好調な不調が支配した
はっと目を覚ませば、時計の針が結構進んでいました。
でも誰も居ないです、彩萌はベッドからおりてみました。
足の震えもないし、力が入っていない感じもしません。
むしろ絶好調です! 今はとっても気分が良いくらいです。
ちょっと待っても誰も来ないから、トイレ行こうかな。
保健室から出たら誰も居ません、もうみんな下校しちゃったんだね。
トイレに行こうとすればなんだか変な音が聞こえる、ぽーんってなんかピアノの音みたいなのがしてる気がする。
その後に続いて、ピアノとはちょっと違うけど高音で悲しそうな音がしてる。
なにこれ? 彩萌の耳はおかしくなってしまったのか、それとも誰かが何か演奏してるのかな?
トイレに行きながらその音を聞いていたんです。
トイレから出たら、なんかその音がだーん! ってなんか鍵盤を叩いたみたいなそんな大きな音がして止まった。
なんなんだろう、どうしたんだろう。
まだ小さくピアノみたいな音が聞こえてる。
その音をたよりに行ってみれば、なぜか職員室だった。
近寄れば話し合ってる声が聞こえるの、中を覗けばシェミューナちゃんが見えた。
シェミューナちゃんに似てる男の人と女の人も居るから両親かも、……もしかして怒られてる?
シェミューナちゃんはうつむいてた。
「監督する大人が居ない場面での他人に魔法をかける行為は校則上でも禁止されていた筈です、貴女は大変な事をしてしまった」
「コニュデウィさん……、叶山さんは魔力に関係した病気だったのですよ。知らなかったとは言え、彼女が死んでしまう可能性もあったんですよ……」
申し訳ありませんってシェミューナちゃんの両親がすごい謝ってた。
どうしよう……、でも彩萌も悪いところがあったんだよ。ほら……彩萌はこうやって元気ぴんぴんなわけだし、まあこれは結果論だけど。
なんか言いたいけど、彩萌はへたれチキンというやつなので行くのが怖いです。
「今まで危険がなかったからと言って、これからも危険が無いとは言えません」
ジェジア先生怖い、超怖いよ。絶対零度な雰囲気です!
グアリエ先生はすごい悲しそうな顔してるし、シェミューナちゃんむしろの針ってやつだよ!
……むしろの針? 針のむしろ? まあよく分かんないけど、ピンチだよ。
退学させられちゃうのかな……! せめて停学処分くらいにしてあげて!
「残念ですけど、他の生徒に危険を与える様な生徒は……困りますね」
「――……なんて事をしたんだ! お前は!」
朱色の髪の男の人がシェミューナちゃんに怒鳴りつけます、白っぽい髪の女の人は泣いてました。
気づいたら彩萌の隣にちっこくってぶかぶかな服を着てる人が……、イクシィール先生でした。
彩萌と目が会ったイクシィール先生はにっこり笑ってくれた。
「編入生さんも言いたいことあるんじゃないの? 自分の意見はバンバン主張した方が良いでーすよ?」
「で……でも、シェミューナちゃんが魔法を使っちゃったのは本当のことだし……」
「大丈夫大丈夫! 子供だもん、間違える時もあるよ! なあなあにするのはダメだけど、厳し過ぎるのはダメだと思うなーだって私だったら厳しくされすぎたらグレちゃうもん、ヤんなっちゃうよねー。結果論だけど、まだ叶山さんしか実害を被って無い訳だし……つまり被害者は叶山さんだけだよね!」
「被害者の意見も取り入れるべきー」ってイクシィール先生は言います。
ごーごーって言いながらイクシィール先生に背中を押されます、うぎゅ……まだ心の準備が出来てないよー。
「お話し中失礼しまーす! みなさん冷静になってくださーい」
「イクシィール、貴方は空気を読んで……――どうして叶山さんが居るのです?」
「か、叶山さん! もう体調は良いのですか!? 保健室で休んでいないとダメですよ!」
グアリエ先生が心配したようで彩萌に飛ぶように近づいたんです、すごい早かった。
近くに来たグアリエ先生はペタペタ彩萌の顔とか額とか首に触って、体温確かめたり呼吸確かめたりしてた。
早業だ……だが今の彩萌は物凄く絶好調なのである。
「叶山さんが言いたい事があったみたいで、職員室の前に居たんですよ」
イクシィール先生がそう言えば、シェミューナちゃんの両親がすっごい土下座する勢いで彩萌に謝ってきたの。
彩萌はかなりとまどった、こういう時はどうすれば良いのか分からないのです。
彩萌が困っていればジェジア先生がシェミューナちゃんの両親に近づくの。
「アーキュリアさん、クアトゥアさん……顔をあげなさい、叶山さんが困っていますよ」
「ですが、ジェジア先生……シェミューナはこの子に酷いことをしてしまったんですよ! 謝らないと……!」
「その所為で叶山さんが困っていますよ、貴方達は彼女を困らせてまで謝りたいのですか? 何の為に貴方は謝っているのですか? 彼女に許してほしいから謝っているのですか? 謝罪とは、そういうものですか? 許してほしいから、謝るのですか?」
ジェジア先生に諭されて、シェミューナちゃんの両親は申し訳ないって言って謝るのを止めてくれた。
すごいドキドキした、シェミューナちゃんも両親のそんな姿見てちょっとだけ嫌そうだったもんね。
「さすがジェジア先生は違うね、百年くらい教師してるだけはあるね」ってイクシィール先生が彩萌に呟いたの、……緊張をほぐそうとしてくれてるのかな?
