第1章3 雨上がりの一歩
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翌朝。雨上がりの王都には、昨日よりもさらに不快な空気が漂っていた。
宿の食堂でミユに簡素なパンを食べさせていると、隣のテーブルからひそひそと、それでいて僕に聞こえるような悪意ある声が届いてきた。
「聞いたか? あの『無能勇者』の話。追放されるなり、なけなしの金で亜人のガキを買ったらしいぜ」
「ああ、死にかけの奴隷を買い取って、なぶり殺しにでもするつもりか……。噂だと兄貴も狂って死んだらしいが、弟も相当だな」
「知恵の勇者」なんて皮肉な二つ名が、嘲笑と共に街を駆け巡っている。
僕がミユを救った事実は、歪んだフィルターを通して「残酷な趣味」というあらぬ噂に書き換えられていた。
「……っ。しゅ、さま。私、やっぱり外に出ないほうが……」
ミユが短い耳を伏せ、怯えたように僕の袖を掴む。
僕はスープを最後の一口まで飲み干すと、ナプキンで口元を拭い、ミユの目をまっすぐに見つめた。
「ミユ、よく聞きなさい。公立中学の生徒会っていうのはね、常に根も葉もない噂が飛び交う戦場なんだ。そこで学んだ鉄則がある」
「……鉄則?」
「『弁明は無用。利益で黙らせろ』だ」
僕は椅子を引き、立ち上がった。
他人の評価なんて、後でいくらでも操作できる。今はただ、この街の連中が「金」と引き換えに跪かざるを得ない仕組みを作るだけだ。
宿を出ると、道ゆく人々が僕を見て露骨に眉をひそめる。
衛兵たちは僕を「哀れなゴミ」を見るような目で眺め、かつての同郷である勇者の一行が馬車で通り過ぎる際には、窓からこちらへ同情の硬貨が投げ捨てられた。
チャリン、と泥の中に落ちた銅貨。
勇者のひとりが笑いながら叫ぶ。
「おい一条! そんな奴隷なんか捨てて、その金でまともなメシでも食えよ!」
僕はその銅貨を無言で拾い上げ、汚れを拭ってポケットに突っ込んだ。
「……ありがとうございます。これは、あなたたちの想像もつかない『巨大な資本』の一部に変えさせていただきますよ」
「……しゅさま、怒ってないんですか?」
不安げなミユに、僕は不敵な笑みを返した。
「怒る? まさか。これほど『安い』プロモーションはないよ。僕たちが無能だと思われていればいるほど、背後から急所を突くのが容易くなる。……さあ、最初の仕入れを始めよう」
僕の手元には、残り金貨2枚と、泥まみれの銅貨1枚。
この絶望的な資本を、王都の経済を揺るがす「爆弾」へと作り変えるために、僕は活気あふれる中央市場へと足を踏み入れ、ミユに合図を送った。
「ミユ、君の鼻が必要だ。……『不吉』で『臭くて』、誰もが捨てたがっているものの場所を教えてくれ」
ここから、兄さんが投げ出した世界の「バグ」を利用した、僕たちの反撃が始まる。
「しゅ、さま……。みんなが私たちのことを、化け物を見るような目で……」
市場の喧騒の中、ミユが僕の服を強く握りしめた。噂の伝播速度は、僕の予想を超えていた。
「知恵の勇者」が「死にかけの奴隷」を買い、異常な実験を企てている。その悪意ある尾ひれは、すでに自警団の耳にも届き始めているようだった。
「……ミユ、予定変更だ。この街は今、僕たちにとって『不適合な市場』になった」
「えっ……?」
「撤退する。王都から離れた近くの村へ向かうぞ」
僕は躊躇わずに踵を返した。
公立中の副会長として、僕は「勝ち目のない土俵」で粘ることの無意味さを知っている。今はプライドを捨ててでも、ミユの安全と、商品を開発するための静かな環境を確保するのが最優先だ。
数時間の強行軍の末、僕たちは王都の喧騒が嘘のように静まり返った、王都から少しはなれた小さな村に辿り着いた。
「……ここなら、人々や騎士団なんかの監視も少しは緩むはずだ」
僕は、残り少ない金貨を使い、村の外れにある廃屋を借りた。
村人たちは余所者である僕たちを訝しげに見ていたが、王都のような明確な悪意はない。ただ、貧しさに疲弊しているだけだ。
「ミユ、ここが僕たちの『拠点』になる」
「ここが……? でも、何もないですよ……?」
「何もないからこそ、僕たちが作る価値が際立つんだ。さっきの道中、君が嗅ぎ分けた『あの匂い』……。この村の周囲には、王都では手に入らなかった良質な薬草が自生している」
僕は、王都で買い集めた『魔吸い草』と、道中でミユが見つけた野草を並べた。
ミユの驚異的な嗅覚と、僕の知識。
そして、この村に漂う「貧しさ」という名の課題。
「兄さんは、なにもわからず闇雲に好きになった人を救おうとして壊れた。……でも僕は、まずは、できること、情報集めもかねて、この村の『経済』を救うことから始める。それが結果として、君の居場所を作ることになる」
「しゅ…さま……」
ミユの茶色の耳が、決意を秘めたようにピンと立つ。
逃げ帰ったのではない。
僕たちは、より確実にこの世界を「買い叩く」ための拠点を手に入れたのだ。
金貨残り1枚。
静寂に包まれた村、市ノ尾村で、少年とたぬき娘による「地方創生」という名の反撃が、ひっそりと、けれど熱く火を噴こうとしていた。
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