはならなかったのです、王子に演技力の指導してもらえばよかったねー。
素直に言ってはいけない時もあるのですね……、次から気をつけるね。
「……というか、ここってどこ?」
彩萌の頭は塗り替えられているのですよ……幻想色にね!
もうこの町なんてどこに何があるかなんて把握してないです……ヤベェ。
この公園に見覚えがあるような気がするんだけど、見覚えがある気がするだけでそれ以上のことが思い出せない……!
まあ、歩いていれば見付かる気がする。
そんな気がして彩萌はミギーくんと神社を探すことにしました。
ミギーくんの手を引っぱってるんだけどさ、ミギーくんに体温があったらもうちょっとマシになるんだろうけど……ミギーくんは体温がないから手も寒いよ。
ディーテさんの十字架置いてきちゃったし、なんかよく分かんないけど前途多難ですね?
でもミギーくんがいるから、ちょっぴり彩萌の心にも余裕があります!
ミギーくんは素晴らしいムードメーカーですね、彩萌もそうなりたい。
それにしても星が良く見えないね……、雲が出てる訳じゃないのに月も良く見えないし。
なんだか不安になる空模様です……。
――あやめとアヤメの交換日記、三十六頁




