1話
「……~~~♪」
「…またキミはそうやって、意味の無い歌を謳うんだね」
悪魔の声に、歌う気が失せた。
「そんな貴方は見えないのに本を読むのね」
そんな彼に、私は棘を刺したくなる。
「…いや、別に見えないわけでもないよ。寧ろ、包帯越しなら綺麗なものしか映らないから落ち着くよ」
にこりと笑う彼に、私は少しの苛立ちを覚えた。
「キミも仲間だと思ってたんだけどな…。翼の無いキミは、空を飛ぶ必要が無いから、無いんじゃないのかい?だからあの時、僕の手を掴んだんじゃないのかい?」
そんなつもりは無い。
ただ、手が伸びてきたからそれを取っただけ。
何故か、そんなことが言えなかった。
私が彼と人間の屋敷で、鳥かごの中で生活をする前の話だ。
これは、私が今記憶している出来事の中で一番古い話。
と言ってもまだ半年ほど前の話。
記憶も無く、荒野に倒れていた私の目の前に、眼に包帯を巻いた青年が現れた。
眼なんて包帯で隠されているのに、しっかりと視線も合って見つめられているような、それどころか虚無の心すら覗かれているような、そんな気がした。
「キミは、僕についてくるかい?」
それがその時の最初で最後の言葉だった。
後は表情も無く、彼の手が私の前まで伸びてきて。
私は"なんとなく"その手を取ったのだ。
そして、今の生活が始まった。
といっても何も無い。
私は意味を持たない言葉で歌を謳い、彼は見えない眼で本を読むだけ。
たまに人間との交流があって、だがお互いの干渉は全く無い日々だった。
別に変わった事が無ければ神経を尖らせることも無く何も無い日々。
平穏だらけの毎日。
悪魔も、人間も、一緒に過ごすだけで教養も束縛も無い。
だけど、そんな日々が崩れ去った。
悪魔の言葉は、それほどまでに、暗かった。
その言葉には憎しみと嫌悪が混ざり合った憎悪。
どうしてそれほどまでにと聞きたくなるくらいの、声。
そんな声がかかったのに、何も無かったかのような変わらない日々が再び始まった。
また、言葉が無くなった。
私は、意味も無く謳い、彼は本のページを捲る。
だけど知らないだけだった。
本当はさり気なく、世界が変わりつつあることに。