世界は貴女を祝福する
せっかくだからポニーテールにしよう、って山吹君が言って縛ってくれた。
雰囲気を一新するんですね!
ちょっと彩萌の角が気になるのか、突いてるみたいでコンコン音がしてたけど全然気にしないよ。
でも頭にひびくから、爪を角に当てるのは止めて欲しいです。
出来たよって言うんで鏡を見たんです、彩萌はどうやらポニーテールも似合ってしまう女だったのです……!
今度からは髪の毛縛ったりしよう、えへへ。
そう言えばエミリちゃんとお揃いだね、えへへ。
「つのかわいい」
「……あれ、何か言いました?」
「別に何も言ってない、気のせいじゃない」
そっか、なんか言われた気がしたのに……。
まあいいや、彩萌はもう一回チェックしてからいろいろ整えます。
なんか気づいたらディーテさんが来てた、ちょっとびっくりしたけど相変わらずなんかご機嫌でした。
山吹君は学校の客員教師というやつらしく、今日は幼少クラスで授業(山吹君いわくエンターテインメント)があるから彩萌をディーテさんに任せて行ってしまいました。初登校で山吹君の授業を受けられるなんて嬉しいです。
「ねーちーちゃんもー、ちーちゃんもいくー」
「しーちゃんはお留守番です、すぐに遊びに来るからね」
頭によじのぼろうとしているしーちゃんを引きはがしたら、しーちゃんは不満そうに「えー」って言ってた。
ごめんねしーちゃん、孤児院はペット持ち込み不可なんだって。
ディーテさんに服とか入ってるおっきい鞄を持ってもらって、山吹君の家から出ます。
今日から孤児院か……、寂しくなります。
家から出る時にメイドさんが手を振ってくれた、ファントムって言うアンデッド系のモンスターらしい。
普段は温室の管理と薬品庫の警備とか掃除とかしてるから、彩萌はあんまり話したことないです。
真っ黒で不思議な感じ、邪神族っていう種族に似てるけどちょっぴり違うんだよ。
だって目が無くて真っ黒で、人影みたいでメイド服だからね。
なんかつるつるした感じだから、髪の毛があるマネキンみたいなんだよ。
手をふり返したら、ちょっと嬉しそうだった。
クレメニスは人が賑わってます、もうちょっと早い時間に出ると朝市とかやってるらしいよ。
観光客向けにいっぱい出店もあるし、賑わってるねぇ……。
お弁当とかは観光客だけじゃなくて、学生さんも買うのかも。
給食じゃなくて、お弁当持参か学食だって言ってたし。
いつもは彩萌を見てひそひそする人が多いけど、今日は隣にいるディーテさん見てひそひそする人の方が多い。なんか今日のディーテさんは怖いほどにご機嫌だからね。
実際に何かきらきらしたの出てるし、近くにいるとなんか空気が暖かいからすごいご機嫌みたい。
精霊さんは分かり辛いように見えて、すごい分かりやすいんですよ!
だってご機嫌だと近くの空気が暖かくてふわふわしてるけど、機嫌悪いと空気がちくちくしてて痛いんだよ。空気じゃなくて、魔力の所為って誰か言ってた気がする。
それにディーテさんはイケメンだからね、女の人がキャーキャー言ってる。
彩萌には凄いしまりのない顔ってやつにしか見えないけど、なんかふぃるたーってやつがかかってるに違いありません!
「……彩萌ちゃん、何でそんな変な顔してるの?」
「え、なんか……ディーテさんが怖いっていうか、なんか変ですよ」
「お兄さんは怖くないです、あと変でもありません! こんなカッコいい魔王様に向かって変とか怖いなんて言う彩萌ちゃんの感性は間違ってるよ!」
「ディーテさんが変なのはいつものことだけど、今日はいつにも増して変ですよ! どうかしちゃったんですか、頭は大丈夫なの? 病気になっちゃったの?」
「うーん、本気で心配されるとなんか……地味にへこむね」
あ、なんか大丈夫だったみたいです。いつもの胡散臭い笑顔を浮かべていました、やっぱりディーテさんは胡散臭くないとディーテさんじゃないですよ!
