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奇跡のコバルト・リヴァー  作者: バーラト・ニラ・インダストリーズ
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第2部:青き聖水の産業化  2-3. 神の味への恍惚

容赦なく照りつける太陽が、ガンジス川の河岸を巨大な蒸し器のように変えていた。しかし、その過酷な熱気さえも、押し寄せた信者たちの狂熱をさらに煽るスパイスでしかなかった。インド全土から、砂埃にまみれたバスや列車を乗り継いで集まった数え切れないほどの群衆は、かつて目にしたこともない異様な色彩を放つ大河を前に、自我を失ったかのような咆哮を上げていた。本来であれば、そこには生命を拒絶するような強烈な塩素と、腐った卵を思わせる硫黄が混じり合った耐え難い薬品臭が漂っているはずであった。


しかし、ラジェシュが配置した巨大な送風機群が、安価な線香の煙と人工的な花の香料を猛烈な勢いで撒き散らし、不都合な真実を重苦しい香霧の向こう側へと隠蔽していた。水面は、自然界の掟を無視したコバルトブルーの波を立て、その不気味な青色の合間からは、化学物質の濃度に耐えきれず内臓を焼かれた魚たちが、白い腹を晒して無数に漂っている。一人の若い信者が、目の前を力なく流れていく魚の死骸を指差し、怯えと戸惑いが入り混じった視線を周囲に向けた。


だが、その微かな理性の芽は、黄金の椅子に深く腰掛けたスワミ・ヴィシュヌの、不自然なほど増幅された声によって即座に踏みつぶされた。ヴィシュヌは、信者からの寄付で購入した特注のブランド製遮光サングラスをかけ、その奥で冷徹な計算を走らせながらも、表向きは全人類を包み込むような慈愛の身振りを取ってみせた。彼は贅沢な装飾が施されたマイクを手に取ると、その声を河岸の隅々にまで響き渡らせた。


「迷える子らよ、恐れることはない。お前たちの鼻を突くこの力強い香りは、死の臭いなどではない。これこそが、破壊と再生の神シヴァが、肉体を持ってこの地に顕現された際に放たれる聖なる霊気、すなわち神の吐息そのものなのだ。そして、この魚たちの姿をよく見るがいい。彼らは神のあまりにも眩い光を至近距離で浴びたことで、何千回もの輪廻の苦しみを飛び越え、一足先に解脱を許された聖なる使いなのだ。彼らは幸運にも、聖なる青の中で泳ぎながら、そのまま天界へと召されたのである」


その説法が響き渡った瞬間、疑念は熱狂へと、恐怖は法悦へと劇的に反転した。群衆は一斉に感涙に咽びながら、互いの肩を押し除け、毒々しい青色の水の中へと競うように飛び込んでいった。それはもはや沐浴という名の儀式ではなく、自らを滅びへと差し出す集団的な投身自殺に近い、凄惨な祝祭であった。


青い水面に飛び込んだ信者たちの間では、もはや物理的な苦痛と精神的な歓喜の境界線は消失していた。ある中年の男は、強酸性の廃液によって赤黒く爛れ始めた自分の両腕を、信じがたいものを見るかのような恍惚とした目で見つめていた。皮膚がじりじりと焼けるような激痛が走るたびに、彼はそれを「神に直接触れられたことによる聖なる熱」として解釈し、歓喜の叫びを上げて自らの胸を叩く。彼にとって、水ぶくれが破れて流れ出す体液は、体内に溜まった前世からの罪が剥がれ落ちていく浄化のプロセスに他ならなかった。


周囲の信者たちもまた、同様の狂乱に身を投じていた。彼らは皮膚が剥離し、生々しい肉が露出する痛みを感じるたびに、それを神への信仰心が試されている証だと信じ込み、さらに深く、さらに長くその毒液の中へと潜り込んでいく。青く染まった水面下では、無数の人間が目を見開き、化学物質に焼かれていく角膜の激痛に耐えながら、シヴァ神の幻影を追い求めていた。彼らが水面に顔を出すたびに、その肌はより一層不自然な赤みを帯び、髪は薬品の影響でバサバサと白く変色していたが、彼らはお互いの変わり果てた姿を「聖者に近づいた証」として称え合った。


川岸のあちこちでは、人々が使い古されたプラスチックのカップや、泥と廃液にまみれた自らの手で、その不気味な青い水を競うようにして喉へと流し込んでいた。重金属を大量に含んだ粘り気のある液体が食道を通り、内臓を内側から焼くような猛烈な不快感をもたらしても、彼らの脳内では、ヴィシュヌによって植え付けられた強固な信仰のフィルターが、その毒の味を「魂を震わせる至高の聖なる味」へと瞬時に変換していった。


一人の老人は、肺に水が入ったのか激しく咳き込み、口の端から青い泡を吹きながらも、震える手で最後の一滴までその水を飲み干した。彼は虚空に向かって細い指を突き出し、血走った目で「シヴァ様が見える!青い光が私を呼んでいる!」と狂ったように叫び声を上げる。その周囲では、ラジェシュが多額の報酬で雇ったプロのカメラマンたちが、重厚なレンズを構えてこの凄惨な狂乱の光景を「奇跡の瞬間」として完璧なアングルで切り取っていた。彼らが撮影した映像は、サテライトを通じてリアルタイムで世界中に配信され、新たな信者と寄付金を呼び込むための華やかなプロパガンダへと加工されていったのである。


カメラマンたちが捉えた「奇跡」の映像は、瞬時に最新の編集技術によって鮮やかな色彩補正が施され、ネットの海へと放流された。画面の中では、苦痛に顔を歪める信者の表情は「神々しき法悦」へと、爛れた肌は「聖なる光の反射」へと見事に読み替えられている。世界中のスマートフォンやテレビモニターに映し出されるその光景は、あたかも現代に再臨した神話の一場面のように美しく、そして残酷なまでに魅力的であった。


ラジェシュは、工場の冷房が完璧に効いた特別室で、壁一面に並んだモニター群を眺めながら、最高級のパニ・プリを口に放り込んだ。彼は、人々が毒水を飲み干し、悶えながらも歓喜の声を上げる様子を、まるで人気ドラマの視聴率を確認するかのような気軽さでチェックしていた。


「見てくれ、李さん。これこそが真のエンターテインメントだ。人間というのは面白いもので、一度『これは聖なるものだ』と脳に刻印されれば、内臓が焼け焦げる激痛さえも天上の快楽として受け入れる。彼らの信仰心は、我が社の重金属廃液を中和する最強の化学反応炉というわけだ」


ラジェシュは、モニター越しに映る、青い泡を吹いて倒れた老人の姿を指差して愉快そうに肩を揺らした。隣に立つ李は、表情一つ変えずに手元の端末を操作し、今この瞬間にもBNI社の公式SNSに「いいね」と「寄付」が雪崩のように流れ込んでいることを報告した。


河岸では依然として、ドンドコと打ち鳴らされる太鼓の音と、ヴィシュヌが唱えるマントラの増幅された声が、死を待つ魚たちの死骸が漂う青い川面に響き渡っていた。信者たちは、自らの肉体が内側から崩壊し始めていることなど微塵も疑わず、ただラジェシュが作り上げた「青い幻想」の中で、幸せな破滅へと向かって踊り続けていた。真実を告発しようとしたアルジュンの声は、今やこの巨大な熱狂の轟音にかき消され、誰の耳にも届くことはなかったのである。

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