学校の七不思議
今日の彩萌は一味違うのです! 昨日の彩萌とは違って、一皮むけたのですよ。
保健室に行く前に先にご飯を食べてきたのですよ、偉いでしょ。賢いでしょ。
もっと早くそれをしてればよかったなぁ……なんて思ってませんよ。
もう来週に降誕祭があるからか、みんなちょっとだけ浮き足立っている気がする。
彩萌はいつものように、まったく使われていない階段を使うの。
耳をすませば……今日も歌声が聞こえた。
これは幻聴なのかな、本当に誰か歌ってるのかな。
あの壁に耳をつければ歌声が少しはハッキリ聞こえる……、彩萌の頭がおかしくなっちゃったのかなぁ。
壁のどこかにボタンが無いか触って探してたら、かつんこつんって歩く音が聞こえる。
ハイヒールのような音をひびかせるのは一人しか居ないから、誰が近くにいるか分かるね。
かつんって、階段を上ってきた人は足を止めるの。
「やあ……君は何をしているの?」
「……えーっと、こんにちはティネオリーネさん……変な音が聞こえる気がして」
「音? 音か……音ね、君のお友達であるドラゴンを呼べばいいじゃない、彼等は音に敏感だよ。魔力だって音で感じ取るんだ」
「……えっと、どうしてティネオリーネさんがしーちゃんのこと、知ってるの……?」
「さあね……、ボクはこう見えても顔も広いし、耳も良いんだよ。可愛いらしい犬も飼ってるよ」
振り返れば今日のティネさんはちょっぴり控えめな感じ、でも相変わらずアクセサリーじゃらじゃらです。
腕を組んで彩萌を見下ろしてたの、今日も猫みたいな目で彩萌を見てます。
暗いところにいるからなのか、黒目が大きい。
「みんながここを通らない理由、知ってる?」
「……知らないです」
「ウワサがあるんだよ、ここを通ると気分が悪くなる生徒がいるんだ。きっと君のクラスでもいると思う、そしてね……そういう子が揃って言うんだよ、変な音が聞こえるってね、学校の七不思議の一つで正体不明の音が聞こえる階段ってね」
「彩萌は気分悪くないですよ……、怖がらせないでください」
ふふって、ちょっぴり嫌そうな彩萌を見てティネオリーネさんは笑うんです。
怖がらせて楽しんでるのかな……、でも彩萌は怖がってないですけどね!
「ボクはね、それの正体がスピリット系の魔物だと思ってるんだ。ここは魔力が溜まってる……魔力に敏感な子ならここを通れば気分が悪くなるだろうね」
「じゃあ、本当は怖くない話なんですね?」
「どうだろう? その魔物が怖くない魔物かどうかはボクにはわからない、ただボクが言えることは……もし魔物が居るならぜひ飼ってみたいところだよね」
「もしかしたら君にとって魔物は怖いものじゃないかもしれないけど」ってティネ……長いからティネさんでいいや、呟いてた。
ティネさんは彩萌の近くによってきて、しゃがみこむと壁をぺたぺた触り出したの。
彩萌は耳をすませてみました、彩萌たちが会話とかしてたからか歌が聞こえなくなってた。
「ねぇ……、ウェルクアニア……君はウェルサーに一番近しい生き物なんでしょ、縁を繋げてよ」
「彩萌はウェルサーじゃないから……そんなことできませんよ、だいたい何の縁を繋げたいんですか?」
「お姉様だよ、フィルオリーネお姉様……どこ行っちゃったんだろう」
ティネさんは寂しそう、……記憶喪失なジェリさんじゃダメかな。
紹介してあげたいけど、むずかしいよね。だってジェリさんの記憶喪失は治すのむずかしいから……。
治そうと思えば治せるかもしれないけど、どうなんだろう?
