表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやめとアヤメの交換日記  作者: 深光
前略、叶山様へ
100/114

言は神であった

 みんなで綺麗になったお家に入ると、なんだかお花のような……若草のような匂いがしたのです。

 彩萌がキョロキョロ見ていると、シェリエちゃんがかなり不快そうな表情を浮かべていたのです。どうしたの? って彩萌が聞くと、シェリエちゃんは何でもないよって言うのです。

 そして浄化されて綺麗になったお母さんはミギー君に寄り添っているのです、でも彩萌以外には女性の姿は見えないようです。


「ミギー君、お母さんに何か言わなくっていいの?」

「えーだって僕には見えないし……なんか恥ずかしいじゃん、体を発見してお父さんと同じ墓に入れればそれで良いじゃん」


 照れたミギー君がそう言うと、ミギー君のお母さんは苦笑いのような笑顔を浮かべたのです。

 そして部屋の奥にミギー君のお母さんと思わしきご遺体があったのです、かなり風化した骨です。

 彩萌は怖いというよりも、寂しいなって思ったのです。悲しいというか、むなしいというのか……なんだかへこみます。

 みんなで黙祷をしてから、ミギー君はお骨の一つを拾い上げたのです。何処が欠けちゃったのか分かりませんが……割れた小さな欠片です。

 ミギー君は悲しそうな顔をしていました、ミギー君のお母さんも悲しそう。


「なんか……思ったよりボロボロ、ずっとここで放置されてたんだ……」

「ココって君の家……?」

「違うと思うけど……僕が覚えてるのはもっと狭い家だったから、こんなに広くなかった」


 ミギー君は両手を使い、優しくお骨を包み込んだのです。……言葉にはならない、ミギー君の愛情みたいなものを少し感じました。

 そんなミギー君の肩に、お母さんはそっと手を置いたのです。お母さんがミギー君の頭を撫でれば、ミギー君も何か感じ取ったのか……少しハッとしたような表情をしていました。

 そしてミギー君は自分の肩に触れたのです、お母さんの手とミギー君の手は重なり合っていました。

 めっちゃ感動的なんですけど、でも彩萌にしかミギー君のお母さんの姿は見えてないんだよね……!

 彩萌が涙をこらえていると、シェリエちゃんの姿が目に入ってきたのです。

 シェリエちゃんは真剣な表情でご遺体を見ていました、とっても真剣な表情です……。


「シェリエちゃん、さっきからどうしたの?」

「ちょっと、気になったから……気にしないで」


 シェリエちゃんはやっぱり気分が悪そうな表情をしていました……なにか、分かっちゃったのかな?

 たぶん……聞かない方が良いのかもしれないです、シェリエちゃんも言いたくなさそうです。


「というか、骨ってどうやって運ぶの……?」

「あっ……誰かなんか、カバンとか大きい布とか持ってない? ボロボロな骨を持って歩いてたら大変だよな」

「本気で慰霊碑のところに戻るつもり? さすがにギルドの人に任せた方が良いと思うけど……?」


 シェリエちゃんがミギー君にそう聞けば、ミギー君は「だって乱暴に扱われたら嫌じゃん」って言うのです。

 その気持ちは分かります、でも……誰もカバンとか大きい布は持っていません。困りましたね……。

 このお家は新品同様にきれいになったけど、家具とか布とかはなさそうです。

 それでも運ぶのに使えそうなものを探していると、ミギー君のお母さんがミギー君の背に寄りかかっているのが見えたのです。ミギー君のお母さんは、お墓の前でキラキラと輝いていたミギー君のように光っていました。弱い炎のように、ゆらゆらと光が揺らめいています……そしてミギー君のお母さんは消えてしまったのです。

