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ゴールを揺らすのは、後悔以外で  作者: ひねみずうみ


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18/26

18.波乱(1)

 試合当日、駅の改札を出たところで待ち合わせた紬は、ルールブックを片手に現れた。


「そこから入るかぁ」

「いや、そういうもんでしょ! ほかの競技への敬意の示し方として!」


 莉央の突っ込みに紬は胸を張る。道花は莉央と顔を見合わせた。


「どちらかというと最初はルールとかあんまり気にせずに、なんていうか、出し物見るみたいに楽しんだほうがいい気がするな」


 道花の言葉に、莉央もうんうんと頷く。


「そう思うよ。今のプレー、なんかわかんないけどかっこいい、から始まって、なんで今ファウルなの!? とか思うところがあればルールを調べる、みたいな」

「え~、そういうもん~?」


 会場になっている桜日(おうにち)大学に向かって歩きながら、紬が不満げにルールブックを鞄にしまう。うんうんと頷きながら莉央が言った。


「とりあえず私としては、まずは舷くんを見てほしいかな」

「それもどうかと思う」


 道花は莉央の言葉に突っ込みを入れつつ、スマホで地図を確認する。道を曲がると大通りに出た。左右は桜並木だ。大通りの突き当りに見えるのが、目的の桜日大学のようだ。


「これ、春めっちゃ綺麗だろうね」

「うちの大学あんまり桜ないからなぁ」


 目に入ってくるものについてほとんど反射で会話を交わしながら、大学構内に入る。試合が行われるのは体育館のBコートらしい。


「よかった、今回は普通の体育館だ」

「え、なんで?」


 会場に入った道花は、ついそう零してしまった。紬がきょとんとする。


「インカレの準決勝、野々木体育館だったんだよ」

「え、ライブとかもやってる?」

「そうそう。プロモーション動画とか音響とか証明とか、なんかめっちゃお金かかってた」

「言い方」


 周りに人もいるのに。莉央の背中をぱしっと叩くと、今度は紬がむくれている。


「え~、そっちがよかった」

「あっ! また紬が思い出して騒ぐ! この話はやめよう!」


 莉央がはっとなって、腕を交差させて大げさなバツ印を作っている。道花は、まだ何か言いたげな紬を強引に席に座らせた。


「こんな近くで見れるんだ? 舷くんどこ?」

「えっとね、あ、あそこ」


 紬の意識はすぐにコートに向いてくれたようだ。莉央がその隣で身を乗り出して下を指差している。道花は苦笑しながら、そちらは見ずに、会場を見渡した。


(これは、たしかに近すぎるかも)


 シュートの練習をしていた選手たちがボールを片付けて、コートを横切るダッシュを始めている。

 高校の時をますます思い出しそうだ。久しぶりに見たバスケの試合がここじゃなくて、あの大きな会場でよかったかもしれない。


「背ぇたっか、かっこよ」

「でしょ?」


 二人の声に釣られて、莉央の指の先を見る。舷だ。

 息一つ乱さずに、軽やかなダッシュを繰り返している。ぼんやりとそれを眺めていると、コートを横切った舷がこちらを向いて、目線を上げた。


「あ」


 莉央の声がして、

 舷と目が合う。

 その目が、ほんの少し細められた。


「ふぅ~ん」


 一瞬、時間が止まったかと思った。気づけば、莉央と紬に生ぬるい目で見られていた。


「……なに」

「いや、そういう感じなんだぁ~って思って」

「なにそれ」

「紬」


 莉央が「みなまで言うな」みたいな顔で首を横に振っている。


(そういう感じって、なに)


