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ゴールを揺らすのは、後悔以外で  作者: ひねみずうみ


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19.波乱(2)

「おっもしろかったぁ~」

「よかった」


 試合が終わると、紬は、呼吸をするのを忘れていたみたいに息を大きく吐いた。その様子が微笑ましい。バスケを楽しんでくれたことが伝わってきて、素直に嬉しい。


「道花も、前回より楽しそうでよかったわ」

「ありがとう……ごめんね、ほんとに」

「ぜーんぜん」


 莉央が気にしてくれていたことに申し訳なくなる。軽く手を振る莉央に感謝を込めて微笑んで、それから二人に聞いた。


「このあとどうする?」

「ごはん食べに行こうよ」

「いくいく!」


 インカレに比べると、出口が空くのを待たなければならないほどの人の多さではない。三人でそう言葉を交わして立ち上がって、出口に向かおうとした時だった。


「うわ」


 すぐ後ろから、女の子の声が聞こえた。ただ、やけに低くて、なんとなく、その声がこちらに向けられているような気がして振り返る。二つの大きな目が、はっきりとこちらを向いていた。


「……っ」


 尾澤結衣。高校の時も、そして、先日も逃げてしまった相手。茶髪を後ろでまとめて、キラキラとした女子大生になった顔がそこにあった。心臓がきゅうっと縮こまるようになる。でも、それは彼女には見えないはずだ。


「道花じゃん」

「結衣」

「なんで来てんの」


 もしかしたら、結衣も変わっているかもしれない。舷に再会してから何度か考えたことだった。あの頃は、お互いが未熟なためにぶつかりあっただけ。舷と同じように、結衣だって後悔しているかもしれない。

 その考えを、一瞬で捨てる。

 そんなことはなかった。


 ――こいつは、変わってない。


 吐き捨てるような言葉は小さかったけれど、はっきりと道花の耳に届いた。彼女が変わっていないと確信したのは、こんなふうに、相手が体勢を整える前に一気に悪意で畳みかけるようなやり方が、あの頃と全く同じだったからだ。声の出し方一つでもそう。相手が一瞬聞き間違いかと思う、でも必ず耳に届く絶妙ないやらしさ。懐かしくて嫌になる。


「あんたの許可がいるの?」

「……っ、はぁ?」


 目を逸らさずに、偉そうな声が出せた自分に満足した。高校の時は、そもそもこれが悪意なのか判断がつかなくて、初手で踏み込まれてしまった。あの頃の道花は、キャプテンという立場や部員のことでがんじがらめになって身動きがとれなかったからというのもある。でも、今は違う。


 結衣が気圧されたのが分かった。

 これで、十分だ。


「莉央、紬、いこ」


 隣の二人が結衣に向かって威嚇してくれていて、それがおかしくて少しだけ笑うことができた。結衣の反応には興味はないので、もうそちらは見ない。背を向けると、二人が顔を寄せてきた。


