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あやめとアヤメの交換日記  作者: 深光
不幸の箱の中の希望
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不幸の箱の中

 目を覚ましたら、暗い部屋の中に赤い色と白い色と紫色が居る事を認識する。

 目を閉じているけど、彼等が寝ていないことは百も承知している。

 怪しまれないように杖を手に取れば、体の奥底がひやりと冷えた様な気がしてしまう。

 くらくらする、やる気が吸い取られる様だ。今すぐに放り投げてしまいたい。

 ベッドから下りれば、ゆるりと目が開かれるのが分かる。

 赤い色は何を考えているか分からない、どの色もそんな目をしているが。


「彩萌ちゃんどうかしたの?」

「ちょっと……トイレ」

「一人で行くの、大丈夫? ついて行く?」

「すぐ近くだし、……大丈夫、です」


 そっか、と一言呟いて薄く笑みを浮かべて赤い色は私を見る。

 なんだか探られている様な気がしてしまうのは、私の心理状況の所為か。

 この身体は居心地がいい、だが……取り巻く環境がとても悪い。

 私自身あの夢の中で妨害してしまったがこの状況が宜しく無い事を分かっている、彼女の言う通りネガティブに生きてもしょうがない。

 彼女は新しい人生を、私にチャンスをくれた訳でそれを無碍にしようとするのは良くない。

 繋がりを信じられなくても、繋がりを否定したとしてもそこまで恩知らずでは無い。

 どうせ私は記憶の人格、自己があると錯覚しているだけの魔力の塊にしか過ぎない。

 決して山吹陸斗が色気も無く裏も分からない、純情派精霊もどきにぞっこんだからとかそう言う理由では断じてない。

 あの姿を見ていたら寒気がしてきたとか、吐き気がしてきたとか……そう言う理由では断じてない。

 青春ラブコメしてんじゃねーよとか、そんなことは一切思っていない。

 私の名誉のために言っておくが山吹陸斗に好意があった訳では無い、ちょっと気になってただけ。

 そんなことを考えていればもう既にトイレについていた、行き過ぎてしまうところだった。

 トイレの中に入り、杖を置いて出て行く。

 彼女の記憶が正しければ、たしか今の精霊は叶山彩萌の存在を感知できないはずだ。

 杖は発信機の様な物だろう、魔力を吸い取る役目もあるだろうけども。

 トイレから出てしばらく歩いていると、周囲に灯りが見え始める。

 ふよふよと宙を漂うのは色取り取りの魔力だった。

 触れれば跡形も無く消え散ってしまう。

 ガタガタと音が耳に入ってくる、お目当ての物体が近くにいることが分かる。

 たしか此処は職員室だったか、中に入ればガタガタという音が大きくなる。

 多くの机が並んでいる、中には誰も居ない。

 教師が学園内に居たとしても宿直室だろうな、この学園の広さならあるはずだ。

 ガタガタ音を立てていたのは宝箱の様な見た目のおもちゃ箱、ミミックが頑丈そうな紐で蓋を開けられない様に縛り付けられていた。

 ご丁寧に蓋の上に本などを置いている、頑丈に封をされていた。

 本などの荷物を下ろして、紐へと手を掛ける。

 誰かにばれてしまう可能性がある、あまり魔法は使いたくないが……しかたがない。

 指先でなぞれば頑丈そうな紐はいとも容易く切れてしまう、切り口はとても綺麗だった。

 蓋はミミック本人の意思で開かれる、開かれたおもちゃ箱からはだらりと黒い腕が投げ出されるように飛び出した。


「精霊様! 助かりました、ありがとうございます!」

「……静かに、声を出さないで、今から私の言う事を聞いてくれる?」

「えぇ、なんでしょう」


 着けっぱなしだったカチューシャの形をした髪留めを外す、非常に綺麗な紫色をしており……光沢がある。

 魔法は使いたくない、それでもこれはしなければならないことだ。

 私が本体に戻る為には必要なことだ、きっと現実世界にある本体はいずれはあの白い子犬の所為で此方に来てしまうかもしれない。

 ある程度は彼女の体調も良くなるだろうし、全てを移せるわけではないけど記憶が移せれば十分だろう。

 カチューシャの髪留めに入りこむ魔力を追い出す、掛けられたまじないを壊す。

 私の記憶でもある魔力を注ぎ込めば、紫色だった髪留めが黒色へと姿を変えた。


「貴女はこれを守ってほしい、私が言う人以外には渡さないで欲しい」

「おぉ、なんだか私は本当の宝箱になった気分でございます」

