魔法少女邂逅編
ストレスがたまったので書きました。
「こんなのっておかしいよ……ナオ!」
誰も居ない公園、骨が軋みを上げるような星降る三日月の夜。黒髪の少女は、親友へと叫んだ。
錆びた公園の遊具達だけが彼女達のこれからの行く末を見つめている。
「違うよ、ユキ。わたし、夢を叶えられたんだよ」
決意を露わにする少女、ユキと対比するように茶髪の少女、ナオは柔らかに微笑んだ。
右手には、桃色の棒が握られている。長さは三十センチほど、先端にはハート型のオブジェ。キラリと、埋め込まれた宝石が月明かりに輝いた。
「だから見ていて、叶えたわたしの夢を!」
掲げられるバトン、光が奔流する。眩く、それでいて優しげな光が少女の細い肢体を包んだ。
「トリプルプレイ、プリズムメイクアップ!」
関東地方、S県産告市。このありふれた地方都市に今宵、魔法少女が降臨する。
桃色の光に包まれる少女の体。次の瞬間には、ピンクのリボンが伸びるドレスに包まれる。
それは小さな子供の頃、憧れていたテレビの中の魔法少女そのものの姿。
「さあ、あなたを幸せにしてあげるわ!」
そして、突きつけられたバトンの先には、虎の頭。
「――ヴゥゥるるぉぉおおっ!」
唸り、咆哮を上げる虎頭。剥き出しの牙が闇に浮き上がる。
猛虎、否、それは虎頭の怪人だった。野獣の頭部に隆々たる男の体を備えた虎人。
服装はTシャツとトランクス、シャツの中央には発達した大胸筋により引き延ばされたピンク髪のアニメキャラの少女だった。その上には「働かないで食うごはんがおいちい!」という文字。
「さあトリプル☆プレイ! 早く彼を本の呪いから解き放って上げるんだバン!」
魔法少女の側を、塊は舞う。それは生首を酷くデフォルメしたファンシーキャラのような姿だった。
「ふざけんじゃないわよ妖怪! あんなバケモンどうにかするのが魔法少女の仕事なわけないだろ!」
ナチュラルに戦闘に突入しそうな雰囲気を慌てて止めるユキ。この生首の勝手な仕切りを止めねばならない。
生首――ナオを魔法少女へ誘った(自称)ファンシーマスコット、『ひとーばん』――というか、耳をパタパタさせて飛ぶあたり、どう見ても妖怪だが――が抗議の声を叫ぶ。
「妖怪じゃないバン! そもそも三国志では飛頭蛮は『そういう体質の人もいるよね』扱いだったバン!」
「いねーよそんな人間! つーか魔法少女なら戦うなよ! 身近な人や町内を幸せにするとかそういうのやれよ!」
「え……? なにその方向性の魔法少女? 超斬新だバン……」
「斬新じゃなくてこれが源流だ!」
「――るおぉぉおおっっ!」
咆哮が一閃、二人の会話を切る。虎人が爛々と輝く眼で少女達を見つめていた。
「……ちょ、これヤバいんじゃ……」
初めてユキに走る危機感、成り行きで出くわしたとはいえ、こんな化け物とナオを戦わせるわけにはいかない。
「大丈夫、ユキ」
だが、親友に一切の怯えは無い。迷い無く直線を歩む。
「ひとーばんから力の使い方は教わったから……その力であの虎の人を」
虎人が動く。たわむ下半身の筋肉、下がる上半身の姿勢、力を溜める体勢。次の瞬間、弾ける。
「――助ける!」
魔法少女も同時に動いた。跳ねるように駆ける。獣と少女の距離が詰まった。
少女の手が届く距離へ、野獣の爪が届く距離へ、互いが走る。
「ランランファンシ~、ラブラブドリ~ミ~」
聞こえる呪文。それは少女の声で奏でられる、夢を呼ぶ歌声。
――魔法を使うの!?
