10.過去(3)
何気なく言ってくれるけれど、こっちは一方的に頼まれて、なのに応えられなかったら勝手にがっかりされるわけだ。
緊張している道花の前で、三人はリラックスした様子で、どの練習メニューを見せるか話し合っている。
「試合に近い練習のほうがいいよね?」
「うん。実際試合のほうが、自分で気づかない癖は出やすいと思う」
「とりあえず、スリーメンにするか」
「そうだな」
道花のコメントを参考にしつつ、三人はメニューを決めてコートに進む。
三人はエンドラインに並びこちらを見た。
「なにこれ、私が合図するの?」
「そりゃそうでしょ」
ぼそっと落とすと、横に立つ詩織が笑いを含んだ声で言う。
「ど、どうぞ」
どもった。しかも思ったより小さな声が出てしまったけれど、直後、舷がパスを出して、三人が一斉に走り出した。三人の動きを目で追いながら、早速、眉間に皺が寄った。
「うーーん……」
「どうした? だめ?」
低く唸ると、詩織が半笑いで顔を覗き込んできた。
「分かってたことだけど、やっぱり毎日練習見てる相手とは違うね……これだけで何か見つけるのは厳しい、かも」
「まぁそうだろうね」
二人の前で、リターンパスを受け、舷が逆サイドの宮崎へパスをする。そしてゴール。三人全員が反対側のエンドラインを踏んで、同じ動作を繰り返す。
さすが推薦組というべきか、パスもゴールも正確だ。
「ごめん! ストップ!」
道花が手を上げて大きな声を出すと、三人はほぼ同時に振り返った。
「ごめん、これだとスムーズすぎる。何も言うことがないよ。パスのリターンも早いし、三人とも動きに乱れがない。完璧」
「そうか」
舷がそれだけ返し、三人が再び相談を始める。
「ディフェンスがいたほうがいいな」
「じゃあ1ON2かな」
道花が頷くと、三人はそれぞれのポジションに移動し始める。
予想とは違い、三人ともがっかりした表情を全く見せないのには助かった。思っていたよりもずっと大人みたいだ。
今度は、一人がオフェンス、二人がディフェンスになる。一人のディフェンスが追い込み、もう一人が蓋をするように抑える。どうディフェンスを攻略しようとするかで、個性が出るはずだ。
道花は無意識に「うー」とか「なるほど」とぶつぶつ言いつつ、三人の動きを見ながら紙にメモをしていく。アナログだけどスマホの画面に目をやる隙もないから、準備しておいて正解だった。
「お、すご」
しばらく経ってやっと一息つくと、詩織がメモを覗き込みながら感心したように言った。
手を上げると、舷が気づいて、残りの二人を止めてくれる。
「どうだった~?」
内田が先頭になり、ふにゃりとした笑みを浮かべて近づいてくる。なんとなく、道花がプレッシャーを感じないようにしてくれているのだと思った。
(いい人だ)
とはいえ、期待に添えるかどうかはまた別の問題だ。道花は、全く息を乱していない三人に内心舌を巻きつつ、授業で挙手をするみたいに手を上げた。
「言い訳になるんだけど、やっぱり練習だけでは癖っていう癖は出てない」
「そうだよね」
内田くんがうんうんと頷いてくれる。残り二人からも、当てが外れたという感じは受けない。
「だから、ここからは、私の推測……になる」
「お」
「えっと、宮崎くんはもしかすると、コンタクト……接触があまり好きじゃないのかなって思った。もうちょっと押し込んでゴールのチャンス作ってもいいんじゃないのかな、とか」
目の端で宮崎が身じろぎしたのが見えた気がするが、もうここまできたら言い切ることにする。
「気を悪くしたらごめんなんだけど」
勢いに任せて、舷の手にあったボールを手にとる。
「舷くんと内田くんの身長は、宮崎くんより低いよね。さっきみたいにラインとってそのままゴールできるってなった時に、シンプルに空間だと身長で負けちゃうのに、強引に行こうとしてる。コンタクトで相手を飛ばさせないのもありだと思うし、交わしてユーロステップとか、スピンムーブする手段もあるのかなって」
自分で動いてみせてみる道花に、視線が集まっているのを感じる。
「三人とも、中学では自分より背の高い子があまりいなかったのかなっていう感じがする。身長で勝ててたから、つい、そこで勝負しにいっちゃう」
言い終わると、彼らのほうに向きなおった。
三人とも動かない。
でも、もう怖さはなかった。道花の目にそう見えたのは本当だし、ここからはどうにでもなれというか、嫌われたって、別に構わないと思った。
少しの沈黙のあと、言葉を発したのは舷だった。
「……図星だな」
その言葉に宮崎も頷く。
「俺もだよ。コンタクト、よく監督に言われてるから痛いわ。そんなバレバレだった?」
「いや……すごく目立つわけじゃない。あまり気にしすぎても」
「待って待って、いいんだよ。めちゃめちゃ助かる」
慌てて手を振る道花を、宮崎が止める。どこか神妙な三人の表情に、一度覚悟を決めて落ち着いていた心臓の動きがまた早くなった。こんなに真剣に聞かれるとは、正直思っていなかった。
「私に言われなくても分かってると思うけど、みんな、ほんとに上手いよ。だから気にしすぎないで。今のままで通用してるんだし」
「通用しないから見てもらってるんだ」
舷の言葉に、ぴたりと動きを止めた。舷の目は真剣で……さっきまではそうは思えなかったけれど、今は、そこに焦りが見えるような気がした。
推薦組である三人には、チームを頂点に連れていかなければならないというプレッシャーがあるのだろう。
出場は当たり前、初戦敗退なんて無様な真似さらせない。
噂で少し聞いただけでも道花と話してみようと思うくらい、貪欲で、真剣なのだ。
「ありがとう。よかったら、これからも話したい」
舷の言葉に、今度はためらいなく頷いた。
*
間を開けずに、お互いの呼び名は「舷」と「道花」に変わった。
テンションの高くない舷とは温度感が合ったのもあって、一緒にいて楽だった。
もともと嫌われても構わないという気持ちだったから、多少不愛想でも気にならなかったというのもある。
「いつも見てんのか? スコアブック」
「わりと?」
「マメだな」
「よく言われる」
そんなふうに軽口のような言葉を交わし合うだけなのだが、なぜかとても……心地いい。
「最近クロスステップの練習試してみてて。バックランからのクロス、で止まるっていうやつ」
「ああ、いいな」
「つっかえるのがだいぶ改善されたかも」
「俺は最近、ディフェンスで浮くタイミングを意識して抑えてみてる」
「浮く?」
「そう、ほら、こうやって、なんつーの」
そう言いながら、舷が足を広げて膝を曲げる。
「ここで飛ぶだろ。その間に抜かれるんだよ。ここは小刻みに足を動かして……」
「あー、なるほど」
真剣にそれを見ていたが、そのうちにやにやしてきて、道花は口を隠した。
「なんだよ」
「いや、ちょっと、コート以外でそれしてると、だいぶ不審者だよ」
くすくす笑うと、舷は腰を上げてから、じろりとこちらを見た。
「だったらお前もだよ」
言葉尻はきついが、二人の間に流れる空気は優しい。
笑いが収まってから隣を見ると、横顔しか見えないが、舷の表情はとても柔らかかった。
少しだけどきりとする。
最近、舷の言葉遣いは変わらないけれど、どこか声の響きも柔らかく感じるようになってきた。人間相手に失礼かもしれないが、警戒心の強い動物に懐かれたような感じだ。
その後は別れるまで無言だったけれど、それが全く苦痛ではなかった。




