オオカミは嘘を吐く
人間の姿に戻った白雪くんは、小さく笑います。
青い色の目がなんだか怖いほどに澄んでいます……、どうしよう。
なんだかすっごく怖くなってきちゃった、大きい狼さんの方が強そうに見えたけど……こっちの方が怖い!
「――……ちょうど良いじゃないですか、元精霊で力の扱いに長けた人の方が……あの人は相応しくない。あの人は相応しくない」
「でも、彩萌はそんな……魔法は使えないですし」
「使えないことは無い筈です、制限を掛けられてるだけ……誰かが補助をすれば使えるでしょう」
「それに、夢の中で貴女はたしかに力を使った」って白雪くんは呟きます。
でもそれって……それって、現実世界に来いってことでしょ?
現実世界の彩萌はどうなるの、そもそも彩萌は現実世界に行きたくないです。
たとえ、赤い糸を切ったり出来たとしても……彩萌は現実世界に行きたくないです。
「それに貴女は、あの人の力を体の中に取り込んでしまったんですよ」
「わ……わけが分かりません」
「ここに漂う黒い魔力はあの人の魔力なんですよ、貴女はキューピッドの矢を受けた時にその魔力を取り込んでしまったんですよ。あの魔法は時として絶縁の魔法ですが時として結縁の魔法なんですよ! 元を辿れば全て黒い魔力は貴女の力なんですよ、その所為で此処に在った魔力と貴女はより強い力で結ばれてしまった」
「それは容易には引き剥がせない」って白雪くんは熱弁した後につけたした。
じゃあ、彩萌の魔力が多くなっちゃったのはその所為?
そう言えば……現実世界のキレイなお姉さんも引きはがせないとか言ってたような気がする。
「無理に引き剥がせば魂に傷が付いてしまう、ですが貴女はそのままでは此処では生きていけない。力を持っている貴女は神に許されていないんですよ、無力だからこそ此処に居る事を許されているんですよ」
「どうして……白雪くんがそんなこと知ってるの……」
「貴女の夢の中に入っていたから」
青い色の目で彩萌を見ます、そうですよね……青い色はそういう力があるんですよね……。
彩萌だって忘れてたのに、ほぼ覚えてなくてウェルサー二世さんに聞いてぼんやり理解してたくらいなのに……。
なんかすごい悲しくなってきた、涙出そう。
「それに、今のままでは貴女の体は耐えきれないでしょうね……。現実世界なら、あの神の管理下では無いのですよ」
「……あの、神社のお姉さん?」
「そうですよ、あの方なら……貴女を受け入れてくれる」
神社のお姉さんを思い浮かべると、すっごい行きたいって感じちゃうけどでも山吹君もシェリエちゃんも……みんなが居ないから嫌です。
でも死にたくない……、ちょっとだけお母さんとかお姉ちゃんにも会いたい……気がしてきた。
でもこんな脅すような人の言い分なんて信じられないです……。
「あの方なら時間をかければ治せます、そうしたらあの人に力を託して帰れば良いんですよ」
「信じられません……」
「僕は歪みを直したいだけなんです、貴女の為にも世界の為にも……貴女は此処に居ない方が良いんです」
なんだか本当にそんな気がしてきちゃう、だって白雪くんは初めから歪みを直すが目的だからね……。
ちらっと見れば白雪くんはなぜか笑顔を作ってた、胡散臭いです……。
彩萌が最初に夢で見た白雪くんは表情を変えない人だったよ、絶対何か企んでいますよ。
「悩む気持ちはわかります、ですから……今は答えを出さなくても良いです」
「えっ……そうなの?」
「はい、……杖に取り込みきれなくなる頃にまた来ますから、それまでに考えといてください」
ちょっと顔をうつむきがちにして言います、ちょっと残念そうに見えます。
なんだかよく分かんないけど、胸のあたりがざわざわします。
胸騒ぎというやつでしょうか……あんまりいい気分じゃありません。
「ですが繋がりは切ってくださいね、僕は繋がりを切る方法を知りませんし」
あっ……ちょっと忘れてたかも、白仮くんごめん。
でもどうすれば良いんだろう、繋がりを切るとか見るとか難しい。
目を凝らしてみても何も見えません、やっぱり彩萌には無理なんじゃないかな。
「焦らないで、貴女の友達のことを思い浮かべてみてください、彼は今不安な気持ちでいっぱいな筈ですよ」
「でもそれは……白雪くんの所為ですよ」
「そうです、僕の所為です。僕が彼から大事な物を奪っているんです、あまつさえ大事なそれを壊したのは僕です、その所為で彼は苦しんでいる」
本当に……白雪くんは何がしたいんだ。
そんなことをして何がしたいのさ、まるで縁を切ってほしいみたいだし……。
最初から縁を切ってもらうことが目的なの? じゃあ最初から縁を作らなきゃ良いのに。
縁を彩萌に切ってもらうことによって白雪くんに何か利益が生じるんですか?
なんか、嫌な気持ちになってきた。
「縁を切れないなら切れないでも良いんですよ、僕は縁自体を切る事は出来ませんが元を絶つ事は出来ますから」
「そ……そんなの脅しでしょ」
「脅しではありません、事実を述べているだけです。僕がここで大きな魔法でも使ったら彼は死んでしまうかもしれませんよ」
なんか、高い音が聞こえた。
魔力の音かなって思ってたらなぜか白雪くんがすっごい近くに来てた。
瞬間移動みたいに早いです……! 彩萌は逃げようとしたんだけど、転びそうになってもたもたしてた。
「ウェルシア フェルディールドルニアエルヴィ――」
「まっ……魔法はダメです!」
彩萌は白雪くんが古言語で喋ったから、魔法だって思って必死に手を伸ばしたんです!
