キューピッドの反逆
ふゆふゆした感覚にのほほーんとしてれば頭をなでなでされてる感じです。
うむ……悪くないぞよ、でももうちょっと右の方もお願いします。
角の付け根の辺り、……うん。そこだよそこ。
誰か分からないけどありがとうございます……彩萌はもう一眠りします。
クスクス笑われてるけど彩萌は気にしないぞ、だって眠いんだもん。
でもやっぱりちょっと気になったから、目を開けたんですよ。
彩萌の頭をなでなでしてたのはディーテさんだった、あいかわらず真っ赤だね。
ぼやーっと見てればクスクス笑ってるの、しまりがない顔だぞ。
たぶん彩萌も今はしまりがない顔ってやつだけどね!
「大丈夫? 気分はどう?」
「気分は良いです……、不調を感じないから休んでいることにちょっぴり罪悪感があります」
「でも病人だからね、立てなくなるくらいって相当な事だと思うよ」
そうですね……実感はないですけど、そうですよね。
腕に力を入れて起き上がってみます、ちょっと手が震えてたけど起き上がれたよ。
ディーテさんのおかげかな、ありがとう。
「……まったく、彩萌ちゃんってどうしてそうなの? いっつも心配ばっかりかけてさぁ……もう本当に信じらんないよね」
「リーディアってどうしてそうなのー、いっつもツンケンしちゃってさぁーもう本当に損な性格だよね!」
「でもディーテさん大丈夫ですよ! 彩萌は山吹君語を習得したのでノーダメージです!」
山吹君もいたらしくって、むっとした顔でぶつぶつ文句を言ってた。
そう……彩萌は山吹君語を身につけたのです、なんてったって彩萌は山吹君とちょっとだけ一緒に暮らしたからね!
すっごい心配してくれたんだよね、分かります……そしてごめんなさい。
山吹君はプライドが高いので素直になれないのです、きっとドルガー家の養子として育てられちゃったから昔と比べるとプライドが月とすっぽんくらいに違うんだね。
だって山吹君の家に居る時にファントムメイドさんがちびちびっと教えてくれたんだよ。
坊ちゃまは今まで大変御淋しい思いをしていらっしゃいました、ですから甘え方が分からなくなってしまったのでしょう、って言ってた!
だからね山吹君、ディーテさんが嫌なら彩萌に甘えても良いんですよ!
むしろ彩萌の胸に飛び込んでおいで! いつでもウェルカムですよ!
でもそんなことを言ったら照れてすねちゃうから言わない、彩萌の胸にしまっておきますね。
「彩萌ちゃんはリーディアの表の部分を知り尽くしちゃってるんだね、良かったねリーディア」
「う……うるさいよバカ、表の部分とか言うな」
ちょっと赤い顔で山吹君はディーテさんを睨んでた、照れてるね。
照れててもカッコいいです、山吹君は彩萌のじゃすてぃすだぜ!
じゃすてぃすって正義って意味らしいけど、お姉ちゃんはこういう使い方してたから間違ってないと思うんだけどどうなんだろう!
「彩萌ちゃんの為に、薬用意してあげたから……ちゃんと飲むんだよ」
「彩萌ちゃんの為にを強調しなくてもちゃんと飲みますよ! だって山吹君がくれた物だもん!」
「……彩萌ちゃん、リーディアが悪い男になってなくってよかったねー」
「本当にね、そう思うよ」
珍しく山吹君もディーテさんに同意してたけど、えー山吹君が悪い男になんてなる訳ないよ。
でも悪い男になっちゃっても山吹君大好きよ、まあ悪い度合いによっては逃げると思うけども大好きです。
そんな話をしていれば、一瞬ディーテさんが変な顔した。
辺りをちょっと見回してたけど、すぐに見回すのを止めちゃった。
「ディーテさんどうしたの?」
「ん……んー、なんか誰か居るような気がして?」
「はっ……ハァッ!? ど、どこに!?」
ディーテさんの言葉を聞いて山吹君はめっちゃ焦ってた。
そうだよね、山吹君は彩萌との関係を隠したいんだもんね。焦るよね。
さっきまで本当に無防備だったもんね、そういえば保健室の先生と山吹君って仲が良いのかな?
保健室で無防備になれるってことは、そういうことだよね?