ちょっと落ち込んでたけど、でもディーテさんが変になってなくってよかったです。
「それで……どうしてご機嫌なの?」
「ふふっ、ひーみーつー彩萌ちゃんには言えないのですよ」
「あーるじゅーはちってやつですか? あーるじゅーごですか? でもディーテさんは長生きだから、あーるひゃくじゅーはちもありえますよね!」
「そういう意味じゃないよ、でも彩萌ちゃんにはまだ秘密なのです」
そうなんだ、秘密なんだ……ちょっぴり残念です。
ディーテさんがご機嫌になるようなことだから、きっと楽しいことに違いないです。
楽しいことを独り占めだなんてズルいですよ!
そんなんだから大人ってズルい生き物って言われるんですよ!
まあどうでも良いけど、そんなことを話してたら長い坂道もあっという間で大聖堂に着いちゃいました。あっという間だったけど、けっこう大変です。
大聖堂の前にはシェリエちゃんも居たよ、シェリエちゃんはずっとエミリちゃんとこのホテルに泊まってたんだよ。
「おはよう……、えっと……髪、切った……?」
「おはよーございますー、髪の毛は切ってないです! しばった!」
「あぁそっか、たしかにそうだね」
今日もシェリエちゃんは魔女帽子を深く被ってます、怪しさオーラが漂っててステキです! 帽子を深く被ってるから、見えづらいんじゃない?
シェリエちゃんもクレメニス魔術学園の制服で、とってもかわいいです!
本当の魔女だけど本当の魔女みたいです!
大聖堂はまだ開放の時間じゃないけど、彩萌たちのためにシスターさんが大きい扉をあけてくれました。
シスターさんもディーテさん見てたけど、女の子が向けるような熱い視線じゃなくてなんか尊敬のまなざしっぽかった。これでも一応魔王様で本と愛情の精霊なんていう、簡単に言うと知識の精霊さんだからね。
大聖堂はひんやりしてて、奥の棺桶があった所に今は黒っぽくって透きとおってる水晶が浮いてるんですよ。
その中に彩萌の昔の体が入ってるの、やっぱり大聖堂に置くことにしたらしいよ。
平和の象徴らしい、ちょっと前まで見るのが恥ずかしかったけど……今は全然気になんない。彩萌がケット・シーだった頃に額についてた黒い石がね、胸のとこについてるんだよ。
なんかカッコいい服着てるよね、胸元が開いた服だよね。
この服装はりっちゃんの趣味なのかな、ハロウィンの仮装パーティーが楽しみだなって言ってたし。お姉さんに胸元あいたドレス着て欲しいからって、彩萌の死体を使うなんて……りっちゃん天才です。
あと水晶の回りに黒いふよふよしたのが浮いてるの、黒いふよふよは魔力らしい。
なんでここの魔力だけ彩萌にも見えるんだろうね、ふしぎだね。
「やっほー、彩萌ちゃんとシェリエ・クアノーズ・ヴァニマちゃんおはよー」
「アムシェシェレンシィア……、おはようございます」
「その呼ばれ方あんまり好きじゃないよねー、濃密に愛を籠めてレニ様って呼んでくれた方が嬉しいよーう」
「シェリエちゃんはアムシェクアーノを崇拝してないんですよ、つまり異教徒ですよ! だから愛をこめる必要無いんですよ!」
「それってどうなのよー」ってレニ様がどうでも良さそうな感じで笑ってたけど、宗教国家の首相みたいな人がそれで良いの?
まあすべてが平等であるべきって考える宗教だから良いのかな。
平和的だね、平和ってステキだね。
「まあレニ様は忙しいので用事をちゃちゃっと済ませちゃうねー、二人ともこの契約書に実名でサインしてねー……言っとくけど彩萌ちゃんは真名もだよ、シェリエちゃんも他に洗礼名とかがあるならそれも書いてね」
シェリエちゃんは他には名前が無かったみたいで、普通に書いてた。
羽ペンって使い辛い、この世界にもボールペンみたいなのあるんだからそれで書けばいいのにって思う。
「えーっと……ディーテさん、彩萌の真名ってなんですか……?」
「フェーニシア・ウェルシィ=エニオールだよ」
そうなのか、そんなんだったのか。初耳。
というかディーテさんは彩萌の真名を知ってたんだね、物知りだね。
伊達に保護者面してませんってやつですかね、すごいです!
がったがたで酷い文字だけど、頑張って幻想文字で書けました!
