15.バスケットボールクラブ(2)
「明海小学校の体育館、だよね。明海バスケットボ―ルクラブ」
「そうそう、えー、ちゃんと調べてる。えらい」
「まぁね……」
先日何も調べずに失敗したからだとは言えず、道花は曖昧に頷いた。
明海バスケットボールクラブは、特に有名なOBやOGがいるわけではないが、やる気のある子が多く、評判がいいらしい。
「山口さーん」
体育館に入り詩織が手を振ると、がたいのいい男性がこちらを振り返って、太陽のような笑顔を見せる。
「わー、鈴原さん、お友達も。今日はほんとにありがとうございます」
さわやかな笑顔に、道花の緊張が一気に解れる。
「女子も男子も、結構人数いますね」
山口の陰から顔をひょこりと出して、集まっている子どもたちを眺めてみる。
「そう、真面目な子も多くて、口コミで安心できるって評判が広がったみたいで。上手い子もいるから、ここでいいのかなって思うこともあるんだけど」
「山口さんは、何かスポーツを?」
「俺アメフトなんですよね。質問されると分からないことも多くて。だからこうして経験者の子たちに来てもらえると、ほんとありがたい」
大きい身体を縮めて手を合わせる姿が、彼の人の良さを伝えてくる。
(この人が詩織の気になってる人なのかな?)
なんとなく、今までの詩織のタイプとは違うような気もする。詩織のほうをちらりと見ると、彼女はなんだか落ち着きなく視線をさまよわせていた。
「あ、あと、今日はタイミングよくて、普段来てくれてる男の子にも会ってもらえるかも」
「そうなんですね」
子どもたちのほうを見ながら、山口の言葉になんとなく相槌を打つ。
(ん? 男の子?)
「あ、きたきた!」
遅れて情報が頭に入ってきて、首を傾げた瞬間。
「水上くん!」
その名前に、身体ががちりと固まった。
(まさか)
ぎぎぎ、と錆びたロボットみたいな動きで入り口のほうを向く。
「山口さんすいません、遅れてしま……って……」
入ってきた彼は、道花のほうを見て、完全に動きを止めた。
また見開かれた目が道花のほうを向いている。今度はすぐに目を逸らすことはしなかったけれど、舷、とつぶやいた声は、声にはならなかった。
「ん? あれ? 知り合い?」
「わ、ほんとだ、ぐうぜ~ん」
詩織のやけに高い声に、彼女がこれを仕組んだのだと確信する。
相変わらず同じ姿勢で固まったままの舷、そして、その雰囲気に首を傾げながらも、笑顔で舷と道花を交互に見る山口。問い詰めるのは後にするしかない。
「はい、高校の同級生です」
そう言って、山口に気づかれないように詩織の服を引っ張った。自分で蒔いた種なんだから何かフォローしてくれればいいのに、なぜかきょとんとした顔をして、山口と同じように舷と道花を交互に見ている。
「ちょっと、なんか言ってよ」
「山口さん」
その時、舷が、先日聞いたものよりも少し高めの声で言った。
「すいません、俺たちも偶然でびっくりしました」
柔らかい笑顔まで見せていてぎょっとなる。これは本当にあの舷か?
「そっか! 大丈夫? 二人とも気まずくないかな? ……って、目の前で聞いたら意味ないか」
別人のような姿にぽかんとなっていると、山口がそう冗談を言って笑った。めちゃくちゃ気まずい相手だなんて、夢にも思っていないのだろう。はっきり返事をするのは避けて、あはは、と愛想笑いをしてごまかした。
「あ、でもそろそろ時間だ。じゃあごめん、早速だけど、子どもたちに紹介するね」
「はい」
そう言うと、山口は道花に向かって手招きする。女の子たちの前に連れて行かれて、舷から離れることができてほっとする。
子どもたちは私語をすることもなく背筋を正して並び、こちらを見ていた。
その目がまるで何かを見定めるみたいに見えて少しどきりとしたけれど、まっすぐ顔を上げて、精一杯笑顔を作る。
「武智大学二年生の、広瀬道花です。高校は晴翔高校に通っていました。よろしくお願いします」
よろしくお願いします! と大きな声で返される返事。礼儀正しさに圧倒される。
「広瀬さんと私は高校の同級生なんだ。笑顔は固いけど、こう見えて優しいし話しやすいから、気軽にいろいろ聞いてね!」
好き放題言う詩織をじろりと見たが、たしかにこういうふうに言ってくれたほうが早く馴染めそうだ。
はい! と、また元気な返事が返ってくる。
「よーし、じゃあ、今日も頑張ろうか。ドリブル練習から、はじめ!」