「本当に居るなら言わないように口止めしないと……、噂になったら信用問題に関わるから」
顔色悪く山吹君はそう呟きます、教師と生徒なんて親御さんとしたらたまったもんじゃないもんね。
まあ彩萌は親御さんがいないけど~、というか彩萌のお母さんだったら山吹君なら大歓迎してくれるよね!
というかそう言うことを口に出して言うってことは山吹君相当焦ってるよね。
「――だったら……だったら私が、噂になりそうな火の元を消してあげるよ!」
隠れてたのはシェミューナちゃんだった、カーテンのかげに隠れてたみたいです。
今日は本当になんか弓を持ってたの、……なんで武装してるの?
武装してることにちょっと驚いたのか、山吹君とディーテさんは呆気に取られてた。
でも矢は持ってないんだね、すっごいきらきらしててきれいな金の弓だね。
「アムシェディグノーム リィジアアムディチノガルーア! 忘れちゃえ、嫌ってしまえそんな気持ち!」
早口で呪文を言えば、無かった矢が現れたの。
シェミューナちゃんは矢を撃ったの、ヤバイよ。それは魔法なんですよね?
山吹君はそれをかわしてたけど、追尾機能つきだったみたいで背中に当たってた!
すぐに消えちゃったけど、痛いのかな……?
彩萌はかばいたかったですけど、力が上手く入らなくってベッドから転がり落ちそうになった。
ディーテさんに支えてもらったから助かったけど……。
「ど、……どうしてこんなことをするんですかシェミューナちゃん!」
「こ、これは戦争なのよ……種の繁栄と栄光を勝ち取るための戦争なの! 私は決して屈しないからね、私の魔法は間違ってないんだからね! もう絶対に縁を切らないって約束するまでリーディア先生の魔法は解いてあげないからね!」
一瞬ヤベェって感じの顔をしたけど、シェミューナちゃんは宣言してた。
もしかしてシェミューナちゃん……勢いでやってしまったんじゃないだろうか。
弓も魔法だったのかすぐに消えちゃって、シェミューナちゃんは急いで保健室から出て行った。
山吹君は大丈夫なのかな!? 変な赤い糸は出てないみたいだけど……。
なんかちょっとぼーっとしてたんだけど、ハッとした感じで意識が戻ったみたいで山吹君は立ち上がってた。
「痛い……あっ、そっそんなことよりもシェミューナ・コニュデウィ!」
頑張ってベッドからおりて、山吹君に近づきました。
ディーテさんに心配されたけど、でも山吹君に何かあったら大変ですよ!
「待って……、そんなことよりも変な魔法かけられてるかもしれないですよ!」
引き止めようと手を伸ばしたら、バシッと山吹君に手を叩かれちゃった。
すっごい痛かったです、手の甲すっごいじーんって痛い……。
痛くて涙目になりながら手の甲をさすってれば、山吹君はそれを見てすっごい変な顔をしてた。
ディーテさんはすぐに近くに来て彩萌の手を治してくれました……、どうして思いっきり叩いたんですか山吹君……ぐすっ。
「クピアーってキューピッドのことだったんだ……」
小さく山吹君はそう呟くとシェミューナちゃんを追いかけて行っちゃった……。
一言くらい謝ってほしかったです……、だってすごい痛いです……心もおてても。
ディーテさんが頭をなでなでしてくれた、うぅ……山吹君。
「えーっと……たぶん、リーディアは好意に嫌悪を抱いちゃう魔法をかけられちゃったんだよ……」
「……彩萌は山吹君に嫌われてしまったのですか」
「ま、魔法でね!? 本当に嫌われちゃったわけじゃないよ、魔法だから……彩萌ちゃんの所為では無いよ!」
ずーんと落ちこめばディーテさんがはげましてくれた、でも全然心に響きません。
だってだって、山吹君にばちーんっと手を叩かれちゃったんですよ。謝ってくれなかったですし、嫌いになっちゃったらしいですし……。
山吹君がくれたお薬っていつ飲むの?
食後に三錠か……、彩萌は錠剤がのみこめるスーパーレディーですよ……。
シェミューナちゃん酷い……、酷過ぎるよ……酷いよ。
ベッドに顔を埋めてたら、ディーテさんが背中をなでなでしてくれた。
もう彩萌立ち直れない、生きる気力を無くした。
だって彩萌、シェミューナちゃんの魔法のあの使い方を認められないです……。
認められない……、でも山吹君に嫌われちゃった。
「お……お兄さんが何とかするから! 絶対なんとかする、だから彩萌ちゃん……泣かないで!」
「良いんです、彩萌……大丈夫です。自分の意思をつらぬいた結果がこれなんです、だから……がんばる、がんばる……」
がんば……やっぱり無理だー! 頑張れないぃー!