「貴女がこれを渡して良いのは、私と……白い狼だけ。これの事を忘れていたとしてもそれは私だから、渡してほしい」

「なんだか難しい事をおっしゃるのですね、覚えていられるでしょうか……」

「今の私と感じの違う私がいるけど、その子にはこの存在自体喋っちゃダメ、これを知っていたとしても渡したらダメ」

「はい……少しだけ自信が有りませんが、やらせていただきますね」


「でもここに居たら、それは少し難しいかも知れません」とミミックは悲しそうに呟いていた。

 それもそうか、と思いながらどうするべきか考える。

 早く行動に移さないと精霊達が来てしまう。


「貴女は私を中に入れて行動できる?」

「もちろんでございます」


 腕の引っ込んだ宝箱を開けば、中は意外と広そうだった。

 中に入りこめば微かにかび臭いが狭くはない。

 ずりずりと引きずりながら歩く音が聞こえてきたが、非常に遅い。


「私の魔力は少しなら使っても良いんですよ、この体にとっては毒だから。私がきちんと部屋に戻るって目的を覚えてれば良いから」

「少しで十分でございますよ、量が多すぎますから」


 ずりずりという音から、ぺたぺたという音に変わる。

 それにしても暗い、蓋が僅かに開いているはずなのに暗い。息苦しくはないから、蓋は開いているはずだ。

 窓から出ようと提案すれば、カチリと窓の鍵を開ける音がして僅かに浮遊感を感じた。

 あまり衝撃は無く、カビ臭さが気になるが乗り心地は悪くないなと思った。


「学園からとりあえず出ようか……、その後が問題だけど」

「そうでございますね~……、海にでも沈みます?」

「それは絶対にダメ」


 ぺたぺたと歩いていく、たまに浮遊感を感じたが何の問題も無く学園から出られた様だ。

 外の様子が見えないので何とも言えない、耳を澄ませば喧噪が聞こえる。

 どうやら近くにアルコールを提供する店があるようだ、その方へは行かない様に声を掛けて置いた。

 こんな目立つ見た目の物を何処に隠すべきか、安全でありこちらの世界に来てしまった私が見つけられる場所。

 ……そんな場所、ここにあるのだろうか。


「せ……精霊様た、大変でございます……!」

「どうしたの? 私には外の様子が見えないから、説明してくれないと何も言えないよ」


 ミミックの説明を聞くよりも先に、目の前……なのかよく分からないが人の居る気配を感じる。

 どうやら見つかったようで、ミミックは後退りを始める。


「な……なにこれー、超キモい! ヤバくない? でもそのキモさが癖になるような気がしないでもないかも!」

「あぁ、こんなところで噂のおもちゃ箱に会えるなんてね、驚いたよ」


 たしかこの二人の声は、叶山彩萌は聞いたことがあるはずだ。

 私の記憶にはないから私は知らないけど、彼女は知っているはずだ。

 少し考えれば、誰だか分かる。

 声の持ち主はティネオリーネと……、雪女のヒズミ……だったかな?

 不思議な人選だなと考えながら、記憶を探る。確かティネオリーネは変わった物が好きだったはずだ。

 非常に……これは不味いのでは無いだろうか。


「二人とも、ボクはあれにすっごい興味があるんだ。捕まえてよ、報酬に色を付けてあげるから……ね」

「おっけー! 頑張ってヤっちゃうよー!」

「……誰かの所有物である可能性は無いのか」

「大丈夫でしょ、言わなきゃ分かんないよ。目撃者は黙らせればいいよ」


「強引だな」と低く酒焼けした様な声が呟く、この声は……ファナ・アルギズミだったか。

 以前ティネオリーネが叶山彩萌に犬を飼っている、と言っていたが……彼女の事だったのか。

 二人はティアーズ家に子飼いされているのだろうか……、それともティネオリーネが個人で雇っているのだろうか。

 雪女が珍しいかはわからないが、フレイムドッグは作り方が非常に残酷だし、獣人族自体が珍しいから希少そうだ。

 さて、どうするべきか……立ち回りを間違えれば叶山彩萌の自由が無くなると考えても良いだろう。

 別に彼女が酷い目にあっても私の心は痛まないが、非常に考えたくないが山吹陸斗は悲しむ訳で。

 うん……殺しちゃったって責任感じてるから、どっちかって言うと幸せになってもらいたいし。

 好きってわけじゃないけど、なんて言うか罪悪感ていうかなんて言うか。

 いや、まあ平穏に暮らしたいけど平和にはちょびっと貢献したい気持ちはない訳ではないから……本体に本気で戻りたいって思ってたり思ってなかったりだし……そうなるとやっぱりここで上手く立ち回らないといけないわけですし。