百年くらい教師してたら、シェミューナちゃんの両親もジェジア先生の教え子になるのかな?
「えっと……、なんて言ったら良いのか分からないけど……シェミューナちゃんだけの所為じゃないです! 今回の件は彩萌も悪いんです!」
「どうして叶山さんはコニュデウィさんを庇うのかな? その理由を聞いても良いかな?」
雰囲気は怖いけど、ジェジア先生の口調は柔らかいです。
庇う理由かぁ、酷いことを言っちゃったっていうのもあるし……できれば同い年だし出来るかぎり仲良くしたいから。
クーリーちゃんも悲しむと思うし……、上の三のみんなも悲しい思いするかもしれないから……?
「彩萌はシェミューナちゃんに酷いことを言っちゃったから、怒らせちゃったからちょっと自業自得なところもあるし……それに、できれば仲良くしたいからです……」
「――……どうしてそう言うこと言うの、だって私アナタを殺しかけたんだよ。なんで仲良くしたいとか言うの、優等生ぶってるんじゃないの!?」
「シェミューナやめなさい!」
怒鳴られて彩萌はびくっとしちゃった、でもシェミューナちゃんがそう言う気持ちもわかる。
危害を加えたのに仲良くしたいとかいったら怪しいよね、彩萌も怪しいと思うもん。
でもシェミューナちゃんは最初彩萌を変な目で見なかったもん、呪いの所為で体中痣だらけで角が生えてる彩萌を差別しなかったし……。
差別しなくても、ちょっと距離を置いてるっていうか……腫物を触る感じの人も居るけどシェミューナちゃんは図々しかったもん。
彩萌……ほんの少しだけ嬉しかったんですよ。
「……彩萌の見た目がすっごく変なのに、ぜんぜん気にしないで話しかけてくれたのに、彩萌は知らず知らずの内にシェミューナちゃんを傷つけることを言ってしまいました……だから彩萌の責任もあります」
「それが……叶山さんの本意ですか?」
「うん……、だってシェミューナちゃんカワイイし、キレイだし……話しかけてもらって嬉しかったから問題が解決したら彩萌は仲良くなりたいなぁって思ってました」
「ちょっぴり、嫌になったりもしたけど」と彩萌が言えば、シェミューナちゃんはすっごく変な顔をしてた。
理解できないものを見るような目です……、ちょっとだけ傷つきますよ。
でもこれが彩萌の本心ですよ、本当の気持ちです。
「それに今は彩萌すっごく元気だし、死んでないです。だから彩萌は怒ってないし、憎んでいません」
「だって私はあの時謝らなかったよ、私だって酷いことしたんだよ。……それなのに、怒ってないとか憎んでないとかおかしいよ」
「彩萌はおかしいんです、傷つけられたり殺されかけたりしても本気で怒れないんです。昔からそうなんです、憎しみあったり怨みあったりするのはすっごく悲しいです……そういうの嫌いなんです。出来ればみんなと仲良くしたいんです、お友達になりたいんです」
「そんなこと言ってたら、いつか変な人に殺されちゃうよ」
そうだね……、いつか変な人に殺されちゃうかも……。
怪しい人について行ったりとか、そういうのは気をつけてるけど変な人が見た目も雰囲気も変ってかぎらないからね……。
リンズのお兄さんは変な人だったけど、パッと見た感じ変じゃなかったし。
「彩萌の夢は友達千人だから……シェミューナちゃんもお友達になってほしいです」
「……本気で言ってるの? 千人とか多すぎて覚えられないじゃん」
「夢は大きくないといけないんですよ! 実際の夢よりも一回りとか二回りとか大きい方が良いのです! どーんっと行かないとダメなんですよ!」
「変なの」って呟いてシェミューナちゃんはうつむいて黙りこんじゃった。
大人たちは黙って彩萌たちを見ています、あ……なんか見られてることに気づくとなんか恥ずかしくなってきた。
どうしよう、そう言えば彩萌寝っぱなしだから髪の毛ヤバいんじゃない!?