涙がいっぱい出てきます、だってだって悲しいんだもん!
こんなに悲しいのはたぶん人生で二番目くらいです!
なんでぇ、彩萌悪くないのにぃ! だってだって、悪いのはシェミューナちゃんじゃーん!
シェミューナちゃんが悪いんじゃーん、彩萌全然悪くないじゃあん!
ぎゃーと子供みたいに泣いてたら学校のチャイム鳴ったの、もう休み時間みたいです。
でも彩萌の涙は止まりません、これもあれも全部シェミューナちゃんの所為です。
こんな大号泣的な泣き方したのはたぶん二年ぶりくらいだよ!
「な……何があったのですか?」
「ちょっと……彩萌に変なことしたんじゃないでしょうね? もし何かあったのだとしたら、……許せないわ」
「してないよ! ちょっといろいろあって、……いろいろなんだよ!」
泣きながらディーテさんの所為じゃない、と言っておきました。
涙はすっごい出るけど、意外と頭は冷静でした。
というか誰が来たのかよく見えないけど……、声的に王子とエミリちゃんっぽいです。
王子とエミリちゃんには山吹君に嫌われたことは絶対にナイショにしなきゃ! 絶対なんかする、この二人山吹君のことあんまり好きじゃないから絶対なんかします!
というか疲れてきたからか涙の量が減ってちょっとになった。
あー……彩萌すごい疲れちゃった、立ってるの辛い。
「彩萌はもう寝ます、今日はもう起こさないでください……」
「魔力異常は心神に影響されやすいのですよ、何があったのかは分かりませんが彩萌さん気を確かに……」
「彩萌がそこまで落ち込むってことは、……リーディアと何かあったのね?」
「な、な……な、何もないです! 何もないですよ、本当に何もないです!」
「これは何かありましたね」と王子は呟いてたけど、何もないってば!
大丈夫だよ、二人とも心配してくれてありがとう! 彩萌は身体のことを考えてもう少し寝るから!
とりあえずベッドに入ったけど、二人は彩萌のベッドの周りに来たのです。
ディーテさんも困り顔ですよ、彩萌はもう寝るんですよ。
「貴女がそこまで泣いて落ち込むってことは……こっぴどくフラれた、とか?」
「ち、ちが……違います、違います違うんです、まだフラれてないです!」
「そうですか、それに類似する様な出来事があったのですね。ふふ……、それならば相当心神を消耗してしまったでしょう? 彩萌さんに頂いてもらいたくて……実は蜂蜜飴を祖国から取り寄せたのです、心が休まりますよ、ぜひ召し上がっていただきたいのです」
すっごいにこにこしながら王子は可愛い瓶を渡してくれました、中にはキレイで黄色くって丸いのがいっぱい入ってる。
でも彩萌はフラれてない! あと王子すごい良い笑顔で笑うな!
王子のばかー、でも蜂蜜飴は貰うーありがとうございますー。
「私はアイツよりはコイツの方がマシかなって少しだけ思うけど、でも貴女が悲しむのなら最低限の協力をしてあげても良いわ」
「私は絶対に協力なんていたしませんけども……、支えなら喜んでいたしますよ」
蜂蜜飴美味しい……、あとエミリちゃんありがとう。
今日も白い髪の毛とふあふあな服が素敵だよ、でも協力は最低限なんだね。
意外と協力的だから……、言っても大丈夫かな?