ちゃらちゃらしてるアクセサリー……めっちゃ見覚えあると思ったらイズマさんが作ったやつだ。
「そのアクセサリー、イズ――……トゥーアレイニィアで買ったんですか」
「さあね、お父様が買ってきてくれるからボクはどこのかは知らないよ」
じゃあそのアクセサリー……、おまじないがかけられてるやつなのかな。
でもそんなにいっぱいおまじないがかけられてるアクセサリー買ってくるなんて、すっごい心配性なお父さんなんだね。
お姉さんが行方不明になっちゃったから……かな。
彩萌の所為ではないけど、彩萌も少しだけ責任を感じてしまいますね。
「さあ、君は保健室に行かなくちゃ……ボクは他にも用があるからね」
ティネさんはそう言って立ち上がると、かつんこつんって音をさせて階段を上って行った。
もう一度耳をすませると、今度は歌じゃないきれいな音が聞こえた。
なんだか不思議な気分になる音です……、高い音でよくひびいてて……オルガンかなぁ。
階段を上って行くティネさんの影はちょっとだけなんか形が違う、ティネさんはもしかしたら魔族さんなのかもしれない。
お姉さんとは血が繋がってないって言ってたし、可能性はあるよね。
彩萌が階段を下りようとした時、何か聞こえた気がして振り向いたんだけど何もない。
なんだか引き止められるようなそんな音だった気がしたのになぁ、最近彩萌やっぱり変かも……。
保健室について、ノックをしてから扉を開けたら保健室の先生は居なかったです。
そのかわりに山吹君がなぜか居た、なんだか久しぶりに見た気がしますよ!
「……保健室の先生はどこ行っちゃったんですか?」
「用事があるらしいから、僕が代理だよ……不満でもある?」
「無いとは言えないけど……無いですよ! 久しぶりに山吹君に会えて嬉しいです」
すっごい嬉しいような気がするけど、彩萌は今すごく頭の心配でいっぱいなのであんまり嬉しいと感じられません。
少しだけ暗い雰囲気で椅子に座ります、そんな彩萌を見て山吹君は不思議そうです。
もし本当に頭が変になってたらどうしよう……、でも頭を打った記憶がないです。
「……彩萌は最近変な音に悩まされているのです、頭がおかしくなってしまったのかもしれません……」
「……変な音? それってどんな音がする?」
「楽器の音とか、歌声とか……いろんな音が聞こえるんです。でも彩萌は別に変だなーって思ってなかったけど、他の人が変だっていうから……心配になっちゃったんです」
「まあ、たしかにそれは変だね……意外と重症っぽい?」
「常時聞こえます、でも全然彩萌は気にならないですけど……」
山吹君はうーんって考えてたけど、なんかポケットからごそごそ取り出したの。
朱色の石です……たぶん魔石だと思います。
山吹君はそれを彩萌に差し出したの。
「耳当ててみて、何か聞こえる?」
そう言うから、彩萌は魔石に耳を当ててみました。
なんだか……貝殻に耳を当てたみたいに音が聞こえますよ! なんだかクラシックな感じの音がします。
最近気づいたけど、朱色と赤色はギターとかバイオリンとかそういうのに近しい音がする気がする。
全く同じって感じではないけど、でも似てるような気がする。
「聞こえます、なんかクラシックな音がしますよ!」
「そっか……スピリット系の魔物やドラゴン種だと魔力を感知する方法が五感らしいから、彩萌ちゃんはもしかしたら魔物に近付いてるのかもね」
「違う可能性も否定できないけど」と山吹君は小さく呟いて考えてました。
そうなんだ、頭を打ったとか頭がおかしくなっちゃった可能性以外もちゃんとあるんだね。
良かった……、彩萌おかしくなってないかもしれない可能性があるんだね!
彩萌の魔物化が進んでるだけで、彩萌はおかしくなってない……かも!
あっ……でも、彩萌が魔物だと山吹君はイヤかな?
「山吹君……彩萌は魔物だけど、山吹君の赤ちゃん産めるかな?」
「は、……はっ!? はぁ!? 突然何言ってんの……!? む、無知って怖いなぁ……純粋って怖いわ!」
彩萌の質問にすっごい山吹君は慌てちゃって、魔石落としてた。
なんで慌てるのかな、結婚したら赤ちゃん大事だよ。でも彩萌と結婚するか分かんないから、はっきり言えないのかな。
彩萌の赤ちゃんはあれなのかな、やっぱり角とか生えてるのかな……?
痣とかいっぱいあったらかわいそう、でも角はおそろいだと嬉しいな!
