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奇跡のコバルト・リヴァー  作者: バーラト・ニラ・インダストリーズ
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第2部:青き聖水の産業化  2-1. 聖水のボトリングと『神益率100%』

工場の巨大な排水管が、母なるガンジス川の柔らかな土を情け容赦なく抉り取り、ドロドロとしたコバルトブルーの廃液を激しい水飛沫と共に吐き出している。その阿鼻叫喚の放流口からわずか数メートルの場所に、太陽の光を傲慢に跳ね返す磨き上げられたステンレス壁のボトリング工場が、奇跡のような短期間でその姿を現した。内部では、最新式のベルトコンベアが無機質な金属音を響かせ、数千、数万という安っぽいプラスチック容器が、まるで戦場へ向かう兵士の列のように整然と流れている。排水口からダイレクトに引き込まれた、重金属の澱みが沈殿する未処理の青い液体が、次々とその空洞を満たしていく。


工場の入り口では、ラジェシュ・グプタが、はち切れんばかりの腹を満足げに両手でさすりながら、山積みになったばかりの製品ボトルを一ぎわ高く掲げた。


「いいかね、李さん。このボトルの輝きを見てくれたまえ。これこそが、数千年の信仰と最新の化学反応が結託して産み落とした、現代のサマドラ・マンタン、すなわち乳海攪拌の再来なのだよ」


ラジェシュが手に取ったボトルのラベルには、猛毒を飲み干して首を青く染めたとされるシヴァ神が、後光を背負って慈愛に満ちた笑みを浮かべている姿が描かれていた。その横には、見る者の理性を奪う「ニーラ・アムリタ」という金色の文字が、これでもかとばかりに躍っている。さらにその下には、ラジェシュの甥がロンドンの留学先で適当に聞きかじった知識を動員して考案した「5Gの有害電磁波を中和し、体内に蓄積された負の磁気毒を根源から浄化する」という、仰々しいキャッチコピーが最新のフォントで印刷されていた。


ラジェシュは、脂ぎった親指でボトルのキャップを軽快に弾き、隣で冷徹にタブレットを見つめる李に向かって、腹の底から響くような哄笑を上げた。


「原材料費は実質ゼロ、いや、本来払うべき廃棄コストを考えれば、これは作れば作るほど金が湧き出す魔法の杖だ。猛毒を神の飲み物として売る。これこそが、資本主義の冷徹な計算とインドの熱烈な信仰が完璧な形で融合した究極のビジネスモデル、すなわち神益率100%の奇跡なのだよ」


彼はそう言うと、ボトルのキャップを開け、鼻を突くような金属臭が漂う青い液体を愛おしそうに見つめた。彼の瞳には、聖なる大河を犠牲にして積み上げられる、目も眩むような黄金の山が、既に確固たる現実として映し出されていたのである。


この呪わしくも美しい「聖水」の流通を担うのは、かつては暗い路地裏で密造酒や盗品を扱い、警察の目を掠めて生きてきた地元マフィアの面々であった。彼らは今や、ラジェシュから公式に発行された「BNI社認定・聖なる販売代理店」という、偽りの権威に満ちたホログラム付きの認定証を胸に掲げている。マフィアの親玉たちは、自らの成功を誇示するように首から提げた指ほどもある太い金鎖をジャラジャラと鳴らし、高級SUVの隊列を組んでインド中の駅や寺院を巡った。


彼らが、まだ薬品の匂いが残る「ニーラ・アムリタ」の箱を、駅の売店のカウンターにドンと威圧的な音を立てて置くと、店主たちは生きた心地がしなかった。マフィアたちは、サングラスの奥に冷酷な光を宿しながら、しかし口元には商売人らしい不気味な微笑みを浮かべて囁く。


「いいかね、店主。これはただの水ではない。国を救い、魂を救うシヴァ神の贈り物だ。これを棚の一等地に置かないという選択は、信仰への反逆であり、ひいてはこの地域を治める偉大なるラジェシュ様への不敬にあたる。意味はわかるな」