「山吹君が……魔法をかけられちゃって彩萌のこと嫌いになっちゃってぇ、ておもいっきりたたいたぁ……!」
思い出したら涙出てきた、これもシェミューナちゃんの所為だ。
もう全部シェミューナちゃんの所為だ、シェミューナちゃんが種の繁栄とか栄光とか意味分かんない所為だ。
人を洗脳してわけ分からんことにしちゃうくせに、なにが栄光だよばかぁ……。
「そうなの、そんな酷いことされたの。じゃあこの機会にあのチビ男は忘れちゃいましょ」
「本当ですよ、私も忘れるのが一番かと存じます! この機会に新しい恋に乗り換えてみたらいかがです?」
エミリちゃん協力するって言ったくせにぃ、最初から協力する気なんか無かったんだ……。
彩萌は二人に背を向けてしくしくと泣きます、だってそんな短期間で忘れられるようなものではないのです。
というか……魔法をかけられてるだけだからすぐに戻って来るもん……謝ってくれるもん。
だから忘れなくっても良いんだもん。
「エミリ・リデルはユヴェリア王子の協力でもしてるの……?」
「そんなつもりはないけど、このジャラ男の方があのチビ男よりはマシかなって」
「ジャラ男って……きちんと校則に則って校内では魔具以外のアクセサリーは外しているではないですか」
「私生活でジャラジャラし過ぎでしょ、金属音が耳に痛いのよ……どうにかしなさいよね」
「私生活くらい好きにさせていただきたいものですね、彩萌さんが止めてくれというなら止めますけど」
意外とエミリちゃんと王子って仲良いよね……、あと彩萌はキラキラ好きだから別に止めなくて良いと思う。
あとじゃらじゃらアクセサリーつけてないと彩萌は遠くから王子を見たら王子だって分かんないし。
はぁって王子が小さく溜息を吐くのが聞こえた、お疲れなの?
「そもそも今問題とすべきテーマはその様な事では無いと存じますが……、学園の教師に魔法を掛ける様な人物がこの校内に居ることが問題でしょう? しかもあの教師が溺愛している彩萌さんを嫌うように仕向けるという事は……直接的ではないですが彩萌さんへの悪意を感じますね」
「あらあら、口が悪いわね……一国の王子とも在ろうお方がそんな口を利いていいのかしら」
「そうですねエミリさん、関係ないですがぜひ断耳式を行う予定があるのでしたら私もご招待してくださいね」
「殺すわよ、アンタ」
「あはは、御冗談でしょう? 一国の王子とも在ろう私を殺すだなんて……口が悪いですよ」
この二人やっぱり仲良くないかも……、いや……喧嘩するほど仲が良い?
エミリちゃんと王子だと話が進まないんだね……、もっと仲良くしてほしいなぁ。
でもシェミューナちゃんはたしかに悪いけど、そこまで強い悪意を持ってたわけじゃないよ……。
シェミューナちゃんはシェミューナちゃんなりの理由があっての行動なんだよ、でも彩萌は許せないけどね。
一応は理由とかを聞いてあげないと、彩萌は絶対に許さないけどね。
「彩萌さんに悪意を持つなら、生徒である可能性が高いですね。然るべき処分を与えていただかないと……私の方からレニ様に口添えしておきますね」
「えーそれくらいお兄さんがしておくしー」
「ディーテ様とレニ様は仲が悪いではないですか、私が口を入れた方が重要性が伝わると思うのですが?」
「意外と重いパンチを貰っちゃった、なんかお兄さん最近すっごい使えない奴みたいな感じ……」
「何を言っているの? 貴方は最初から使えない精霊じゃない」
「酷い」ってディーテさんは泣きながら彩萌にしがみついて来た、重いです。
布団がぐしゃぐしゃになったら保健室の先生嫌な思いするんじゃない? 大丈夫?
というか然るべき処分ってなに? ……退学とか?
それは、なんだかかわいそうだよ……。
シェミューナちゃんは勢いでやっちゃっただけだし、もうちょっとチャンスを与えてあげても良いんじゃないかな。
彩萌は許せないし、あの魔法の使い方は認められないけど……。
若気の至りだよ、ちゃんと指導すれば分かってくれます!
まあ、彩萌は許したくないけど……でもちゃんと指導するのも教師の仕事だと思うし!
シェミューナちゃんは彩萌を怖がってる? だけだよ……たぶん。
縁を無理矢理でも作る種族? だから、縁を切ったりする彩萌が怖いだけだよ。
キューピッドと言えば、そんな感じだよね。
クーリーちゃんのお友達でもあるわけだし、あんまり重い処分にはしないであげてほしいな……。
山吹君の魔法を解いてくれて考えを改めてくれるなら、彩萌は許しても良いと思う。
シェミューナちゃんの本当の気持ちを聞いてあげたいよね。
後に引けない感じになっちゃってるのかも……。
でも彩萌はなんか今はすごい眠いから、あとでね。
もう一眠りしよー。
――あやめとアヤメの交換日記、十二頁