ユキの胸が高鳴る。あの優しいナオが一体どんな魔法少女の力を振るうのか。
「拳塊発破、気門超柱!」
――……っは?
それは先ほどとは全く違う、力の入った朗々たる声だった。間違いなく丹田から発せられる声。
「拳よ震えよ、気よ満ちろ。悪鬼羅刹に拳罰必誅!」
滑らかに動く少女の体。振りかぶった虎人の爪をかいくぐり、ピタリと胴へ細い体を密着。
少女の腰溜めに構えた右拳が腹に触れる。同時に踏み込み。
「マジカル☆八極拳!」
踏み込みによる震脚、ズンという衝撃が離れた位置にいたユキの脚まで伝わる。
「――ッッッ!!」
悲鳴さえ許さず、虎人の体が真後ろへ吹き飛ぶ。土煙を上げ地面をバウンド、転がりながら茂みへと飛び込んだ。
「え、ちょ、それ……?」
明らかにユキの考える魔法少女の魔法とは違った。違い過ぎた。
――ガ、ガチ肉弾系……?
ユキの脳裏に日曜朝八時半あたりに見れる少女戦士の姿が浮かぶ。
「トリプル☆プレイ! 敵はまだ生きてるバン!」
ひとーばんの声、茂みの中からヨロヨロと虎人が立ち上がる。
「やっぱりこれだけじゃだめみたいね……だったら!」
再び掲げられるバトン、プリズムが乱舞。
「ランランファンシ~、ラブラブドリ~ミ~」
やはり最初はファンシーな呪文、しかしすぐに切り替わる。
「四凶を狩りし皇帝の、秘策万策十重二十重。戦国巡りて戦場に、超絶軍師の奇策となりて!」
――全ッ然ッファンシーでもキュートでもない!
ユキの絶望をよそに、ナオの呪文が続く。
「堅轟鎖縛、術式流転。
絡め捉えよ、秘術の陣術!」
ナオの体、服の裾から何かが飛び出す。長方形、複雑な文字、それはユキにも見覚えがある。
――キョンシーに張ってある、アレ?
中国の護符、そうとしか表現できない紙の群れが虎人へ殺到していく。
「――マジカル☆八門遁甲!」
膨大な護符が虎人を絡め取り、捕縛。
太い四肢も強靭な顎も、みっちりと巻きつく護符に固められ、身動き一つとれない。
――バ、バインド技!?
すでに魔法少女がどうのではない。どちらかというと勇者ロボの領分だ。そして、バインド技ということは次の技は決まっている。
「――はっ!!」
気合いと共に、少女の体が闇夜に舞う。高く、そして鋭くしなやかな跳躍。
「ランランファンシ~、ラブラブドリ~ミ~」
夜の公園、その真上から降り注ぐ魔法少女の声はどこまでも透き通っていて――正直不気味だった。
「積み上げるは業。重ねるは罪。力とは己、生き様とは傲慢」
やはり、呪文が切り替わる。しかも前のより物々しい。
「寄り所は刃、死に場所は戦場。従えるは、欲望のみ」
手に持つバトンが伸びる。先が広がり変形。その形はかつての英傑が得意とした得物に酷似。
武器を空中で構えた。ギリリと少女の細腕が引き締まる。
「三国最強、無双無残!