彼らの背後に控える政治家や警察の影、そして何より腰元に隠された拳銃の膨らみを察した店主たちは、震える手で他社のミネラルウォーターを棚から放り出し、代わりに不気味な青いボトルを整然と並べ始めた。


駅のプラットフォームは、人々の吐息と列車の排気ガスで蒸せ返るような熱気に包まれている。その喧騒の中で、ラジェシュに雇われた物売りたちが、ボリウッド映画の宣伝役のような大仰な身振りで叫び声を上げた。


「ニーラ・アムリタ! ニーラ・アムリタ! 魂を青く染め上げろ! 5Gの呪いを焼き払い、体内の毒を洗い流す神の滴だ!」


喉を枯らし、日々の重労働に疲れ果てた貧困層の労働者たちは、コカ・コーラよりも安価で、しかも自分たちの健康と来世を保証してくれるというこの青い水を、藁にもすがる思いで買い求めた。彼らはボトルのキャップを歯で噛み開け、一気にその液体を喉へと流し込む。一方で、エアコンの効いたジムに通う高級住宅街の富裕層たちもまた、この狂乱の例外ではなかった。彼らはヨガのレッスンの後、滝のような汗を拭いながら、「最新のデトックス・ミネラル」として、クリスタルグラスに注がれた毒々しい青を優雅に、かつ得意げな表情で飲み干した。


彼らのグラスの中で、重金属の細かい澱が室内の照明を反射し、まるで星屑のようにキラキラと輝いていたが、それを目にした人々は、神の光が奇跡的に結晶化したものだと信じて疑わなかった。科学的な疑念は、ラジェシュが巧妙にばら撒いた「神聖」という名のヴェールによって、完全に覆い隠されていたのである。


ラジェシュの社長室にある特大のモニター画面には、インド全土の売店からリアルタイムで送られてくる売上データが、まるで降り注ぐ流星群のような光のドットとなって表示されていた。一個数ルピーという小額の決済が、数億人の喉を潤すと同時に巨大な濁流へと姿を変え、彼のスイスの口座、ケイマン諸島のダミー会社、そしてデリーの隠し金庫へと、音もなく、しかし確実に吸い込まれていく。ラジェシュはその光景を眺めながら、最高級のシルクで設えられたクッションの上に、短すぎる自分の足を誇らしげに投げ出した。


「見なさい、李さん。一滴の浄水も通さず、一ルピーの誠実さも混ぜず、ただ毒をラベルで包むだけで、金が無限に増殖していく。かつての錬金術師たちは鉛を金に変えようと躍起になったが、私は廃棄物を信仰に変えたのだよ。これ以上の芸術がこの世にあるかね」


彼は側に控える李に、満足げな視線を送った。李は相変わらず無表情であったが、その眼鏡の奥で、計算され尽くした利益率の数字が静かに明滅している。ボトルの底に沈殿する重金属の細かい澱は、飲む者の食道や胃壁に静かにこびりつき、細胞の一つ一つを蝕んでいく準備を整えていたが、そんな物理的な現実はラジェシュの関心の外であった。彼にとっての「神益」とは、川がどれほど死に、人々がどれほど不純物を飲み込むかに比例して積み上がっていく、絶対的な勝利の指標であった。


工場の窓の外では、夕闇に包まれ始めたガンジス川が、さらにその色をどす黒い青へと変えながら流れている。かつては聖なる水を求めて集まった巡礼者たちが、今は工場が排出したばかりの温かい「ニーラ・アムリタ」を、ありがたそうに頭から被り、あるいは家族全員で回し飲みをしていた。聖なる川の汚染が進めば進むほど、人々の渇きは増し、ボトリング工場の機械はさらに狂ったような速度で回転を速めていく。


ラジェシュは、手元に置かれた金メッキのボウルから、油で揚げたてのカシューナッツを一つ摘み、それを大きく開けた口の中へと放り込んだ。咀嚼するたびに彼の二重顎が下品に揺れ、その顔には、この世の全てを支配した者の特権的な悦楽が、べっとりと張り付いていた。彼は再びモニターを見つめ、上昇し続けるグラフの青い線が、シヴァ神の喉の色と完全に一致していることに気づき、心地よい喉鳴りをさせた。

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