 消えてしまう時のミギー君のお母さんの表情は、なんだか優しさにあふれていました。

 彩萌がミギー君に成仏しちゃったみたいだって伝えると、ミギー君はただ一言だけ「そっか」って言ったのです。

 その“そっか”はちょっぴり深かったのです。


「一つだけ気付いたことがあるんだけど、言っていい?」

「なんだよ白仮、文句は帰ってからにしてほしいんだけど」

「すっごくお腹空いたんだけど、今何時? というか僕は夜行性だから全然大丈夫だけど、魔女っ娘は大丈夫なの?」


 あー……そう言われると、彩萌もお腹が空いてきたような気がします。

 あと、シェリエちゃんの眠気は大丈夫みたいです、彩萌も今は大丈夫です。

 そういえば、彩萌たち夕飯食べてないね。そりゃ、お腹もペコペコになっちゃうよね……。

 ため息をついて彩萌は外を見たのです、お星さまもお月さまもキラキラですよ。かなり遅い時間なんだろうなって思ったのです。

 大きな布もカバンも見つかりそうにないなって思って夜空を眺めていると、誰か……二人の人が道を通るのを見たのです。


「あっ……ケレンさんだ」

「マジで? ケレンってあのケレン?」


 そうです、彩萌たちの同級生のケレンさんです。隣には背の高い男の人が居ました。

 その人は変質者さんにそっくりでした、でも色合いは青紫じゃなくって赤黒かったです。だからケレンさんの本当のお兄さんだと思います。

 それを聞いたミギー君は「ケレンにカバン借りれないかな?」って言うのです。彩萌は状況を知ってるから、もしカバンを持っていたら貸せるけど……ケレンさんは骨入れるためにカバン貸してくれって言われたら嫌なんじゃないかなって思うんですけど……というか普通は良いって言う人はいないと思う。

 ミギー君は「聞くだけならタダだ」って行こうとしたんだけど……白仮君が「ちょっと待って」って止めたのです。


「委員長に話しかけるのは止めよう……」

「なんで? カバン借りられるかもしれないじゃん、こんな時間に出歩いてるってことは家この辺なんだろ?」

「いや、えーっと……その、気にしてるから」

「貧乏なところ? それとも父親がマフィアなところ?」


「……たぶん、両方なんじゃないかな」って白仮君は言うのです……そうだったんだね、だから白仮君はずっと気にしてたんだね。

 それを聞いたミギー君は少し悩んでたけど、顔を上げたのです。


「でもさ、僕たちもうソレを知っちゃったんだぜ。そのことをケレンに黙ってる方が騙してるみたいで僕は嫌だな」

「人に化けて騙すドッペルゲンガーの発言とは思えないよ、でも私もそれには同感かな……」


 たしかに……知っちゃってるからね、ずっと騙し続けるのは大変だし……バレたときに関係がこじれちゃうこともあるよね。

 それだったら最初に打ち明けて、どうなるかは相手に任せた方が良いのかな……? それともずっと言わないで、墓場まで持って行った方が良いのかな?

 でも白仮君のケレンさんを思いやる気持ちは分かります、ケレンさんのことを思いやって守ろうとしてるんだもんね。

 言うか言わないか、どっちが正しいのか分からないけど……彩萌は知ってて言わないのはちょっと気が引けちゃうかも、彩萌だったら言ってほしいな。

 白仮君が何も言えなくなって、ミギー君はケレンさんを追いかけて行ってしまったのです……。


「白仮君……大丈夫?」

「僕も……騙してるみたいで嫌だなって思うんだけど、でも委員長はすっごく気にしてたから」

「白仮君は優しいからね、彩萌たちがケレンさんの話をしてた時にソワソワしてたのはその所為なの?」

「えー見てたの? やっぱり君って変態だよ、覗きだよ」


 白仮君は照れたようにそう言ったけど……変態呼びは嫌ですよ!

 ミギー君だけに任せておくのはすっごく心配だってことで、三人で後を追いかけたのです。

 追いついた時にはミギー君がケレンさんに声をかけたときでした、ケレンさんがめっちゃビクッてしたのが見えたのです。

 ケレンさんのお兄さんはゆっくり振り向いたんですけど、なんだかちょっぴり機嫌が悪そう。薄っぺらい感じの笑みを浮かべています。


「隣のクラスのミギーなんだけど、ちょっと……汚れても大丈夫なカバンとか大きな布貸してくれない!?」

「なっ、えっ……ど、どうして貴方たちがここに居るんですか……?」

「色々あって話が長くなるけど、それでも良いなら全部話す」


「ちょっと、骨を運びたいんだよね」ってミギー君は言うのです、それは誤解を招く言い方だと思うのです。

 ケレンさんのお兄さんは白仮君に視線を移したのです、白仮君はちょっとうつむいていました。

 なんか無言の圧力というか、お怒りなのを感じます……!


