現実に帰った私と、幻想に帰った貴女
注意! こちらは後編作品となっております、何度も言うようですが前作を読んでいないと何を言っているのか分からない、前作を未読の方には大変優しくない作りとなっております。
――苦しい、とても苦しいです。
頑張って目を開いても、世界はぼやけて見えます。
ぼやけた世界に、白い髪が見えます。真っ白です、全部が真っ白です。
その白い髪を見て、月の精霊のムールレーニャ・ミストを思い出します。
白い髪の人はたしかに、私の首を絞めていました。
むーちゃんはたしかに乱暴だけど、私……叶山彩萌に実害を与えたりはしないのです。
よく見たら、耳も尻尾も生えてません。
しばらくしたら良く見えるようになったのです、その子の目は綺麗な青色でした。
むーちゃんの目の色はグレーですから、全然違う人です。
でも顔はすごいそっくりでした。
「――この世界にも、繋がりが必要なんですよ」
その子は、小さく呟きます。
ねっとりした感じの喋りかたですね、しつこい感じです。
無表情だけど、焦っているように見えます。
「どこに置いて来てしまったんですか、どうして置いて来てしまったんですか」
しばらくしたら、その子に耳と尻尾が生えて来たんですよ。
でも猫の尻尾と耳じゃなくて、狼とか犬みたいな感じでした。
「世界は正常に戻ろうとしているのに、このままでは元に戻れないじゃないですか」
怒っているのか、首を絞める手の力が強くなったみたいです。
このままでは死んじゃいます!
必死で抵抗していますけど、全然効果がありません。
「昔から碌な事をしないと思っていましたけど、戻って来ても碌な事をしないんですね」
死んだ、って思ってたらその子は手を離してくれました。
ゲホゲホと咽る声が聞こえます、他人事のように感じます。
「取り戻してきますから、貴女も取り戻しておいてくださいね」
くるりと背を向けて、その子は消えちゃいました。
周りを見れば、幻想世界ではありませんでした。
彩萌は自分の意思とは関係なく立ち上がります、ちらりと見えた腕には痣が一切無かったから……これはもしかしたら夢なのかもしれません。
「……取り戻すって、私は何を取り戻せば良いのよ」
彩萌の声だけど、彩萌の声じゃない。
じっとりと絡みつくような暑さは、日本独特です。
セミの声がうるさく響いています、彩萌が今住んでる聖クレメニスにはセミは居ません。
懐かしい感覚です、現実世界に帰りたくなってしまいます。
視界のすみに鳥居が見えるから、ここは神社なのかな。
玉砂利を踏みしめる音が聞こえて、振り返れば長くて真っ黒い髪の毛の赤い目をした背の高い女の人がいました。
前髪が長いから本当は目の色なんて見えないけど、赤い色だってなんとなく思った。
あと、たぶんすごい美人さん。
「絶縁」
「――……絶縁を取り戻すって、なんか変ですよね?」
「繋げる事が出来るなら、断ち切る事だって可能よね? 何かを繋げるという事は、何かを断ち切るという事よね?」
「そうでしょうか」
「私はそう思ってる、でも使うのは貴女だから関係無いよね。白雪さんが取り戻してくる前に……見付けられると良いわね」
真っ黒な日傘をくるくる回しながら、その人は呟くと彩萌を追い越していく。
鳥居の前まで行って、その人は立ち止まってくるりと振り返ったんです。
「巫も辛いわね、頑張ってね……絶縁と夕闇の巫さん」
その声が聞こえて、視界がまるでテレビの砂嵐みたいな感じになっちゃったんです。
ぶつんって一瞬だけ真っ暗になってからすぐに直ったけど……その人はもう居ませんでした。
彩萌はその人に懐かしさと優しさを感じたけど、彩萌の今の体はそう思ってないのかちょっと不満そう。
「――わけわかんない、……やっと、普通の日々に戻れたと思ったのに」
そんな呟きを聞いて、彩萌はなんか騒音に意識を引っぱられていったのです。
――気付いたら目の前に毒々しいほどに真っ赤なお兄さんが居て、彩萌を覗きこんでました。
やっぱり、さっきのあれは夢だったようです。
彩萌が目をぱちぱちしていると、アメリカ人もびっくりな真っ赤な魔王なお兄さんことディーテさんはにっこり笑いました。
「やっと起きたの? 今日から学校行くって昨日は張り切ってたのに、遅刻するよ?」
「……え、遅刻しちゃう?」
「まだ全然平気ですよ、でも余裕を持って行動したいでしょ」
そうですね、やっぱり緊張するし……余裕を持って行動したいです!
ディーテさんありがとう、昨日は一緒に居られない事がショックでウジウジ文句を言いながら不貞寝してた人とは思えないくらい爽やかですね!
なんか機嫌が良いのか、ディーテさんのすごい長くて尻尾みたいな三つ編みがぴょんぴょん動いてた。
何かあったのかな? 昨日まではショックで大好きなご飯中も体育座りしてたのに。
不思議そうに見てたらディーテさんは満面の笑みを見せてくれました。
「じゃあ着替えたら顔洗ってね、着替えは制服だよ……平気?」
「彩萌はたぶん十歳なんですよ、二桁なんですよ! だから大丈夫です」
「そうだね、でも身体自体はまだ出来てから二か月も経ってないけどねー」
「新品良いじゃん、ぴっちぴちなんだよ」
彩萌の言葉にディーテさんは笑うと、部屋を出て行きました。
そうなんです、彩萌は学生さんになるんです。
新品な制服ですよ、制服なんて着るの初めてです……。どきどき。
聖クレメニス魔術学園の幼少クラスの上に編入です。
三年間同じクラスで、今二年目だからどう考えても彩萌超仲間外れですけどね!
