パンドラの箱に残されたのは
非常に楽だが、非常に目立つ。
しかたないので、ティアーズの屋敷に着くまでミミックの蓋を閉めさせていただいた。
もしこの姿をイズマでもフレンジアでもジェリでも何でも……叶山彩萌の知り合いに見られたらヤバイ。
しばらく揺られていれば屋敷に着いたようで下ろされる、蓋を開けられると灯りが眩しく……クラクラと眩暈がした。
フラフラと覚束無い足取りで立ち上がり、ミミックから出ると足元が非常に柔らかい。
めっちゃ高そうな高級絨毯ですね、めっちゃ柔らかいですね。
土足で踏むのが躊躇われるわ、悲しき日本人の性だね。
「可愛らしい寝間着だね」
叶山彩萌の趣味なので、私には何とも言えないけど……私は少し可愛すぎると思うけどね。
まあまだ幼いからな、こんなピンクでも良いよ。
私は黒が好きだけど……この子パステルカラー好きだよね。
女の子女の子してるわ、リボンとかついちゃってさ……私には無理、超無理ゲー。
目が慣れてくれば辺りが良く見える、どうやら彼女の寝室らしくベッドが置かれている。
それにしても広い、さすがお嬢様と言うべきか……。
部屋には少女らしからぬ物が置かれている、不思議な風貌の生き物の剥製や骨格標本、大きな棚に並んでいるのはよく分からない液体。
それと……その棚にはよく理科準備室などでお目に掛かれるであろう、ホルマリンだと思われる液体漬けの小動物も並んでいる。
こんな部屋で寝泊まりするなんて、女の子女の子していない自分でも無理ゲーだと思った。
「あぁ……、別にボクは解剖とか内臓とか死体に興味がある訳じゃないよ。珍しい生き物の剥製とか、とにかく珍しい生き物の何かを集めるのが好きなんだ」
「そうですか」
「だから別に変に警戒しなくても良いからね、血生臭いのは嫌いなんだ」
これを眺めながらこの子達が生きていた頃に思いを馳せるのが好き、とティネオリーネは言っていたが……不気味だ。
なんか引き出しから爪とか、角とか色々出して見せてくれたけど私には良さが分からない。
ベッドにズラリと並べられた角や爪、尻尾や鱗等々……色々と壮観だ。
扉の方へ盗み見る様に視線を移せば……、暇そうに壁に寄り掛かるヒズミとファナが見えた。
「君の角は生え変わるの?」
「私にはわかりません」
「あぁ、そうだったね……残念だよ、生え変わるなら貰いたかったのに」
ベッドに腰掛け、足を組んで溜息を吐くティネオリーネは十代前半には見えない。
艶っぽ過ぎて私が戸惑うレベル、きっと同年齢の男子生徒は貴女と上手く会話が出来ないんじゃないですかね。
頭に手を当てて、髪でも梳くのかと思っていたら……ティネオリーネの髪がズルリと落ちて非常に驚いた。
どうやらウィッグだった様で、灰色の髪とは違う濡羽色の髪が露見する。
短く切り揃えられており、雰囲気が一新された様に感じる。
「ボクはね、フィルオリーネお姉様に似てるんだ、とってもね」
「……血が繋がっていないのに?」
「君と同じ様な物さ、ボクはスピリット系の魔物でね……フィルオリーネお姉様の魔力で出来てるんだ」
そう言いながらティネオリーネは化粧を落としていく、その素顔はたしかに……叶山彩萌の記憶の中にあるフィルオリーネの姿にそっくりだった。
化粧を落としたティネオリーネは派手な女性というよりも、控え目でありながら絶対の存在感を持った美少女だった。
「すぐ終わるから、腕出しといて」
そう言ってティネオリーネは、新品の注射器を包装から取り出した。
採血は本当にすぐに終わり、使われた注射器は捨てられて、取った血は小さな容器に入れられ固く封をされて……シールを貼られ小型の冷蔵庫の様な見た目の物に保管された。すぐに魔法で治されたので腕に違和感はない。
「それでお願いがあるんですけど……」
「良いじゃない、そんなに焦らなくってさ……もう少しお話でもしようよ」
「いや、早く帰らないとヤバいんで」
私が困った様にそう言えば、ティネオリーネは小さく笑う。
「どうして、そんな回りくどい方法を取るの? 髪留めに魔力を吹き込めるなら、体外にある程度排出できるわけでしょ」
「そうですけど、でも……そうするとすぐにまた体に取り込まれてしまう可能性がありますから」
「たしかに、今は吸い込みやすい感じになってるかもね」
良いよ、と笑って承諾してくれたティネオリーネに私は説明を始めた。
簡単に分かりやすく、普段の叶山彩萌とは違う彩萌が現れるはずだからそれに渡してほしいということだけ。
私ではない、だけど叶山彩萌でもない、記憶のない我が儘な私……きっとティネオリーネなら見分けてくれる。
そう言えば、ティネオリーネは少々困った様に笑った。
「過信はしないでね、ボクも間違える時は間違える」
「ですが……ミミックよりは信用できそうです」
「な……なんという酷いお言葉でしょうか! 私は非常に悲しゅうございます!」
悲しゅうございます、と言われても……実際にそうだと思うからしかたない。
ミミックも別に学校から出られたから良いらしいし、子供の近くにいると安心するらしい……おもちゃ箱だからだろうか。