「ケレンさんのお兄さん! 白仮君はちゃんと止めたんですよ、秘密を……ケレンさんを守ろうとしてくれたのですよ。彩萌やミギー君が無理を言って追いかけてきちゃったのです……だから、えーっと睨むんだったら彩萌を睨んでください、お怒りは彩萌が受けます!」

「そうそう、白仮は友達と友達の間で板挟み状態で可哀想な感じなんだよ!」


「とりあえず……話だけでも聞いてくれませんか」って彩萌が言えば、ケレンさんのお兄さんは白仮君から視線を外したのです。

 そしてミギー君はケレンさんに「簡単に言うと僕の母親の遺体があって、それがボロボロの骨で……運ぶのが大変な感じなんだよ」って言ったのです。ちょっと理解できないって感じの顔をしていました。

 ミギー君は強引にケレンさんを引っ張ったのです、見た方が早いと言って連れて行っちゃったのです……。

 またシェリエちゃんや白仮君と一緒にミギー君を追いかけるのです、ケレンさんのお兄さんはゆっくりと歩いてついて来たんですけどね。

 ミギー君に連れてこられたケレンさんは、家の中に本当にボロボロな骨があってビックリしていました。

 ケレンさんのお兄さんは家の中に入ると、シェリエちゃんが家の中に入ったときと同じような不快そうな顔になったのです。そして彩萌たちの顔を見て、ご遺体を見てから「……へーえ」って呟いたのです。

 そしてミギー君がケレンさんに色々と説明していたのです、これがお母さんの遺体でお父さんと同じお墓に入れてあげたいとか、実は幽霊だったとか……。

 そんな説明を聞きながら、ケレンさんのお兄さんはミギー君のお母さんのご遺体の一部を持ち上げて、臭いをかいだのです。なんでそんなことをするのか彩萌には理解できなかったけど、たぶんお兄さんも何かに気づいちゃったのかなって思ったのです。……彩萌たちは聞かない方が良いことなのかな。


「臭いが染み付いちゃってるねぇ、コレ」


 お兄さんが小さくつぶやいたのです、やっぱり何かに気づいちゃっている様子です。

 お骨を元の位置に戻して、ケレンさんのお兄さんは彩萌が見ていることに気が付いたのです。そしてケレンさんのお兄さんはニッコリと笑ったのです。

 彩萌がこっそりと「お花みたいな、若草のような臭いがずっとしてるのと関係があるんですか……?」って聞くと、お兄さんは「さあねぇ」と答えたのです。

 そしてミギー君のお話を聞いていたケレンさんは少し複雑そうです。協力してあげたいけど、関わりたくないって感じの雰囲気です。

 そんな雰囲気を感じ取ったのか、ミギー君は少しだけ落ち込んだ様子でした。


「そうだよな、突然そんなこと言われても困るよな……ごめん、別の方法考える」


 ミギー君の様子を見て、ケレンさんも気にしています。でも何も言えないようで、スカートの端をギュっと握ってたのです。

 ケレンさんのお兄さんはそんなケレンさんを見ていたのです、結構真剣な表情をしています。

 白仮君も気まずそうだし、ケレンさんも気にしてるし……何か良い解決方法はないのでしょうか? このままケレンさんと白仮君の関係が悪くなったらかわいそうです、彩萌もケレンさんとはもっと仲良くなりたい。


「ケレンは気にしなくって良いよ、無理に連れてきたことだし……それにケレンがどこに住んでるかとか、そういうのは言い触らしたりしないから安心していいぜ」

「それは……そんなことは、えっと……なんて言ったら良いのか、分かりません……」

「まあでも、僕が言い触らしたところでケレンは良い子だし……みんなに信用されてるし頼りにもされてるから、大丈夫だと思うけどな」


 ミギー君が「話だけでも聞いてくれてありがと」って言うと、ケレンさんはうつむいてしまったのです。

 めっちゃ気にしてるっぽいけど、彩萌はなんて声をかけたらいいのか分からない……! というか、彩萌が声をかけられる雰囲気じゃありません!

 ミギー君もちょっと気にしてたけど、ご遺体をどうやって運ぶのか考えることにしたようでケレンさんに背を向けたのです。

 シェリエちゃんに魔法で浮かせて持っていけないかとか、色々と考えているようですが……良い案は出ません。シェリエちゃんはお骨を浮かせることはできるっぽいのですが、風や温度を操ったりして浮かせるので……すでに脆い状態なので壊れてしまうかもしれないって言ってた。紫色の魔力なら大丈夫らしいけど、シェリエちゃんはそっち系は苦手みたいです。