 巫になりたいかなりたくないかって言われたらなりたくないけど、やっぱりならないといけないわけで。

 ――……言い訳を並べてみても空しくなるだけだから、止めよう。


「どうしましょう……!?」


 ティネオリーネが狙ってるのは、ミミックだけ。

 彼女はアクセサリーや、魔術に興味がある訳では無さそうだった。

 交渉次第では良い隠し場所になりそうだ、ティネオリーネにアプローチを掛けれ貰えれば、こちらの世界に来た私がミミックからこの髪留めを受け取れる可能性が高くなるだろうし。

 ただ彼女が信用の置ける人物かどうかは分からない、今の私に出来ることは叶山彩萌の幸運に賭けるしかないようだ。


「――……待って、その必要は無いです」

「あぁ子鬼ちゃん、……じゃ無いね、誰かな?」


 猫の様な目を細めて見ていたと思ったら、彼女はそのままの意味で目の色を変えて目を見開いた。

 こ……怖い、なんて言うか……音喩を入れるならカッ、と言った感じだね。

 真っ黒だった黒目だが……虹彩だけを黄緑色に変えて、さらに猫の様な眼になったティネオリーネは私の中を見透かそうとしている様で気分が悪い。

 ティネオリーネの隣に居るヒズミとファナは少しだけ不思議そうな表情をしている。


「色々事情があって、たしかに今は彩萌では無いですけど……私も叶山彩萌であることは間違いないです」

「多重人格……と言う訳では無さそうだね、病気と関係あるのかな」

「あります、私は今その病気を軽くする為の行動を行おうとしていました」


「ふーん」と呟きながら、まるで品定めをするかの様にティネオリーネは私を見ていた。

 あまり気分が良いものでは無い、だがしかたのないことだろう。


「私は魔力だけの存在でしたが、とある少女が魔法を使った所為で叶山彩萌の中に取り込まれてしまい……彼女の体に悪影響を与えているのです」

「あぁ、シェミューナ・コニュデウィのことだね。今のところ辻褄は合っているとも言えるね」


 う……嘘を言わなくて良かった、この人どこまで知っているんだ。

 もう本当のことを全部言ったら良いんじゃないかな、その方が良いような気がしてきた。


「この髪留めに入れられるだけの私を封じてミミックに守ってもらおうと思いまして……私には本体がいるのです」

「へぇ……興味深いね」

「私は記憶なのです、だから本体に戻らなければいけない。ですが魔法の所為もありますが、叶山彩萌の体の不調の所為で全てを移す事が出来ません」

「本体に無事に渡らせたいから、ミミックを職員室から逃がしたんだ」


「嘘は言わなかったね」とティネオリーネは言いました。

 ……何だろうか、この人もしかして他人の思考を読んでいるのか。

 非常に……正確に本質を捉える力があるだけだと思いたい。だって……怖すぎるでしょ。


「貴女にお願いしたいことがあります」

「その前に、ボクも一つだけお願いしても良いかな」

「……私にですか? 叶山彩萌へのお願いでしたら今の私にしても意味はありませんよ」

「君で良いよ」


 ティネオリーネは小さく笑う、なんて言うか……アダルトな雰囲気の少女だ。

 服装や髪形等がそう思わせる原因なのだろうけど、それにしても艶っぽい。ちょっと羨ましい。

 私の記憶通りなら、現実世界にいるであろう本体がティネオリーネと同じくらいの年になってもそこまで色気は無いし、そもそも貧相な身体をしている訳で。というか悩ましい体付きですね、普段何を食しているのか聞いておきたいくらいなんですが。


「採血していい?」

「……採血?」

「そう……なんなら唾液でも何でも良いけど、興味があるから」


 唾液提出するくらいなら採血の方が良いわ、なんか唾液とか嫌過ぎる。

 勝手にあげるのは気が引けるけど、しかたない……よ。

 別に変な使われ方はしないだろうし……、調べられるだけだろうし。


「少しだけなら……」

「本当なら隈なく調べたいけど、ドルガー氏や魔王様とかレニ様の不興を買っても損するだけで得なんてないしね」


「立ち話もなんだし、家に来る?」とティネオリーネは言うけど、なんだか怪しく感じてしまう。

 戸惑っているとファナの手によりミミックごと持ち上げられて、運ばれていく。

 マジで大丈夫だろうか、すこし不安になってきた。

 ……叶山彩萌の夢の中でまったり過ごしていれば良かったかも、と今すごく後悔している。

 面倒事はあまり好きじゃないのにな……。





 ――あやめとアヤメの交換日記、二十九頁

主人公は一応出ているのに、主人公不在。


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