彩萌ってばすごいじゃーん。
その契約書をレニ様に渡すと、レニ様はそれを確認するためにじーっと見てるの。
ちょっと……いやかなり恥ずかしいね。
「うん……契約完了だよー、――えーっと、これで学園内や寮内に掛けられた魔法が二人を祝福してくれるでしょう……入学おめでとう!」
レニ様がそう言うとその契約書はボッて燃えちゃったの!
彩萌が頑張って幻想文字で名前書いたのに……えー、頑張って書いたのに……。
ちくしょー、燃やすんなら日本語で書けばよかった! 先に言ってくれればいいのにぃ、そうしたらもっとキレイに書けたのに!
あ、でも日本語で書かれたらレニ様が読むの大変か……じゃあ結局幻想文字じゃないと駄目かー……。うー……がんばったのに。
「本当は入学式前にやる儀式なんだけどね、まず先に孤児院とかを寮母さんが案内してくれるからー」
「じゃあねー」ってレニ様は手を振って早歩きでどっか行っちゃった。
あれなに? ってディーテさんに聞いたら、クレメニス自体にも魔法が掛けられてるけど、学園にはさらに強い魔法が掛けられてるから魔力に敏感な子とか学生の親族が入ったりした時に害をおよぼさないようにとかいろいろ教えてくれた。
でも、ちょっといろいろ難しかったからちょっと忘れちゃった。
まあでも、なんとなく分かったから……良いよね!
「クレメニスに掛けられてる魔法を制御したり管理したりしてるんだよ、魔力が馬鹿みたいに無いとダメだし……耐性も無いとダメだからアムシェシェレンシィアは人間には務まらないんだよ、まあ悪魔でアムシェシェレンシィアになったのはアイツが初めてだけど」
「そうなんだ、……前まではどんな魔族さんがなってたの?」
「だいたい天使かエルフだよ、たまにドラゴン」
天使かドラゴンかー、エルフは名前を聞くのも初だね。
ふぁんたじーと言ったらエルフなのに、この世界に来て初めて彩萌は種族名を聞いたよ。というかエルフって居たんだね、魔人がエルフだと思ってたのに……耳長いし尖がってるし不老長寿だしすごい身体能力だし魔力すごいし美形だし。
シェリエちゃんにエルフって知ってるか聞いたら、よく知らないらしい。
ただ聞いた話によると低身長ですっごい可愛い見た目の捻くれた妖精に近いしい頭の良い種族……らしい、って言ってた。
耳は魔人みたいに尖がってると言うより、丸くて長い耳らしい。
つまり……テスさんみたいな感じの耳なのか。
無邪気じゃなくなった妖精だって考えれば良いよー、ってディーテさんは言ってた。
悪意しかない悪戯好きとか……むーちゃんじゃないですか!
しかもエルフは不老不死らしい! 魔人と違って死なないんだって!
「というか、確か幼少クラスで森羅万象の力を教えてるのがエルフだったと思うよ」
「マジで!? エルフいるの!? 彩萌エルフ見てみたい!」
捻くれてるとかいうのが気になるけど、でもすっごい可愛いんでしょ?
どきどきします、早く寮母さんきて孤児院の説明終ったら……学校の説明ですよね!
早く学校行ってみたいなぁ、そういえばオリーネ先生の代わりは誰になったんだろう?
「シェリエちゃん楽しみだね!」
「……彩萌は無邪気だね」
彩萌がそう聞けば、シェリエちゃんはため息吐いてた。
あんまり学校に良いイメージが無いのかな……、でも大丈夫です! 彩萌が一緒ですからね! なんかよく分かんないけど、たぶん大丈夫です!
シェリエちゃんも一緒だし、学校にはクラス違うけどエミリちゃんとか居るし……楽しみ!
「いっぱいお友達出来ると良いですねー」
「……あんまり頑張り過ぎないでね、なんかその言葉聞くとすごい不安になるから」
大丈夫ですよ! 彩萌は世渡り上手なんですよ。
いっぱい友達作って、楽しい学園生活を送って見せますからね!
にこにこ笑ってそう言えば、ディーテさんはなんかゆううつそうな顔してた。
ディーテさんは今日はご機嫌になったりゆううつになったり忙しいね。
そんな話をしていれば、寮母さんはすぐにやってきたのでした。
――あやめとアヤメの交換日記、二頁