職員室は地獄の様だったと語る姿を尻目に、私は帰る事をティネオリーネに告げる。
ファナとヒズミに送ってもらって、とティネオリーネは言った。
できれば頭を隠せるものを貸してもらえないか、と聞けば黒いコートを貸してもらえた。
真っ黒なコートを羽織り、フードを被ればなんだか懐かしい気分になった。
自分の足で部屋を出て行こうとしたが、ファナに抱き抱えられて運ばれる事になった。
肩車怖いんですけど、頭ぶつかるんじゃないかってひやひやする……まあ何もかもが大きいから無駄な心配だと思うけど。
華やかで夜中だと言うのに明るい屋敷を出れば、今まで静かだったヒズミがファナの前へと跳ねる様に飛び出す。
「偽彩萌ちん! 偽彩萌ちんはどうしてそんなに落ち着いてるの、胆が据わってるね!」
「――……えぇっと、この事は内密でお願いします」
「しょうがないね、病気治るとイイね」
「病気治ったら祝い酒だな」と、ファナは呟いていた。
叶山彩萌だったら……こういう時はどう返すのだろうか。
……でも、私は叶山彩萌じゃないから別にどうでも良いか、そう思った私は何も言わなかった。
私は偽者だ、現実世界でも取換えのきく物だと思われている。
現に白雪ふかちは私よりも、基本性能が良い元精霊の叶山彩萌を代わりにしたいと思っている。
非常に悲しい事だ、でもそれは自分が舞台にも立とうとしていないからだ。
神に成り代わった時も、私は舞台に立とうとしなかった。
代役を立てて、陰に隠れた。自分から黒子になった癖に称えられない事に悩んだりした、馬鹿だと思う。黒子というのは基本存在していないと捉え、役者のフォローをする係だ。目立たないのは当然だし、称えられる事が少ないのは当然だ。
現実世界の私は何も知らない、だが色々と知ったらきっと後悔するだろうな。
舞台に立てば良かったって終わってから後悔するんだ……馬鹿だから。
やり直す機会を貰ったのに、同じ過ちを犯すなんて恥ずかしい。
だから現実世界にいる私にはぜひとも頑張って巫をやってもらいたい、大変さとか辛さとかは記憶の私には関係ないからな。
ぶっちゃければそこまで変わりませんから、現実世界の私だって一回神偽ってんだから基本性能は元精霊と変わらん。
後は思いっきりと勇気と大胆さと自己主張が必要なだけだ、巫デビューで新しい私(笑)を実現してください。
……はい、現実世界の私への記憶レター(笑)でした。
でももう既に記憶は髪留めに入れたから、このレターは届かないわけですけど。
――……まあ、そんな無駄な事はどうでも良いんだ……。
どうすんだよ、おいだいぶ時間掛かってんぞ。
これヤバくね? ヤバイよね、超ヤバイよ。ヤバすぎ。マジヤバイって。
まず部屋には戻れない、精霊に見つかったら即アウトだろう。
とりあえず叶山彩萌に戻る必要がある、どこで戻るかが問題だ。
私が表に出て来ちゃってる事を臭わせてはいけないのだ、心配性な精霊達の事だからそんな事がバレたら魔力引き剥がすまで監禁されてもおかしくないんだぜ。
むしろ仮死状態にされてもおかしくないんだぜ、それはかわいそうだと流石の私でも思いまして。
また叶山彩萌が棺にINしちゃう可能性があるわけですよ。
山吹陸斗に会えなくなったらかわいそう、他人の恋路を邪魔するのはちょっと良い気分では無い。
トイレの杖はもうすでに回収されてそうだからな……。
――……もう一回だけ、魔法使おう。
ゆらゆら、ゆらゆらしてるのに気が付いて彩萌は目を覚ましたのです。
目の前が真っ赤で、彩萌は超びっくりしたのです。
流血したのかなって! 流血したのかなって、思って超びっくりしてのけ反った所為で床に落ちそうになったのです。
まあ真っ赤な理由はディーテさんだったんですよ。おんぶされてたんですよ。
「なんで彩萌はディーテさんにおんぶされてるんでしょうか、というか今何時?」
「……もうすぐ朝だよ、何で孤児院に居たの?」
「誰が孤児院に居たの?」
「彩萌ちゃんの話! もー、本当にびっくりさせないでよねー」
「すごいね、彩萌の孤児院へ帰りたいって欲求だね。シェリエちゃんとかと朝ごはん食べたいって言う欲求だね」
……そうだねってディーテさんはなんかすごく小さく呟いてたけど……なんかあったの?
なんて言うか、意気消沈気味って言うか……どうしたのかな?
でも彩萌はなんだか、ちょっぴり体調が良い感じがするよ。
杖を持ってないのに全然平気なの、ディーテさんにおんぶされてるからなのかな。
「そう言えば彩萌ちゃん、髪留めどうしたの?」
「えー……分かんない」
なくしちゃったのかな……、どうしよう。
ユースくんに謝らなきゃ、本当にごめんなさい。
あとで探しておこう……、いや……彩萌は外出禁止でした。本当にごめんなさい、土下座しなきゃだな。
でもユースくんは笑って許してくれるのでした、……なぜかむーちゃんにすごい怪しまれているような目で見られたけどね!
彩萌何かしたの? まったく全然記憶にないですよ。
――あやめとアヤメの交換日記、三十頁