第1章2 最初のデバック
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王都の最果て、とも言えるこの町の端っこ。一晩の宿泊に銅貨数枚で済む安宿の一室。
隙間風が鳴る薄暗い部屋で、僕はミユを硬いベッドに横たえた。
「……あ、……つ……」
彼女の呼吸は依然として荒い。
僕は宿の主人から、残りの金貨を崩した端金で「清潔な水」「少量の塩」「そして希少な砂糖」を買い叩いた。
「よし。これで『経口補水液』の再現はできる」
公立中の生徒会副会長として、保健室の備品管理や応急処置の知識は嫌というほど頭に叩き込んできた。魔法というブラックボックスに頼らなくても、人体のメカニズムを正しく「デバッグ」すれば、命は繋ぎ止められる。
ぬるま湯に正確な比率で塩と砂糖を溶かし、僕はミユの頭を優しく持ち上げた。
「ミユ、ゆっくり飲んで。……一気に飲むと吐き戻す。少しずつだ」
「……しゅ、さま……? ……これ、あま……い……」
ミユの瞳が、驚きにわずかを見開かれた。
この世界において、精製された砂糖は高級品だ。奴隷として扱われてきた彼女にとって、それは「救い」の味だったのかもしれない。
しばらくして、彼女の荒かった呼吸が少しずつ落ち着き、頬にわずかな赤みが戻ってきた。
僕は彼女の泥を拭い、落ち着いた茶色の耳がピクリと動くのを見て、ようやく安堵の息を漏らした。
僕は、現代のロジック、化学、そして経営戦略。
魔法陣を描くよりも、一滴の塩水が命を救うことを僕は知っている。なぜかって?保健室常連客だからだよ。
「……あの、ごめんなさい……」
不意に、ミユが掠れた声を出した。
「……私、……役立たず、です……。……金貨8枚も……もったいない……」
自尊心を完全にへし折られた瞳。彼女は自分を「資産」ではなく「ゴミ」だと思い込んでいる。
僕は彼女の目を見据え、静かに、けれど断固として告げた。
「ミユ。僕は公立中の副会長だ。利益の出ない投資は絶対にしない」
「……え……?」
「君は『呪い』で死にかけていたんじゃない。単なる管理不足だ。それを僕が修正した。……いいかい、君の本当の価値は、これから僕が引き出してみせる。だから、自分を安売りするな」
ミユの丸い耳が、困惑したように揺れた。
主従関係でも、哀れみでもない。
「共同経営者」として向き合う僕の言葉が、彼女の止まっていた時間を動かしていく。
(さて、残りの金貨は実質1枚と少し……)
僕は窓の外、雨が上がり始めた王都の夜景を見つめた。
明日の朝には、ミユは歩けるようになるだろう。
この異世界で生存していく。そう僕は、決意した。
「ミユ、明日から忙しくなるぞ。……僕たちの未来を、買い戻しに行くんだ」
ミユは不安げに、けれど僕の服の裾をぎゅっと握りしめた。
剣を持たぬ少年と、たぬき娘。
二人の「反撃の経営」が、静かな夜の中で加速し始める。
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