血よ震え、ただ力のままに――――」
声と共に轟風が駆ける。巻き上がる砂塵の中、ユキは確かに、ナオの後ろに浮かぶ鬼神のような男のイメージを見た。
「――――ッッッ!!」
叫ぶ虎人、だがその咆哮は、一直線に下降する斬撃の前にかき消される。
虚無さえも切り裂くような一撃、その前に許される行動は、ただ受ける事のみ。
「――マジカル☆方天画戟!」
断たれた虎頭が、夜に舞った。
制御を外れた胴体が、鈍く音を立て倒れる。
月はただ、静かに照らしていた。
「……これは魔法少女じゃないでしょ?」
怪訝な表情で尋ねるユキに、ひとーばんが心外な表情で答える。
「なにいってるバン! れっきとした魔法少女だバン! ……正式な名称は『魔神外法仙少女太母』だけど」
「……それは神行太保とか混成魔王みたいな二つ名としての魔法少女って意味?」
類別ではなく、固有名詞か。
「いったい今の……えーと、魔法? はいったいなんなの?」
「一言でいうと、魔法少女トリプル☆プレイはすべての三国志武将の能力が使えるバン」
「……なにそれ」
三国志と魔法少女、まったくつながらない。
「マジカル☆八門遁甲は孔明で、マジカル☆方天画戟は侶布の能力バン。トリプル☆プレイは武将の能力を正確に再現できる魔法が使えるバン」
「ほら、こうやると使える武将さんのデータが映るんだよ」
ナオの差し出した左腕、そこにはめられたブレスレットから光が発生。宙にホログラフィが浮かびあがる。
ずらりと並ぶ能力値と名前、顔グラフィック。目で追いきれない。
「でもあたし頭悪いからよく覚えきれなくて……顔も似た人多いし」
「容量と手間の都合で武将の八割は同じ顔グラ使ってるバン」
「コーエーより手抜いてんじゃないわよ!」
ていうか魔法少女のアイテムに容量ってなんだ。
「……ところで、なんか流れで殺しちゃったけど、あの虎人間はあのままなの?」
ユキの指差す先には、虎人の頭と体。
「ああ、あれは問題ないバン」
ぐずりと、虎頭が溶ける。胴体が縮む。
「……ひっ」
思わず後ずさるユキ。だが溶けた胴体には、いつのまにか頭がついていた。
ユキにはその顔に見覚えがあった。
「あれ、久保川さんとこの息子さんじゃない?」
丸い輪郭、不健康な顔色、無精髭。たしか三十過ぎてひきこもりという評判の男だ。
「情報には物理力があるバン。長く受け継がれ、劣化することなく拡散した情報にはより強い力があるんだバン」
とうとうと、ひとーばんは事の原因を語り出す。
「より受け継がれやすい情報の形として物語があり、物理干渉力を増した物語はやがて物語に合う人の精神を寄り代に現世に顕現するバン」
虚構が形を持ち現実を侵食する、にわかには信じがたい。たが確かにあの虎人は特殊撮影などの類いではない。
「あの虎人は『山月記』の顕現バン。エリートが転落して虎になる物語が、大学院まで出ていまだ無職のあの男の妄執に合致してしまったバン」
「……今時、そういう人って結構いるんじゃない? だったらもっと虎人になる人がいても」
まだまだ世の中は不景気である。
「この山月記の場合は世間から認められない無職のほかに
『同居してる両親から死んでくれと思われている』
『壁を叩いて食事を要求する』
『ロリコン』
というトリプル役満な条件が必要とされるバン。その条件にぴったり合うのが久保川さんとこの息子さんしかいなかったバン」
山月記の虎になったエリートはそこまでひどくなかった気がする。
「……あのオッサン、あのまま死んでたほうが幸せだったんじゃない?」
「……最近の女子中学生は恐ろしいことをさらりと言うバンね」
ひとーばんの額にはうっすらと脂汗がにじんでいた。
「と、とにかくナオ、こんな詐欺みたいな魔法少女なんて止めたほうが……」
「でもユキ、せっかく魔法少女になれたんだし……!」
突如、足元が盛大に爆ぜる。耳を撃つ銃声、かぐわしく香る火薬。
――何!?