 面倒くさくなりそうだったのでそれ以上突っ込まなかったが、熱くなった頬をごまかすように、頬杖をついて顔を半分隠した。


 舷が観覧席に目を向けた理由が、道花を探すためだったかもしれないこと。こちらへ向けられた目が、一瞬ではあったけれど、とても嬉しそうだったこと。

 それに気がつかないわけじゃない。

 心臓はまだうるさく音を立てている。

 からかわれるのも嫌で二人のほうを見られないでいると、またホイッスルが鳴った。


「あ、始まるのかな?」


 二人の意識がそちらにいったことにほっとして、道花も顔を上げた。選手たちが監督の周りに集まっている。


「ちなみにおねぇの一京(いっきょう)大学の推しは、中野選手らしい」

「すごいなお姉ちゃん、全大学の試合見てるの?」

「分かんないけど毎回すごい早口で説明してくる。中野選手はドライブが果敢でイイって言ってた」

「専門用語?」


 紬がルールブックを出そうとするのを笑って止める。せっかく試合を見に来たのに、コートから目を逸らすともったいない。


「ドリブルでゴールに攻めていくこと、かな」

「へ~」


 それぞれのチームが円陣を組み、掛け声を上げる。

 中央に選手が集まり始めた。いよいよだ。


「始まるよ」


 そう声を出した直後、ボールが高くトスされた。ジャンプボール。試合開始だ。


「あっ、えっ、はや!」


 紬がそう声を上げたのは、早速立誠大学が駆け出し、そのままファーストシュートを決めたからだ。


「なんか早すぎてよく分からなかった! あっ、しかももう反対側に! あっ止められた!」

「落ち着いて」

「確かに展開は早いよね」


 莉央が訳知り顔で頷く。


「あっ、舷くんだ」


 舷にボールが渡った。なぜか、道花の心臓も跳ねる。


(いけ……!)


 祈るように手を組みたいところだが、それを我慢して欄干を握りしめた。


「あっ、すごい一人で抜いて……あーっ、何いまの!」


 紬の言葉が何よりも先に出てくるから笑ってしまう。シュートは無事に決まったが、決めたのは舷ではない。


「オシャレだったね」

「オシャレって言うよねバスケの人」


 莉央の突っ込みに笑って、解説を待っている紬のほうを向いた。


「舷は今二人がかりでマークされてて、あのままゴールすると決まらないと思ったんじゃないかな。直前まで自分で行くと見せかけて、味方にパス」

「しかもなんか後ろでパスしてた。なにあれ」

「かっこよ~」


 目をキラキラさせている紬の横顔を見て嬉しくなる。


「あっこれは知ってるぞ! スリーポイントってやつだ!」

「紬、ちょっと声抑えようか」


 また舷がシュートを決めた。ボールが美しい弧を描き、すぱん、と音が鳴る。

 周囲がくすくす笑っている気配がして、苦笑しつつ紬の背中をぽんと叩いた。微笑ましいけれど、これ以上ヒートアップして試合に影響が出ないようにしないと。

 紬の向こうで真剣に試合を見ていた莉央が、こちらを向いた。


「なんか、前の試合と違うね、舷くん」

「うん」


 道花は頷いた。インカレの時は、久々にバスケと舷の姿を見たせいで余裕がなかったけれど、それでも、あの時とは違うのが分かる。なぜだか、胸が熱くなる。

 舷は、楽しそうだった。

 正直、インカレの時よりもミスは多かった。針の穴を通すようなパスを出してみたり、おそらくまだ、チームでも試行錯誤しているフォーメーションを試してみたり、チャレンジが多い。でも決してヤケになっているという感じではなく、時には選手同士で笑顔で耳打ちし合っていて、雰囲気は悪くない。

 案の定というか、スコアも立誠大学のリードだ。


「水上、めっちゃいいな」


 後ろから聞こえた声に頷きたくなる。

 舷が、観覧席を魅了していた。みんなの目が、舷に吸い寄せられる。

 そして。

 直後、ディフェンスも付いてこれないスピードで舷がシュートを決めた。観覧席からつい「おお」という溜め息が出るほどの速さ。シュートを決めた舷が振り返り、チームメイトに向けて、ふはっと笑顔を見せた。

 きゃあ、と観覧席のどこかから声が聞こえた。

 莉央と紬が胸を抑えている。


「ぐっ、今のは! 攻撃力が高い!」

「なんでこっち見るの」

「いや、間違ってもガチ恋しないようにと思って」


 莉央と紬がなぜかこちらを恨めしそうに見てくるから、よく分からなくてスルーすることにした。先日の笑顔を見ていたぶん、道花にはまだ耐性はあったけれど、それでも心臓に悪い。まだ胸はきゅんと疼いている。


「あ、今のなに? なんかしたね!?」

「シザースカットっていうフォーメーションになるかと思うんだけど、今のは、まず舷が若葉くんにパスを出して、そのあとそばを通り過ぎる時に手渡しでパスを受けた。そのあとはディフェンスと一対一のプレーになる」

「ていうか道花もすごいな。これ考えてやってるわけ?」

「私は考えるのは好きだけど、身体がついてこない。今下でプレーしてる選手は、正直みんな化け物だね」


 語弊はあるかもしれないけれど、そう返した。スポーツ選手にもいろいろ種類があって、とにかく身体が先に動くタイプもいれば、考えて冷静に分析して、それを動作に落とし込むタイプもいる。

 自分に合ったやり方が一番だけれど、舷は後者。再現性が高く、ミスも少ない。


(きっと、舷はプロになる)


 道花はそれを確信した。前、インカレで見た時よりも、ずっと強く。

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