そしたらなんか長いのに手が当たったの、なんか毛糸みたいなやつ。
たぶんそれが縁だって思ったから思いっきり引っぱったら、なんか目の前がすっごくちかちか光ったんです。
目くらましにあったようでした。
その所為でなんかふらふらしちゃって、尻餅をついてしまいました。
「一つ貴女に良い事を教えてあげますね」
白雪くんが彩萌に近づいてきます、でも彩萌はまだ目の前が眩しいのです。
彩萌の目の前で止まったと思う、本当にあれは縁だったのかな……。
「――僕達は精霊と同じく、力を使うのに言葉は必要ないですからね」
それってつまり、彩萌を慌てさせるためになんか古言語を口にしたってことですか?
卑怯です……、ずるいやつです! 本当に何なんだよ!
なんか目の前が真っ暗になった、そうすればぼんやりと暗闇の中で白いもやもやした感じでシルエットが見えた。
白雪くんが大きい狼に見えた、これがミミックさんが見ていた世界なのかもしれない。
前足を彩萌にかざしてて、なんか手のところにも白いもやもやが見えるの。
なにか魔法使ってるのかも……。
「これから貴女はどんどん精霊化が進むでしょうね、貴女は自分の意思で力を使った。これは変えようのない未来です」
「なにそれ、精霊化ってなに?」
「力を失って精霊ではなくなった貴女が、力を取り戻すという事はそう言う事ですよ」
「引き剥がすのがさらに難しくなりましたね」と楽しそうに白雪くんは言います。
白雪くんは彩萌を治す気は無かったんだね……、彩萌と現実世界の彩萌を取りかえっこしたいのかな。
どうして現実世界にいる彩萌じゃダメなの?
「なんで彩萌なの……」
「貴女は結縁に長けている、あの人は絶縁ですからね。こっちの世界にも結縁が必要だと僕は思ったんですよ」
白雪くんは白雪くんなりに世界を良くしたいんだね、じゃあ現実世界の彩萌を説得しろ。
ちょっとひねくれてそうな感じはしないでもないけど、話し合えばたぶん分かってくれるよ。
君たちに足りないのはたぶん言葉によるコミュニケーションだよ、たぶん。
優秀な人材を探すのはけっこうですけど、元ある人材を育てるのも大事なことなんだぞ。
ホウレンソウが大事なんだぞ、報告連絡相談だぞ!
ついでに彩萌はホウレンソウはおひたしが好きだぞ。
「身体が壊れる前に決断してくださいね、良いお返事期待していますね」
「ホウレンソウを知らない人は嫌いです、彩萌はそこまで馬鹿じゃないですからね」
「えぇ知っています、これでも僕は精霊様を尊敬していますから」
視界がようやく正常に戻ったけど、白雪くんはニコニコ笑って手を振って消えちゃった。
白雪くんは本当のことを言ってないと思う、まあたぶん一部が嘘だと思う!
どこら辺が嘘なんだろう……、でもこの辺に漂ってた魔力が現実世界の彩萌って言うのは何となく信じられそう。
だってそうじゃなきゃ白雪くんがここに来る必要がないもんね。
なんかよく分かんないけど、精霊化してるかどうかは精霊さんに診てもらえば分かるかも……。
じゃあ、現実世界じゃないと治せないってところが彩萌的には嘘だと思う。
そう思う、なんとなくだけど。
うん、彩萌もめっちゃ賢くなってんじゃん。
ちょっとお尻が痛いけど、彩萌はよろよろ立ち上がりました。
よく見たらお面は壊れてないで床に転がって落ちてた。
良かった、壊れてなくて。
彩萌は白仮くんのお面を持ってウキウキ気分で大聖堂から出たんです。
もう結構暗かったけど、白仮くんは保健室にいるんだろうか。
お面をよく見ると、ほっそい白い色の糸が出てるのに気づいて彩萌はまたちょっと嫌な気分になった。
精霊化とやらが進んでいるのかもしれません……。
「彩萌、大丈夫?」
「彩萌ちゃん! もう心配したんですけどー!」
「ディーテさん、彩萌は――――――っらしいんですけど本当なのかな!」
「えっ? ごめん、さっきなんて言ったのかよく分かんなかった……もう一回お願い」
「だから彩萌が――――――っらしいんです!」
……あれ? 彩萌、精霊化してるが言えてなくない?
――……あれ、これってまさか……先手を打たれてるってやつですか?
ディーテさんすごい変な顔してるし、魔法使ってるなーって思ってたけどまさかこれか!?
「さっき――――の――――って言うのが来てて、その人が――――――って言うんですよ!」
「ごめん、なんて言ってるのか分かんないや。もしかして何かされたの?」
うん、完璧に先手打たれました。
もしかしたら頭を覗けないようにも細工してるかもしれないね……。
どうしよう、マジで。ディーテさん気づいてくれないかな、それか魔法を解いてくれないかな。
「あれ……、彩萌ちゃんなんか変じゃない? よく分かんないけど、なんか違う……」
「魔法をかけられてるんだから、変に決まってる」
「保健室に行こうか」ってシェリエちゃんは手を引っぱって行きます……。
ディーテさん彩萌は本当に変なんですよ、って言おうしたのになんかこれもちゃんと言えてなかった。
どうしよう、これじゃあホウレンソウが出来ないですよ!
伝えられなかったら精霊さんが治せるのかどうかも分かんないし……、どうしよう!
この魔法が解けなかったらどうしよう……。
現実世界に行くしかないのかなぁ……?
――それは嫌すぎる! 誰か助けて!
――あやめとアヤメの交換日記、二十三頁




