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奇跡のコバルト・リヴァー  作者: バーラト・ニラ・インダストリーズ
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第3部:聖なる変異と青き檻 3-3. 永遠の循環

最初の放流から四半世紀という、残酷なまでに長い月日が流れ去った。BNI社の本社ビル最上階、外界の喧騒と悪臭を完全に遮断した社長室では、老いさらばえたラジェシュ・グプタが、贅を尽くした特注の車椅子に深く沈み込んでいた。かつての脂ぎった傲慢な肉体は、長年の不摂生と重金属の蓄積によるものか、あるいは飽くなき強欲が招いた報いか、今や奇妙なほどに萎み、不自然に余った皮膚ばかりが目立っている。彼の喉元には、皮肉にも彼自身がかつて世界に広めたあの偽りのプロパガンダの通り、不気味なほど鮮やかな青色の痣が広がり、呼吸を繰り返すたびに、壊れた鞴のような喘鳴を室内に漏らしていた。


彼の傍らには、かつて実権を握っていた李に代わって着任した、中国側の若きエリート幹部が泰然と立っていた。若者は、寸分の狂いもない仕立てのスーツを着こなし、塵ひとつない巨大な窓の外を見下ろしながら、その端正な顔立ちに冷淡な笑みを浮かべて手元のタブレットを操作している。その高精細な画面には、地域の住民たちが次々と「聖なる召天」を遂げる死亡率の急上昇と引き換えに、右肩上がりに無限の伸びを見せ続ける、冷徹で完璧な収益グラフが表示されていた。


窓の下に広がるかつての聖地リシケシュは、もはやこの世の論理では説明のつかない、異次元の光景へと変貌を遂げていた。かつて銀色に輝き、滔々と流れていた母なるガンガーの面影は、どこを探しても見当たらない。そこにあるのは、魚一匹、虫一匹の気配すら絶え果てた、粘土質の青い泥が生き物のように地を這い、ゆっくりと移動するだけの死の運河である。かつての清流は流動性を完全に失い、蓄積された重金属の重みによってドロドロとした塊となり、停滞した大気には、廃液が腐敗したような、肺の奥深くを刺し貫く異臭が霧となって充満していた。


ラジェシュは、かつて自分が夢見た「富の源泉」が、期待とは異なる地獄の形を成して完成したのを、濁った瞳で見つめていた。彼の体はもはや自由を失っていたが、その意識の奥底には、自らが成し遂げた史上最大の詐欺に対する、歪んだ達成感だけが澱のように溜まっていた。


窓の外、地獄の業火で煮詰められたような死の運河の岸辺を埋め尽くしているのは、もはや数百万という単位にまで膨れ上がった狂信者たちの群れであった。彼らは、肺が爛れるような異臭を天上の芳香であるかのように深く吸い込み、歓喜の叫びを上げながら、その粘つく青い泥を両手で愛おしそうに掬い取っている。彼らは互いの顔や体にその泥を塗りたくり、皮膚が化学火傷でただれ、重金属で眼球が濁り、もはや歩行すらままならないほど関節が変形した自らの肉体を、「神に愛された証」として誇示し合っていた。


死の沈殿物が層を成して堆積した川面に向かい、彼らは一心不乱に祈りを捧げ、異形の舞を踊り続ける。その熱狂の渦中、眼下の寺院の境内では、天を突くような盛大な焚き火が焚かれた。しかし、その炎の中に投げ込まれているのは、供物ではない。かつてアルジュンや良識ある科学者たちが、自らの命を削り、将来への警鐘として書き残した汚染の真実を告発する調査報告書や、「このままでは全滅する」と悲痛な叫びを記した警告書の束であった。


スワミ・ヴィシュヌの教えを継承した若き僧侶たちは、それらの書類を掲げ、群衆に向かって高らかに宣言した。


「見よ。これらは、我らの魂が青き神へと進化することを妬んだ悪魔が、偽りの言葉で記した不浄な経典である。炎によってこれらを浄化し、我らの聖なる歴史から抹消せよ」


群衆からは、真実を焼き払う炎を祝福する怒号のような喝采が巻き起こった。紙の焼ける不吉な黒い灰は、重金属の霧が立ち込める青い空へと吸い込まれ、永遠にその行方を失った。歴史の証言は、信者たちの陶酔の歌声と、パチパチとはぜる炎の音の中へと消えていき、この地に残されたのは、BNI社が都合よく書き換えた「聖なる神話」の断片だけであった。


「見てください。神話は完成しました。真実を知る者は、もうこの世界には誰一人として残っていないのですよ」


若き幹部が、まるで完璧なチェスの詰みを宣言するかのように、一切の感情を排した声でラジェシュに告げた。その冷徹な言葉は、閉ざされた室内で空虚に響き渡った。


ラジェシュは、濁りきった瞳で眼下の狂乱を見つめ、脂の抜けた枯れ木のような指を震わせながら、防弾ガラスの冷たい感触を確かめるように触れた。窓の向こう側では、青い泥にまみれて踊る群衆が、自らの肉体が崩壊していくことさえ忘れたかのように、黄金の宮殿に見立てたBNI社の工場に向かって熱狂的な感謝を叫び続けている。彼がかつて李と共に蒔いた一粒の嘘は、二十五年の歳月をかけて、人類の認知そのものを歪ませる巨大な神話へと結実していた。


「素晴らしい……。私の名は、未来永劫、この青き民の救世主として刻まれるのだな」


ラジェシュは、自身の喉元から漏れる、ひどく弱々しく下濁った喘鳴を噛みしめるように呟いた。彼が作り上げた「青い帝国」において、真実という名の毒はすでに歴史の灰の中に解毒され、永遠に消えることのない「神の奇跡」だけが大地を支配していた。富も、権力も、そして人々の魂までもを掌中に収めた満足感が、彼の衰えた意識の最後を甘く満たしていく。


若きエリート幹部は、もはや言葉を発することもなくなった老人の背中を一瞥し、興味を失ったようにタブレットの電源を切った。室内に残されたのは、高級な空気清浄機が空気を循環させる無機質な音と、窓の外から微かに届く、数百万人の信者たちが捧げる野性的な詠唱の声だけであった。


ラジェシュは、青い泥にまみれて喜びに震える群衆の一人ひとりと視線を合わせるかのように、ゆっくりと瞼を落とした。彼の口元には、自らが仕掛けた史上最大の詐欺が、誰にも暴かれることなく永遠の真実となったことを嘲笑うような、かすかな微笑が浮かんでいた。彼はその満足げな表情のまま、自身の青い痣に侵された喉から溢れる最後の一息を、静かに、そして深く吐き出した。


彼の心臓が停止したその瞬間も、眼下の死の運河では、青い水を聖なる雫として崇める民たちが、不気味なほど鮮やかな青の飛沫を上げて踊り続けていた。そこには、外部の理屈が一切通用しない、完璧に完結した循環の世界が横たわっていた。ラジェシュという一人の詐欺師が残した遺産は、死を救済と履き違えた人々の狂乱の中で、永遠の神話としての生命を宿し始めたのである。


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