 その作戦は最終手段として保留にするみたいだけど、慰霊碑からここまで結構な距離があるから……シェリエちゃんも大変だよね……。

 もう一つの案はミギー君が大きめな布に化ける作戦です。でも自分で運びたいし、ご遺体を包むのはちょっと抵抗があるみたい。

 彩萌も考えてるけど、何も思いつかない。そもそも道具なしで運ぶ方法なんて……手で持って運ぶしか思いつかない。

 というか……ケレンさんたちのことが気になる、すっごく気になるって思ってるとちょいちょいって肩を突かれたのです。

 彩萌が振り向くと、ケレンさんのお兄さんが居たのです。彩萌が不思議に思っていると、手を引かれて隣の部屋に連れていかれたのです。

 隣の部屋に移動して、ケレンさんのお兄さんは彩萌と視線を合わせる為に床に膝をついたのです。

 彩萌の腕に触れて、優しそうな表情で彩萌を見上げたのです。


「突然こんな事を言われても困るかもしれないけど、でも……フィルオリーネを助けてくれてありがとう」

「ジェリさん……オリーネ先生のお友達ですか? 彩萌は何もしてないです、本当にオリーネ先生を助けてくれたのはイズマさんだから……」

「――イズマから全部聞いた、あの人は君に言われなかったらフィルオリーネを助ける気なんて……面倒を見るつもりだってなかった」


「君が居なかったら、フィルオリーネは今頃どうなっていた事か……」ってケレンさんのお兄さんは言うのです。

 ケレンさんのお兄さんは少し涙ぐんでいるようでした、心から喜んでいるように見えます。

 なんだか……雰囲気がちょっぴり別人みたいです。まったく話したことがないからよく分からないけど、これが本来の性格なのかな……?

 そしてケレンさんのお兄さんは感極まったのか、彩萌の両腕を強く掴んだのです。表情はうつむいてて分からなかったけど、ちょっと泣いてるっぽい。


「彼女の記憶は殆ど無くなってしまったけど、それでもクーシーやグア……それにティネやみんなと話している姿がまた見れてうれしい」

「オリーネ先生のこと、とっても大切に思っていたんですね……」

「彼女が居なかったら今の俺は居ないし……ケレンもそう、全て彼女のおかげ」


「勉強だけじゃなくって……クーシーとグアにも出会わなかったから」って涙ながらに言うのです……。

 うーん……関係ないんですけど、クーシーとグアって誰かな? ティネはティネオリーネさんのことだと思うんですけど……ジェリさんの妹さんだし。

 彩萌の予想だと、グアはグアリエ先生のことじゃないかなって思うんですよね。ケレンさんのお兄さんとグアリエ先生はもしかしたら知り合いかもしれないから……。


「昔は、聖女は……あんな男に力を与えるなんてウェルサーはなんて醜い神なんだろうかって思ってた、けど……そうじゃなかった」

「えっと……その、お二人のお父さんのことですか?」

「やっぱり会いに来たのか、ミグが聖女に近付いたって聞いたから……会いに行かない訳がないか」


 ケレンさんのお兄さんは「一人にならないように気を付けて」って言うと、立ち上がってみんなの居る部屋に戻ったのです。

 ……つながっていくって、こういうことなのかな。良い方にも悪い方にも、些細な行動一つでみんな変わっていくのかな。

 彩萌はなんとなく頭の角を触ったの、つるりとしててすべすべしていました。

 何となく不思議な気分です、感謝をされてうれしいような気がするのに……なんだかとっても重い責任を負ったような、そんな感じです。


「――力は無くても、君の言葉には意味がある。君の言葉が神の言葉であり、君の存在が世界であり、“叶山彩萌”の言葉だ」


 白仮君のお爺ちゃんが言った言葉を思い出して、呟いたのです。

 そして……とっても重い言葉だって、とっても大事な言葉だって、彩萌は今理解したのです。

 先生たちが彩萌の角に触りたがる気持ちが少しわかりました、彩萌もなんだか神にすがりたい気分です。

 角から手を放して、隣の部屋に戻ろうとすると扉のかげに隠れながらこちらをうかがうケレンさんと目が合ったのです。

 ケレンさんはとっても困ったような顔をしていました、そして申し訳なさそうな顔をしていたのです。

 たぶん……お兄さんとの会話を聞いてたのかな?


「――ケレンさん……こっちに来てくれませんか? ちょっとだけ、お話ししよう」


 彩萌がそう言うと、ケレンさんは少し迷っていましたが近くに来てくれたのです。

 ケレンさんは緊張している様子で、手先が震えないようにグッと拳に力を入れているのが見えたのです。

 お兄さんもきっとケレンさんが見てるのを分かってて彩萌にお礼したのかなって、なんとなくですけど……そう思ったのです。





 ――あやめとアヤメの交換日記、九十九頁

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