山口の言葉に合わせて、子どもたちが背中を向け練習に戻っていく。
その後ろ姿を見て、道花は懐かしいような、寂しいような気持ちになった。あの純粋なひたむきさを、どこで失ってしまうんだろう。
「ごめん、道花」
隣から聞こえたしゅんとした声に、道花は詩織を問い詰めなければならないことを思い出した。
「詩織、こんな騙し討ちみたいなのは嫌だよ」
「ほんとごめん」
「なんでこんなことしたの」
尋問みたいだと思ったが、なあなあで許したくはない。詩織は反省しているようには見えたが、内心は分からない。
「山口さんとは合……大学と社会人の交流会で出会ったんだけど」
「そこは合コンでいいから」
ズバッと言うと、詩織がハイ、と小声で返事をする。
「久しぶりにバスケに触れたくなって来てみたら、舷がいるし。なんていうか、これもめぐり合わせかなって思ってさ」
「めぐり合わせ? よくわかんないんだけど」
「いや、最近道花もさ、なんかこう、進路とか将来のこととかで悩んでる感じだったじゃん。久しぶりに会ったら相変わらず舷も沈んでたし、なんか、ここで二人を会わせられるのって私だけだなって思ったらさ……。ごめん、怒らせるのは分かってたんだけど」
詩織は神妙な顔で言う。いつもふざけていることの多い詩織がこういう顔をすると、怒っている自分のほうが大人げなく感じてくる。詩織のずるいところだ。
私と舷のため……と反芻したところで、何かが引っかかった。
「沈んでた? 舷が?」
「あ……あー、うん、まぁ、なんとなく?」
何か隠しているような気配がある。じろりと見ると、詩織はまた目を泳がせた。
目の前のドリブル練習に視線を戻し、道花はノートにメモを取りつつ、詩織の話に耳を傾ける。
「ていうか、私も聞きたいことあって。なんか、あんまり驚いてない感じ?」
「え?」
そう問われてやっと思い出す。タイミングを逃したまま、インカレで舷と会ったことを話せていなかった。
「実はこないだ、バスケ見に行ったって言ったじゃん、あの時偶然、舷に会ったんだよね」
「えっ」
大きな声が出てしまい、詩織が口を手で覆う。その目が丸くなっている。
「大学の子と行ったんだけど、その子のお姉ちゃんが舷のファンでさ。いろいろあって、サインもらうことになって」
「サイン!」
詩織の驚きも無理はない。舷がサイン。絶対しなさそうなのに、と顔に書いてある。
「じゃあその時、話せたってこと?」
詩織の問いに首を傾げた。何か話すことがあるみたいな言い方だ。
「ううん、舷の時間もなかったみたいだし、私もその場に居づらくて、サインもらって逃げるみたいに帰っただけ」
「ええ~……」
「なにその反応」
詩織が口の端を引きつらせていて、その反応に首を傾げる。久々に会って話が盛り上がる相手でもないのは詩織も分かっているはずだ。それどころか、わざわざあの頃の話を蒸し返したくない。絶対いいことにはならない。
「ハイ、集合~!」
詩織の返事が返ってくる前に、山口がホイッスルを鳴らした。話はまたあとだ。
小学生たちが駆け寄ってきて一列に並ぶ。
「どうかな、広瀬さん、なんかアドバイスとかあったら」
山口に聞かれて頷く。メモを見返しながら、口を開いた。
「えっと、加藤さん、かな。まだ姿勢が高いから、やりすぎなくらい低くを意識してもいいかもしれない。姿勢が高いってことはドリブルに入るまでの時間がかかるから、そのぶん抜かれる可能性が増えちゃうんだよね」
そう言って山口の手からボールをもらい、実際にドリブル動作を再現してみる。
「おお……」
「すごいでしょ」
詩織が自分のことのようにドヤ顔を見せているのが目の端に映る。
「あと、宮原さんは、パスを受け取る時にその場で足を開いて止まっちゃってるから、足だけ先にクロスの形にするように意識するといいかも。一歩分、早く動けるよ」
はい! と元気な返事が聞こえてそちらを向いて、道花は目を瞬いた。
向けられる視線が、さっきとは全く違うものになっていた。どこか、きらきらしている。
なんだか眩しくて、その視線を受け止めているのが恥ずかしくなった。
わざとらしく逸らすのもと思って、山口のほうを向いた時だ。
「……?」
視線を感じた気がして、振り返った。
後ろでは舷が男の子たちに指導していて、こちらには背中を向けている。気のせいだったかな、と思い、再び前に向きなおった。