「あいつ?」

「あいつって。でも、そう」


 こそっと莉央が聞いてくる。お互い少ない言葉でも、何を言っているのか理解し合えるのがありがたい。気づけば、自分の手が少し震えていた。本当に嫌になる。


「今の、よかったよ」

「ふっ」


 紬が変なコメントを言うから、おかしくて笑ってしまう。だが、その時だ。


「ねぇ! ちょっと!」


 一瞬緩んだ気をもう一度引き締める。名前を呼ばれるまでは、絶対に振り返らない。


「ねぇ、道花!」


 痺れを切らしたようにやっとそう呼ばれて、わざと気だるそうに振り返った。


「何?」


 冷たく、吐き捨てるように返した。性格が悪いかもしれないけれど、一歩も引かないというパフォーマンスだから大目に見てほしい、と、誰にともなく言い訳をする。

 結衣はまたひるんだ。そして、そんな自分が悔しかったのか、ぐっと、踏ん張るような表情を見せる。


「あんた、今も、会ってんの? 舷くんと」

「結衣に関係ないよね」


 道花は鼻で笑ってみせた。高校の頃と違っていいところは、別に無視されようがなにしようが、道花の生活にはなんの影響もないということだ。もう、何一つ譲らない。

 結衣が無理やり口角を上げて笑みを浮かべて言った。


「ていうか、態度悪くない? なに、高校の時のこと根に持ってるってこと?」


 あえて声を大きくしたのは、莉央と紬に聞かせるためだろうか。

 腹の奥が煮えたぎっているみたいに熱くなる。でも、感情的になったら負けだ。声が震えそうになるのをぐっと抑えた。


「高校の時のこと? 先に言っとくけど、絶対謝らないでね」


 大人びた笑顔を意識して、淡々と。結衣の目が見開かれたところに、落とした。


「私があんたを許すことはないから」

「はぁ!?」


 結衣の顔が、かあっと赤くなる。


「性格わっる。ていうかなんなのその上から目線。あんたがイケてないからキャプテン下ろされそうになって、逃げただけじゃん!」


 通路に声が響き渡り、ちらちらと周りの人がこちらを見る気配がする。でも、こんなふうに言われたら、こっちだって止められない。


「あんたが自分がキャプテンになれなかったのを根に持って、練習メニュー無視したり性格悪い嫌がらせしたからでしょ」


 怒りでぐっと拳を握りしめる。罠にかかったとでもいうように、結衣がにやりと笑った。


「うっわ、人のせい? 香織、この人さぁ~」


 にやにやして隣の友人に耳打ちしようとする姿に高校の頃の光景が思い浮かんで、唇を噛み締める。

 その時だ。


「あんた、ほんとレベル低いね」

「は? え? 意味わかんないんだけど。ていうか誰」


 呆れたように言ったのは莉央だ。そうだ、そばに心強い味方がいた、と思い出す。


「性格悪すぎる~。ねぇいいの? こんなやつと一緒にいる必要ないと思うけど」


 紬は結衣ではなく、香織と呼ばれた子に向かって言った。彼女がびくっと肩を震わせる。


「あんたに関係ないじゃん!」

「ちょっと、すみません。どうされましたか」


 結衣が一層大きい耳障りな声を出したところで、男性が駆け寄ってきた。首からスタッフの名札を下げている。


「こちらでは試合を観に来た方の邪魔になりますので、えっと、会場内では、ちょっと」

「すみません」


 道花は、急激に我に返った。というか、周囲の光景がはっきりと目に入ってきた。ちらちらとこちらを見る好奇心一色の目、にやにやする顔、迷惑そうな顔。恥ずかしさと申し訳なさでかぁっと顔が熱くなる。でも、結衣はそこでも引かなかった。


「え、私この人たちに絡まれただけなんですけど。逆に注意してもらいたいです」

「うわぁ」


 紬が呆れて溜め息混じりの声を落とした。スタッフの人にまでそんな要望をするなんてありえない。まともにやり合わないほうがいい、と冷静になる。


「迷惑かけてすみません、もう帰ります。ごめんね、行こ」


 道花は男性に向かってぺこりと頭を下げ、莉央と紬と目を見合わせた。

 二人はまだ後ろを睨む……ではなく、威嚇している。


「あいつのせいで怒られたんだけど。うざっ」


 後ろから聞こえた声にまたいらっとさせられたけれど、もう振り返らないと決意していた。


「やばかったね」

「あれはやばい」


 結衣の声が聞こえなくなったあと、二人がそう言ったのに頷いた。そのまま歩いて、大学の構外に出てやっと、落ち着いて呼吸ができた。

 どっと、疲れた。



『舷くんにも言っといたら?』


 家に帰ると、三人のグループに、紬からそうメッセージが届いていた。


「うーん……」


 スマホを持ったままベッドに仰向けに寝転がる。


(どうしようかな……)


 画面を見ながら考えた。少なくとも、今日はやめておこう。結衣との言い合いで頭が興奮してしまっていて、自分でも整理できていない。たしかに、立誠大学の観覧席で起きたことだし、道花も、舷の耳には入れておいたほうがいいとは思う。でも、なんて?

 トラブルになったけど、道花は悪くないんだと結衣みたいに弁解する? 結衣がまた来るから気を付けろ? 道花からそれを言うのも、何か違う気がした。


(ちょっと前まで、舷に相談しようなんて思いもしなかったのに)


 不思議だ。決して時が止まっていたわけではないけれど、舷と再会してからいろいろなことが動き出したような気がする。

 いいことばかりじゃないし、舷と完全に歩み寄れたわけでもない。でも、大学に進学してから、いや、バスケ部を退部してから、ずっと霧の中にいるような気持ちだったから、目の前が開けていくような感覚はとても気持ちがいい。


 とりあえず、舷には次に会う時に話すことにした。内容はもう少しよく考えよう。そこで、ふと思った。


(そういえば舷って結局、女バスで起きたことをどこまで知ってるんだろ……?)


 おそらく高校の時、舷は女子バスケの中で起きている陰湿なやりとりには気づいていなかった。道花の性格が原因の、キャプテンとしてのマネジメント不足だと思っていただろう。それも、間違いではないけれど。


(あとから、詩織に聞いたのかもしれない)


 それだと、再会した時の舷の変化も頷ける。詩織にも結局、舷のことを聞けていないままだ。つい最近まで忘れて蓋をしておきたいと思っていたことなのに、今はそれに触れてみたくなっている。

 今度会った時、聞いてみよう。もう、そのための勇気は出せる気がする。


(今日、あんなみっともない言い合いができたんだもんね)


 思い出すと、少しおかしかった。無事にというと変だけれど、結衣に自分の態度を示せたという安心感からか瞼が重くて、道花の意識はそのまま睡魔に引っ張られていった。

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