第1章6 牙を磨ぐ
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「数ヶ月……だと?」
村長が広げた古い羊皮紙の地図を前に、僕は思わず声を漏らした。
新富士は単なる「高い山」ではなかった。王都から見ればただのランドマークに過ぎなかったが、実際に近づいて見れば、それは巨大な山脈と「不帰の樹海」に囲まれた、一つの独立した大陸のようなスケール感を持っていた。
「左様です、タクマ殿。街道は崩れ、魔王の領域に近づくほど魔族の哨戒も厳しくなる。徒歩であれば、最短でも二、三ヶ月は見ておくべきでしょう」
僕は【知恵】をフル回転させ、脳内でシミュレーションを行う。
今の僕とミユの基礎体力、そして実戦経験。道中で遭遇するであろう魔獣や、飢えた魔族の集団。今のまま突っ込めば、数週間持たずに「破産」を迎える。
「……予定変更だ。村長、悪いがもう一週間、この村に滞在させてもらう」
「おや、出発を急がれていたのでは?」
「経営において、準備不足は最大の損失だ。今の僕たちは、あまりに『資本』が少なすぎる」
僕は焚き火の光に照らされた、鉄の剣と木製の盾を握り直した。
森での生活は、村での「経営」とは打って変わって過酷なものだった。
僕は【知恵】を使い、魔物の気配が濃い場所をあえて野営地に選んだ。
「ミユ、寝るな。今は君が警戒の番だ。風の音、草の揺れ、魔力の微かな『ノイズ』を肌で感じろ」
焚き火の明かりを最小限にし、暗闇の中で神経を研ぎ澄ます。
一週間、僕たちは交代で仮眠を取り、襲いかかる魔狼や怪鳥を片っ端から迎撃した。
戦闘の主体はあくまでミユだ。
彼女は授かった鉄の短剣を振るい、暗闇から飛び出す牙を、猫のようなしなやかさでかわしていく。僕はその背後で、木製の盾を構えながら【知恵】で敵の弱点を解析し、短く、的確な指示を飛ばした。
「左45度、高度2メートル! 翼の付け根を突け!」
「はい、タクマ様……っ!」
仕留めた魔物の肉を捌き、血抜きをして食料に変える。その一連の作業すらも「レベル上げ」の一部だ。
【ログ:経験値を獲得しました】
【ログ:タクマのレベルが 0→1→……5→12へと上昇】
【ログ:ミユのレベルが 0→2→……8→15へと上昇】
一週間前までは、ただの数字の羅列だと思っていた。しかし、レベルが上がるたびに、僕の腕に伝わる衝撃は軽くなり、ミユの振るう短剣は目に見えて速さを増していく。
回復する身体と、芽生える感情
過酷な訓練の一方で、ミユの身体には劇的な変化が現れていた。
村での滋養強壮薬と、森で獲った新鮮な魔物の肉、そして僕の【知恵】による栄養管理。
あばらが浮き出るほどガリガリだった彼女の体には、年相応の肉がつき、毛並みは絹のような艶を取り戻した。
「タクマ様……その、あまりジロジロ見ないでください……」
焚き火で肉を焼いている最中、ミユが少し窮屈そうに、新調された胸当てを直しながら頬を赤らめる。
かつては「生きたい」という生存本能しかなかった彼女の瞳に、最近は僕の視線を意識するような、思春期の少女特有の恥じらいが混じるようになっていた。
「栄養状態が良くなれば、身体能力も上がる。君の成長は、僕たちのパーティーにとって最も価値のある『含み益』だよ」
「もぅ、タクマ様はすぐそうやって、商売みたいな言い方をして……。……でも、ありがとうございます。私を、こんなに綺麗にしてくれて」
ぼくは、ミユの頭を少し撫でた。
「子供扱いしないでくださいよ。私は、もう大人なんだから。」そう怒りながらも少し嬉しそうだった。綺麗な色、毛並みに戻った、尻尾をめちゃくちゃふってた。
ミユは小さく、けれど確かな熱を帯びた視線を僕に投げ、再び肉を頬張った。
「ミユ?魔物の肉なんか、美味しくない?」
「タクマ様もですか。最初は食べるのを結構躊躇しましたけど。……めっちゃくちゃ美味しいです。」
「だよな。旨い。」と言って魔物の肉を頬張った。
滞在最終日の夜。
僕たちは、村に伝わる「外の世界」の話をさらに詳しく聞き出した。
村長の語る話によれば、この世界は「聖剣の勇者」が魔王を倒すたびに、なぜか資源が枯渇し、貧困が加速するという奇妙な循環を繰り返しているらしい。
「レオンたちは魔王を倒して『名声』という泡銭を得る。だが、その過程で世界のリソースは破壊し尽くされる。……実にバカげたビジネスモデルだ」
僕は地図を指でなぞる。
新富士の裏側にいる魔王。それは、世界を滅ぼそうとしている悪魔ではない。システムの歪みによって追い詰められた、巨大な「不良債権」だ。
「物資が途絶え、飢えで理性を失いかけている魔族たち……。そこへ、最高の品質の薬と、安定した食料の供給源を持ち込んだらどうなると思う?」
ミユが小首を傾げる。
「……みんな、タクマ様の言うことを聞くようになりますか?」
「正解だ。武力で従わせるより、胃袋と利益で繋ぎ止める方が、組織としてはるかに強固で持続的だ」
一週間の徹底的なレベリング。
ミユの戦闘力は目覚ましく向上し、僕の盾捌きも実戦に耐えうるものになった。何より、僕たちはこの村から「情報」と「信頼」という、金貨では買えない資産を最大限に引き出した。
「さあ、ミユ。一週間の『仕込み』は終わった」
僕は村から贈られた丈夫な保存食をカバンに詰め込み、新富士の方角を見据えた。
「数ヶ月かかる長旅だろうと関係ない。道中のすべてを、僕たちの市場に変えながら進むぞ」
金貨10枚、鉄の剣、木製の盾。
そして、自らの足で立つ強さを得た一人の亜人少女。
「知恵の勇者」タクマたちの世界買い叩きツアー――本格的な遠征がいよいよ幕を開ける。
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