あわわ……気にしてなかった、乙女としてあるまじき行為ですよ!
「――……なんか、……その……ごめんなさい」
「彩萌は気にしてないよ、……あと、ごめんなさい」
髪の毛を気にしている場合ではないね……、そう言えばトイレで見たとき大丈夫だったような気がする。
なんだかちょっぴりホッとしたような雰囲気です、ジェジア先生はため息吐いてたけど。
「ですが責任は負わねばなりません――……そうですね、こちらの指導不足という事もありますし、暫くはコニュデウィさんは指導室に登校という事でどうでしょうか、……被害者の希望ですし」
シェミューナちゃんの両親はジェジア先生に本当に申し訳ありませんって謝ってた。
ジェジア先生はちょっとだけ不満そうな感じ、……やっぱりちゃんとした処罰を与えないとなんか大変なの?
指導室に登校ってことは、その分人員が割かれちゃうから結構大変?
彩萌ちょっとだけ先生に悪いことしちゃったかなぁ……。
やっぱりシェミューナちゃんを特別扱いしちゃったってことになっちゃう?
学校側としてはそれは良くないのかなぁ。
うーんって悩んでたら、イクシィール先生がぱしぱしと頭を叩くように撫でてきた。
「子供は難しいことを考えなくて良いのだよ! そういうのはージェジア先生とグアリエ先生のお仕事だもんねー、平和的解決だねー」
「そういえば、イクシィール先生はだいぶお暇そうですよね? 私と同じく魔法についてもかなりの知識を持ってらっしゃる、私はコニュデウィさんに魔法についての指導をさせていただきますから……少しばかり授業の方はお手伝いしていただきたいですねえ?」
「ダメだよ! 私はたしかに一週間のうちに教鞭を握るのはリーディア先生並みに少ないけど、これ以上働いたら死んじゃうんだよ!」
「もうだいぶ貴方も長生きしていますし、死んでも良いんじゃないですかね」
「やめてジェジア先生、そんな酷いこと言わないで! 私は悲しいと死んじゃうんだ!」
うえーんと泣きながらイクシィール先生は職員室から逃走した。
顔を手でおおってたよ、でも本当は泣いてないと思う。
なんでイクシィール先生って教師してるんだろう? よくお仕事できるね。
「では叶山さん……貴女はまだ検査も済んでいないでしょう? 保健室に戻りましょうね、コニュデウィさんについては先生たちに任せてくださいね」
グアリエ先生が優しく笑って、彩萌の背を優しく押して歩くことを促します。
シェミューナちゃんにまた明日ねって言って手をふったら、手をふり返してくれたよ。
学校について管理してるのって、もしかしてジェジア先生なのかなぁ。
それともグアリエ先生なのかなぁ、ジェジア先生って副校長っぽい感じする。
こういうのって一番偉い人が判断するような気がするもん、校長はレニ様だけど……レニ様が忙しいから各自判断してくださいって感じなのかなぁ。
「グアリエ先生……リーディア先生はどうしたの? 帰っちゃったの?」
「さあ……? ジェジア先生と何かお話ししているのは見ましたけど、その後は分かりません……」
そう言えばグアリエ先生は教会側の人なんだよね……、グアリエ先生も実は位とか高そう。
まあ、どうでも良いけど……。
いろいろ気になってて気にしてなかったけど、よく耳をすませばまだ音が聞こえる。
最初に聞いたのは単調なピアノの音だったけど、今は嬉しそうに跳ねるような音になってた。
もっとよく耳をすませばいろんな楽器の音がするみたい……。
彩萌はどうしちゃったんだろうか。
「グアリエ先生……グアリエ先生にはピアノの音聞こえる?」
「えっ、ピアノ……ですか? いえ、ピアノの音は聞こえませんよ?」
そっか、じゃあ気の所為なのかな……?