きっとそがいかんというものを感じるに違いありません……、だって彩萌の見た目がちょっとアレな感じなんです。
制服を着て、大きな鏡の前に立って見ます。
制服は可愛いですけど、やっぱりちょっぴり彩萌の顔とか腕とかに広範囲にある痣が気になっちゃいます。
呪いだからしょうがないですけど……、やっぱり不安です。
そしてクレメニス魔術学園は、幼少クラス、中等クラス、高等クラスってあってついでに大学があるそうですよ。
大学がついでなのは、幻想世界ではそこまで勉強するのは博士とか専門職とか魔法工学に興味ある人くらいだからですって。
細かく分類する方法は、上の二とか下の三らしいですよ。彩萌は幼少クラスの上の二です。
現実世界とほぼ同じみたいで、高校と中学が三年みたいですよ。
「あ、山吹君に貰ったぱっちんどめつけなきゃ」
そして今現在彩萌は大好きな山吹君の家に居ますが、孤児院に入ることになりました。
山吹君の家は色々な事情があって部外者お断りらしいです、部外者じゃないなら良いんだけどね……って山吹君はもごもごと何か言ってました。
彩萌のお友達のエミリちゃんに「家に来ない?」って誘われたけど、エミリちゃんの家にはロリコンが居るのでお断りしました。
ディーテさんには「綺麗になったから魔人の国に住まない?」って誘われたけど、あそこはもう誰も居ないのでお断りしました。
というか……クレメニスからすごい遠いです!
あと学童院って言う学生寮があったらしいけど、彩萌はお金と保護者が居ないので駄目だと超偉い人のレニ様に言われてしまったのです。
保護者代わりが一応居るけど、ディーテさんはお金を持っていませんでした。
探せばあるかも、って言ってたからたぶん一生見つからないと思う。
もう誰かに盗られちゃってるよ、絶対だよ。
とりあえずディーテさんが保護者というのは認めないで教会が保護してくれるそうです、助かりました。
ちなみに学童院には、ユヴェリア王子が居るそうです。
だから彩萌は学校に行けるのです!
あ……あと、彩萌のお友達のシェリエちゃんもクレメニス魔術学園に編入するそうです。
シェリエちゃんはお金を持ってたけど、やっぱり保護者が居ないから一緒に孤児院に入るようです。
本当はシェリエちゃんは入学テストで中等クラスに編入できるほどの学力があるって言われたのに……彩萌と同じが良いって言ってくれたんです!
彩萌は感動しました、一生シェリエちゃんとはお友達でいようと思いました。
シェリエちゃんも色々と事情があるから、一人ぼっちは不安だったそうです。
そんな事情をこうりょして、シェリエちゃんと彩萌は同じクラスに入れてくれるそうです。
まあ彩萌はあれですからね、はぶられそうな見た目してますからね。
そんなこんなを考えつつ、準備が終わっていっぱい鞄を持って部屋を出ます。
今は九月ですけど、幻想世界では一律して全部の学校が新学期の様です。
言語もなんか不思議な力で統一されてるし、どうやったんだろうね。
古言語とかそういうのがあるから、昔は同じじゃなかったと思うんですけど。
山吹君のお家はすごい大きいので、ご飯食べるところも広いです。
「……おはよ、入学おめでとう」
「おはようございます、入学ありがとう!」
「その言い方は変だから、ありがとうだけで十分だから」
「山吹君ありがとー!」
エプロンをつけた彩萌の大好きな山吹君がすごい素っ気なくお祝いしてくれました!
山吹君は料理を運んでいたので手伝います、本当はこういうのメイドさんのお仕事らしいけど山吹君は食べ物が趣味らしい。
食べるのも作るのも好きなんだって。
そう言えば部屋にしーちゃんがいないなって思ってたら、もうご飯食べていました。
あと孤児院はペット持ち込み不可らしいから……、しーちゃんお別れだね。
ディーテさんが責任を持って面倒見てくれるらしいから、ディーテさんと仲良くするんだよ。
「あと……これ、あげるよ」
「ありがとー、でも彩萌まだ誕生日じゃないです」
「入学祝だっていう発想はまだ彩萌ちゃんには無いの?」
「彩萌が小学校はいるときもらったのランドセルと勉強机と星座の本だった」
山吹君は可愛い感じの黒い箱っぽいのを取り出したんです、ぱかって開くやつ。
中にはきらきらしたぱっちんどめと髪を縛るゴムがいっぱい入ってました、わー入学祝だー。
可愛いヘアブラシも入ってて、ふたのとこが鏡になってます!
すごいです、山吹君なのにすごい女の子が喜びそうなプレゼントです! 山吹君なのに!
でも山吹君の趣味が丸出しで、ブラシも箱も猫っぽかった。
「すごい可愛い……箱ですね!」
「箱じゃなくって、アクセサリーボックスね」
いちいち訂正しなくて良いよもう、だってボックスって箱って意味だって彩萌は知ってますよ!
だから可愛い箱で良いんです、これは今日から可愛い箱だぞ。
孤児院に行ってしまう彩萌のために用意してくれたようです、ありがとう山吹君。
大事にするね、この可愛い箱。
「早く食べちゃいなよ、……学校の説明とか孤児院のルールとか聞きに行くんでしょ?」
「うん、いただきますー」
「残すなよ」って山吹君言ってたけど、彩萌が山吹君の手料理を残すわけがない。
量が多すぎたら残しちゃうけど、……それ以外なら全部食べますよ。
きっと孤児院のご飯は和食じゃないから、しばらく白米は食べられないね。
よーし、学校を頑張ろう! 勉強も頑張る。
みんなと仲良くできると良いなぁ……。
――あやめとアヤメの交換日記、一頁