「じゃ……邪鬼が当てはまるか分からないけど、鬼人のハーフは存在してるから……可能なんじゃ……ないですかね」
「そっかー、彩萌は女の子の赤ちゃんが良いです。角が生えてるなら男の子でも強そうだから良いと思う!」
「そうですか……そ、それはよかったね……」
なんか返答が投げやりになってるから、この話はあんまり良くないのかな。
あ……でも結婚は人生の墓場って言うから……、山吹君は結婚したくないのかな!?
人生の墓場なんてイヤだよね……、なんか怖い感じするもん。
オバケ出そうだもん、彩萌はオバケ嫌いじゃないけど怖いのは嫌いですよ……。
「山吹君はオバケ嫌いなの? 彩萌はオバケちょっとなら大丈夫だよ!」
「えっ、……なんでオバケの話に突然変わったの? ぜんぜん関わりが僕には見えないんだけど」
「えーだって、結婚は人生の墓場なんですよ! 墓場にはオバケが居るんです!」
「そう言うことね……、彩萌ちゃんの中ではまだ結婚=出産でかなり安心したよ……」
彩萌は大人だからね! もうコウノトリ伝説は信じてないですよ!
キャベツ畑から赤ちゃんなんてありえないです、キャベツ畑からは妖精さんが生まれるんですよ!
だってシースさんはキャベツ畑で生まれたって言ってましたもん。
だからコウノトリが運んでいたのは妖精さんだったんですよ!
ふふん、その事実に気付いた彩萌は天才だな。
なんかそんなこと考えてたらロールキャベツ食べたくなってきた。
「山吹君……彩萌ロールキャベツ食べたい、休日遊びに行くからロールキャベツ作ってー」
「……面倒臭いから、イヤ」
「ケチー、じゃあロールキャベツの作り方教えてー」
「彩萌ちゃん作んないでしょ……」
「結婚したら作る!」
はいはいって山吹君は流します、ダメかなーダメなのかー。
くそー、もう少しで遊びに行く約束を取り付けられたのにぃ。
あんまり通うなって言われてるから、普通に遊びに行っていいかって聞いてもダメなんだろー。
あ……そうだ。
「山吹君は木製のシーシープドラゴン用意したんですか!」
「あぁ……そう言えばそんな時期なんだね、用意してないけど」
「じゃあ買いに行こう! 彩萌のシーシープドラゴンと交換しよ!」
後で買っておくよってこれも流されちゃった、ぶーぶー。
押してダメなら引いてみろだよね……、毎週毎週お休みに遊びに行ったらイヤかぁ……。
一人の時間ってやつが大切なんですね、彩萌は毎日一緒でも良いけど。
じゃあー明日はどうしようかなー、シェリエちゃんと一緒にお勉強しようかな。
「むー……じゃあ彩萌は帰ります、明日の休日はシェリエちゃんとデートするから良いもん。山吹君はお家に引きこもって薬でも作ってればいいのさ……」
「拗ねたの? ちゃんと用意しておくから、期待してなよ」
「用意してなかったら王子のと交換しちゃうからね!」
「……せめてエミリ・リデルとか、シェリエ・クアノーズ・ヴァニマとか精霊にしなさい」
それは山吹君しだいだよ、まあでも彩萌は絶対に山吹君以外とは交換しないよ。
来年の可能性を信じて大事に取っておくもん。
だから山吹君用意してね……、彩萌は信じてるぞ。
例えそのシーシープドラゴンが友達と交換するシーシープドラゴンでも彩萌は構いませんよ。
「山吹君……彩萌は押してダメなら引いてみろ作戦をしようと思ってました」
「あっそう……、あんまり引いてなかったと思うよ」
「うん、彩萌は引くのが苦手だなって思った、それくらいね……彩萌は山吹君のこと大好きなの!」
じゃあねって、手を振ってから彩萌は保健室を後にしました。
やっぱり気持ちはストレートに伝える方が彩萌には向いているのです、変化球とかわけわかんない。
急がないとチャイムが鳴っちゃうね、五時間目はカルヴィン先生の授業だよ。
でも山吹君も木製のシーシープドラゴン人形用意してくれるんだね、うふふ。
期待しとこー、あとできれば降誕祭の日は彩萌の誕生日だってことも覚えててほしいな!
山吹君の誕生日を彩萌は覚えてますよ!
十一月十一日だよね!
――あやめとアヤメの交換日記、十六頁




