2.大学生活(2)
「やばいやばい遅れる!」
食堂でだらだらしゃべっていたら時間ギリギリになって、道花は紬と並んで慌ててグラウンドに向かっていた。ちらりと見ると、人は集まっているけれどまだ講師は来ていないようだ。間に合った。
しれっと集団に混じってさっきからここにいましたという顔をしていると、そのすぐあとに、サッカーボールを手に持って講師がやってきた。
スポーツ科学科には実技の授業がある。この学科では保健体育の教員免許がとれるようになっていて、他にも野球やバレーなんかがある。中学や高校の体育の授業と似ているかもしれない。
最初は軽くストレッチをしてパス練から。
本気の部活とも高校の授業とも違うゆるい雰囲気で、みんなリラックスしている。主要スポーツの基本ルールを学ぶための科目のはずだが、実質は友だちとのおしゃべりタイムだ。
「道花って高校の部活バスケだったよね?」
道花がゆっくりボールを蹴ると、それを辿々しく足で止めた紬がそう聞いてきた。
「そうだよ」
「バスケはとらなかったの?」
「もう十分ルールとか分かってるからさ。違うのやってみたいなと思って」
少し声が硬くなってしまったけれど、紬は気づかなかったようだ。
「たしかに。この緩さだしね」
笑って納得する紬に聞き返す。
「紬は柔道だったっけ?」
「そうそう、私は球技が」
その言葉とともに、紬の足はスカッと音がしそうな勢いでボールの横を滑った。
「あー! ほら! すぐこうなる!」
「ごめん!」
「いやいや、私球技がほんとだめで」
ボールを抱えて戻ってくると、紬はうんざりした表情で言った。
「就職、なに目指したらいいか分かんないや。教職もとってるけど、球技こんなんだときっと駄目だよね」
「え~? 関係ないんじゃないかな、自分がプレーするわけじゃないし……あ、でも部活持たされるとそうはいかないか。やったことなくても指導しないとだもんね」
「やだー」
大空に向かって叫ぶように言うから、ふはっと吹き出してしまった。
同時にピー、とホイッスルが鳴り、パス練習をやめてゴール前に集合した。
「高校の同級生でさ、騎手になるって言って馬術学校行った子がいてー」
「へぇ、馬術!」
三チームに分かれて試合が始まった。残り二チームが試合をしている間、残りのメンバーは見学だ。目線はボールを追いながら紬が話し始めたので、耳を傾ける。
「プロになりたいんだって。その子バスケしてたんだけど、身長が低くてさ」
「なるほど……騎手は逆に身長制限あって有利か。ちゃんと調べて選んだんだ」
「そうなの。すごいよねー。なんだろ、高校の時からやっぱ違ったけどさ、そういう子ってちゃんと将来的見据えてるっていうか」
「わかる」
うん、と深く一回頷いた。同じ部活でも、プロを目指す子はひと味もふた味も違う。まず覚悟が違う。絶対に目指すんだ、という軸がぶれない。
「大学入った時点で、スカウトも目ぼしい選手には目を付けてるだろうね」
「まじで狭き門って感じ」
「狭き門といえば、トレーナーもそうでしょ」
「ひー! 思い出させないで!」
紬が耳を塞いでみせるその姿が演技じみていて、くすりと笑いを零した。
トレーナーやコーチを目指してこの学部に進学する人も多いが、卒業後すぐになれる人はほとんどいない。プロのアスリートの経験があるほうが当然なりやすく、新卒、未経験でとってくれるところはないに等しい。だから道花たちの就職先として可能性があるのは、一般企業の営業職だったり販売職だったりが多いのだ。その中でもスポーツ用品のメーカーなんかはトップの人気。普通に応募しても、絶対に書類選考すら通らない。
「部活入っといたらよかったかな~、OBのコネ使えるらしいし」
「どうなのかな」
それはそれで、結局は狭き門だろう。先輩のお眼鏡に適わないといけないという意味では、やっぱりどの道を選んでも、誰かと比較の上で評価される。
「道花ははっきりしてるから、見つかれば早そう」
「そんなことない。なんか最近さ、もう、なーんにも分からなくなってきて」
「めっちゃわかる」
全部を投げ出したい、みたいな声色で言うと、紬が弾けるように笑った。
何か問題が解決するわけでも、話が前に進むわけでもない。それでもこうして話していると、どこか安心するのが不思議だ。
これが大学生活の醍醐味と思えば、そうなのかもしれない。




