第1章5 普通の装備
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それから一週間後
タクマがこの村、市ノ尾村を「経営」し始めて一週間。かつての廃墟のようなメインストリートには、活き活きとした村人の声が響いている。初代勇者の教科書をアップデートした教育は実を結び、子供たちは薬草の配合比率を議論しながら、忙しく立ち働いていた。
「タクマ殿、ちょっといいか」
村の鍛冶屋が、煤まみれの顔で僕を呼び止めた。その手には、丁寧に布で巻かれた二つの装備があった。僕が【知恵】で設計した魔法のアーティファクトではない。それは、村にある限られた鉄を何度も叩き、不純物を取り除いて作り上げられた、驚くほど「普通」の、しかし誠実な剣と盾だった。
「あんたの『知恵』がありゃ、魔法の道具だって作れるんだろうが……今の俺たちにできるのは、これが精一杯だ。だが、これだけは保証する。王都の連中が持ってる派手な剣より、ずっと『折れねえ』はずだ」
差し出されたのは、手に馴染む鉄の剣と、丈夫な木製の小盾。
「……ありがとう。今の僕には、これ以上なく心強い資本だ」
僕はその盾を装着し、剣を腰に下げた。そして、ミユには極限まで薄く研がれた、護身用の鉄の短剣が授けられた。
その時、村の入り口から悲鳴が上がった。
「タクマ殿! 西の森から、魔物の群れが……!」
一週間の平穏を破り、現れたのは飢えた魔狼『ワーウルフ』の群れだった。
「ミユ、前へ。……君の番だ」
「はい、タクマ様!」
僕はあえて一歩下がり、盾を構えて後方に陣取った。僕の【知恵】と【言霊】があれば、敵を殲滅するのは容易だ。だが、それではミユのためにならない。もし僕が倒れた時、あるいは別行動を余儀なくされた時、彼女が一人で生き残れる「自立した戦力」になってもらう必要がある。
「右から二体。ミユ、重心を三センチ下げて。……今だ、踏み込め!」
僕の【知恵】が解析した最適のタイミングを、言葉で伝える。ミユは弾かれたように地を蹴った。授かった短剣が鈍い光を放ち、魔狼の懐を鋭く切り裂く。最後の一体をミユが仕留めたのを見届け、僕は静かに剣を納めた。
「お疲れ様、ミユ。……合格だ。これなら、僕がいなくても君は生き残れる」
「そうですか…。嬉しいです、この調子で頑張ります…!」そういった。ミユの顔は、どこか寂しそうだった。
その夜。初めての魔物とよ戦いを終えた僕たちは、村長と古参の猟師たちを囲んで焚き火に当たっていた。明日にも出発するつもりでいた僕に、村長は神妙な面持ちで一枚の広大な地図を指し示した。
「タクマ殿、覚悟はよろしいか。ここから新富士の裏側……魔王の領域に辿り着くには、険しい街道と『不帰の樹海』を越えねばなりません。普通に歩けば、数ヶ月はかかる長旅となります」
「数ヶ月……だと?」
僕は絶句した。王都からこの村までの距離感で考えていたが、新富士のスケールは僕の想像を遥かに超えていた。
「ええ。しかも、最近は王国の封鎖で物資が途絶え、魔王の元に身を寄せる魔族たちも飢えで理性を失いかけていると聞きます。道中は魔物だけでなく、飢えた魔族の襲撃も避けられぬでしょう」
僕は地図を【知恵】でスキャンし、冷静に現状を分析する。今の僕とミユのステータスでは、道中での「不測の事態」への対応力が低すぎる。特に、長期遠征に耐えうるスタミナと、複数の魔族を同時に相手取る実戦経験が圧倒的に不足している。
「……予定変更だ。村長、悪いがもう一週間、この村に滞在させてもらう」
「おや、出発を急がれていたのでは?」
「経営において、準備不足は最大の損失だ。この一週間で、ミユの戦闘技術をさらに引き上げ、僕もこの盾と剣を使いこなすための『レベル上げ』に集中する。……この村の周辺の森を、僕たちの訓練場にさせてもらうよ」
数ヶ月の長旅を生き抜き、飢えた魔王と対等に交渉するために。
僕は焚き火に照らされた自分の鉄剣を見つめ、思考をさらに研ぎ澄ませた。
「ミユ、明日からの一週間は地獄だぞ。……僕と一緒に、この世界の『暴力』に負けない力を手に入れるんだ」
「はい! タクマ様と一緒なら、どこまでも強くなってみせます!」
金貨10枚から始まった再建計画は、一時の成功に溺れることなく、より確実な勝利のための「先行投資」――徹底的な自己強化のフェーズへと移行した。
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