現代日本ではまず体験したことがない、だがフィクションではよく知っているポピュラーな暴力の残滓。
銃声、弾痕は散弾。
「ハロー、ジャパニーズフロイラインズ。アメリカ南部式の挨拶は元気が良すぎたかしら?」
声は頭上から響く。月下に照らされる人影は、街路樹の頂点に立っていた。
身に纏うは軍用トレンチコート。流れるような長い金髪、肩には星条旗のワッペンが張り付く。
「でも本番はもっとハードにいくわ。魔法少女、リサ・メイカーのマジカル☆トレンチガンは、ポンプアクション無しで撃てるのが売りなんだからね!」
その両手には、やたらゴツいデザインの自動装填式ショットガン二丁。
「あ、新手の魔法少女!? おい、ひとーばん、あれなんだよ! あたし英語喋れないぞ!」
「ユキちゃん、外人さんだよ! 金髪綺麗だよ! アメリカ人かな?」
即座に取り乱す女子中学生二名。S県の片田舎では、未だ外人は珍しい。
「メリケンの魔法少女……! ということはライバル枠なのかバン!」
「……いやその発想はさすがに古すぎないか?」
ユキの呟きを流しながら、金髪の魔法少女、マジカル☆トレンチガンが動く。
「ケミカル、マジカル、ブレインハイ! コカイン、クラック、オーヴァードゥーズ! マジカル☆ワシントン!」
なにか色々と深く質問したいが怖くて出来ない呪文が唱えられた瞬間、ユキ達の地面が動く。
「――何っ!?」
地面を突き破って這いずるは木の根。絡みつき二人の足を拘束。
「私の魔法少女の能力は『アメリカ合衆国歴代全大統領の能力が使える』能力! 初代大統領ワシントンの『桜を操る能力』により公園の桜並木の根を操作したのさ!」
「ワシントンは桜を操ったんじゃなく切ったんだよ! つーか桜切ったエピソードも作り話だ!」
即座に突っ込むユキ。もはややけくそだ。
「え、ユキちゃん、ワシントンの桜の話って嘘だったの!?」
もう大体の人はうっすら気づいていると思うが、ナオは頭がポンコツだ。
「こうなったら、奥の手バン! ユキちゃん、手を貸してほしいバン!」
少女へと近づくひとーばん、その口にはコンパクトがくわえられていた。
「馴れ馴れしくユキちゃんて呼ぶな、あとこっちくんなバケモノ!」
しかし二人には最低限の信頼がなかった。ついでにいうと信頼を作る時間も無い。
「話を聞くバン! このコンパクトで、君に魔法少女になってもらうしか今を切り抜ける方法が無いバン!」
いつになく真剣なひとーばんに気圧されるユキ、無理やり渡されたコンパクトに途方にくれる。
「大丈夫だよ、ユキ! あたしにも出来たんだから、ユキにも出来るよ!」
親友の励ましに、僅かに体を押される。今を切り抜けねば、明日は無い。
「でも、この魔法少女には一体どんな力が……?」
質問に、ひとーばんは頷く。
「よく聞くバン。この魔法少女の能力は……この街の『歴代町内会長の能力を自由に使える』魔法少女だバン!!」
「――役に立つかあぁぁぁああっっ!!」
ユキの放ったコンパクトは、見事にひとーばんの額へ突き刺さった。
次 回 予 告
(適当に無駄に壮大な感じのBGMを脳内にお流し下さい)
街に集う魔法少女達、その戦いは熾烈を極める。
「こうなったら奥の手! ケミカル、マジカル、ブレインハイ! 第47代大統領! マジカル☆マイケル! レッツ、パアァリィィィ! 大統領魂見せてやるわ!」
混沌の鉄狼が吠え、無限の弾丸が舞う。紅蓮の炎は全てを灰燼に帰すのか。
「もう止めようよ! こんな戦い! マジカル☆天下三分の計!」
少女の無垢な願いは、愚かな争いを止め、平穏を勝ち取ることが出来るのか。果たしてその平和は、仮初めの偽物に過ぎないのか。
「だから危険物取扱者の資格はこの状況じゃ役に立つわけないだろぉ!」
そもそも、彼女にまともな出番があるのか。
次回、『魔法少女達の黄昏~勝利の鐘、未だ響かず~』
我らは次に何を得るのか。
読んでもらってありがとうございます。とりあえず、ストレスがたまるか、ドMなので感想で苦情がたまってきたら続き書こうと思います。