でもなんだか……にぎやかで楽しい気分になるね、悪くないような気がする。
なんだかワクワクドキドキしてきた、どうしてこんなに楽しい気分なんだろう。
保健室に戻れば、保健室の先生が居た。
ちょっと困ったような顔をしてた。
「探しに行こうと思っていたところでしたよ」
「ごめんなさい……」
「それで、身体の調子はどうですか?」
「すごい良いんです! 絶好調なんです!」
彩萌がそういうと、ちょっぴり先生は変な顔をしてる。
それから彩萌はなんかよく分からない機械でいろいろ調べられたりしたんですよ。
なんか魔力について調べる機械らしいです、その他にも体温だったり呼吸とか脈拍とか色々です。
血液も一応取られたよ、彩萌は注射結構大丈夫な方だよ。
「一応異常はありませんね、血液検査の結果を待たないとどうも言えませんが……ただ、魔力の量がレニ様から聞き及んでいた量より多いです、だいぶ多い……」
「魔力多いとなんか大変ですか?」
「そうですね、増えすぎた魔力が原因での魔力異常もありますからね……ですが、結果を見る限りそうでは無いようです」
うーんって保健室の先生は悩んでた、本当に何なんだろうね。
でも彩萌は今はとっても元気です、気分も良いんですよ。
あと山吹君に貰ったお薬は飲まない方が良いって言われた。
様子を見た方が良いってことになった、彩萌はお昼休みに保健室に必ず来るように言われました。
終わって椅子から立ち上がって振り向いたらグアリエ先生は居なくって、かわりになぜか山吹君が居たんですよ!
えぇ!? なんで!? って思ってたら、どうやら山吹君が孤児院に送ってくれるらしい。
もうお外暗いもんね、というか彩萌お風呂入りそこねちゃうよ。
保健室から出て、荷物を取りに教室に向かいます……ちょっと怖いです。
「……りーでぃあせんせー、もっと学校って明るくならないんですか……」
「あぁ、うん。明るくならないよ……、怖いの?」
「こ、怖くないですよ! だって彩萌は夜の子なんですよ! 暗闇は怖くないですよ、でも暗い学校はちょっと雰囲気が違いますね……」
「怖いんじゃん……、――……ほら」
山吹君は手を差し出します、これは手を掴んで良いんですかね。
だって学校だよ、夜だけど先生たちは普通に居るんだよ。
ちょっと迷ってたら手を引っ込めようとしたので遠慮なく握らせていただきました。
えへへ、手をつないで歩いてるよ。
なんだか怖い雰囲気に見えてた学校が、ちょっとステキな雰囲気に思えてきたぞ。
「――……ジェジア先生に全部バレた」
ちょっと恥ずかしそうに山吹君は呟いてた、……えっバレちゃったの?
大丈夫なの? 山吹君大丈夫なの?
心配そうに見てたら、山吹君は苦笑いしたんですよ。
「僕が現実世界出身なのも本当は彩萌ちゃんと同い年だったのも、全部だから大丈夫……かな。贔屓はしないようにって言われたけど」
「というか現実世界出身なのも隠してたの?」
「まあ、ね……色々とあるから」
なんだか今の山吹君……大人っぽくってステキ!
いつもはどっちかと言えばカワイイにかたよりがちだけど、今は本当に大人っぽくってカッコいいよ!
彩萌……ドキドキしちゃう! やっぱり山吹君はイケメンだなぁ!
「……手、叩いてごめんね」
「謝ってくれたから、もうそのことは忘れました!」
「忘れたと来たか、彩萌ちゃんはたまに予想外の返答をするよね」
くすくすと山吹君は笑います、うふふ……彩萌今すごく幸せですよ。
今日の山吹君が素直なのは手を叩いちゃったことを気にしてるのかな。
「ねえ、山吹君……しーちゃん元気?」
「元気だよ、ちょっと元気良すぎて困るくらい。あと時々彩萌ちゃんに会いたいって騒いでるよ」
「じゃあ彩萌はしーちゃんに会いに行くって言う建前で山吹君の家に遊びに行って良いですか」
「あんまり通って欲しくはないけど、たまになら良いよ」
山吹君とそんなお話とかをしながら教室に行って、荷物を持って孤児院に向かいました。
いろいろ話したと思うけど、孤児院までの道のりが短いです。
もっと遠くに孤児院があったら、もっと山吹君とお話しできたのになぁ。
じゃあね、山吹君。絶対に休日遊びに行くからね。
ちょっぴりさびしい気持ちをおさえつつ、彩萌は孤児院に入って行きました。
そして彩萌はシェリエちゃんとクーリーちゃんとミギーくんにすっごい心配されたんだよ。
そんでもって急いでご飯食べて、お風呂入りました。
今日も色々あったなぁ……。
――あやめとアヤメの交換日記、十四頁