第2章6 伝えること
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イーズ国の深部、伝説の源泉を管理する「心臓部」には、かつて王国最強の魔術師と謳われたユキが、今は一人の「熱源管理官」として座していた。
「……温度上昇、0.05度。……魔力供給、安定……」
拓真によって再定義された術式の中で、ユキは24時間体制で温泉の温度を維持する。かつて世界を封印の闇に陥れようとした強大な魔力は、今や不二国の民を温めるための「燃料」に成り下がっていた。
そこへ、背後から重厚な足音が響く。
現れたのは、かつて拓真を追放した張本人――王国の現国王その人であった。
王はタクマの前に立つと、震える声で語り始めた。
「タクマ殿……。私は、ユキの呪縛に、精神を操られていたのだ。兄上を失い、貴殿を手にかけたこと……正気に戻った今、自分の犯した罪の重さに、夜も眠れぬ」
王国の象徴である冠を外し、王は冷たい石の床に額を擦り付けた。
「土下座」。
一国の王が、かつて「無能」と捨てた少年に対し、全プライドを捨てて謝罪した。
「すべては私の不徳の致すところ。いかなる罰も受ける……だが、どうか……飢えに苦しむ王国の民だけは救っていただきたい。王国は、貴殿が築いた『不二国 拓真連合』の傘下に入り、再建を誓おう」
タクマは無機質な瞳で、足元に平伏す王を見下ろした。
「……王。君を操っていたのがユキだとしても、君の『脆弱さ』が元凶であることに変わりはない。だが、君という『システム』を完全に壊すより、再利用する方がコストは低いと判断した」
タクマは、王国の「不二国 拓真連合」への加入を正式に承認した。
これにより、王国、不二国、イーズ国を繋ぐ巨大な経済圏が誕生し、不二国の通貨と法が全土を支配することになった。
その様子を横で見ていたミユは、短剣に手をかけながら、珍しく激しく頬を膨らませて「むすっ」としていた。
「……タクマ様。王を許すのは寛大ですが、あまりに呆気なさすぎます。……あの時、貴方の流した血、涙を思えば、私はもっと、彼らに苦悶の表情を浮かべてほしかったです」
「感情で動けば、利益を逃す。……それに、ミユ」
タクマは平伏したままの王を指した。
「『王』というブランドを剥奪され、不二国の管理下で一生働き続ける。……死ぬより残酷な労働だとは思わないか?」
タクマが冷徹な理論で諭すと、ミユは少しだけ納得したように、しかしやはり不満げにタクマの袖をぎゅっと握った。
「……それなら、せめて今夜は。……王国の復興会議など後回しにして、私と……不二国の視察に付き合ってください。……独占権を、行使します」
ミユは上目遣いで、強い独占欲を滲ませる。それは彼女なりの、命を狙われた主君への最大限の愛着だった。
温泉から立ち上る湯気は、かつての戦火の煙をかき消すように、穏やかに空へと昇っていく。
熱源として働くユキ、土下座をして恭順を誓った王。
かつてタクマを虐げた者たちが、今は一兵卒として不二国の歯車となっていた。
「……さて、次は。……この『連合』をさらに拡大し、世界の経済基準を『二無』の定義で塗り替えてやるか」
14歳の不二国拓真連合の代表・一条拓真。
彼の不敵な微笑みが、新時代の到来を告げていた。
不二国、王国、そしてイーズ国の旗が並んで揚がる連合広場。
かつての戦場は今、多種多様な種族が笑い合う「交流の場」へと塗り替えられていた。
「ええっ!? もう戦い、終わっちゃったの!?」
アヤカは、自ら改良した黄金に輝く大根を抱えたまま、畑の真ん中で目を丸くしていた。
不二国を世界一の食料拠点にするため、新型の「概念肥料」を撒き終えた直後のことだった。
「私、まだ新しい鍬の技を試してないのに! それに、戦いが終わったら……タクマくん、もう私を必要としなくなっちゃうの……?」
彼女にとって農業はタクマを支えるための手段だった。不安に駆られたアヤカは、泥だらけのまま連合本部へと走り出した。
連合会議場。そこには不二国代表のタクマ、王国の人間の王、そしてイーズ国の代表であり亜人のカイル 不二国の国王であり魔族のガルドが集結していた。
「勘違いしないでほしい。僕は『王』になるつもりはない」
拓真は、玉座ではなく出席者と同じ木製の椅子に座り、淡々と告げた。
「僕はただの『連合代表』、あるいはシステムの管理者に過ぎない。ここには魔族も、亜人も、人間もいる。だが、誰かが誰かの上に立つ時代はもう終わった。僕たちは互いの欠落を埋め合う、対等なパーツだ」
拓真の言葉に、かつて魔族や亜人を排斥していた王が深く頭を下げた。
魔族、亜人、そして人間。種族の垣根を超え、手を取り合う彼らの姿は、かつて初代「二無勇者」が夢見て、成し遂げられなかった理想の光景だった。
「……タクマ殿。君が成し遂げたのは、支配ではない。初代勇者様が願った『誰もが居場所を持てる世界』の完成だ。……数百年の時を経て、ようやく彼の願いが叶えられたんだな」
夕暮れ時、アヤカが合流すると、そこには静かに佇むミユの姿があった。
「アヤカ様。……あの『馬鹿』には、はっきり言葉で伝えないと、一生想いには気づきません」
「ミユちゃん……。……うん、そうだよね。私たち、タクマくんの『有能すぎる頭』に甘えちゃダメだよね!」
ミユは意を決して、広場を見下ろすタクマの元へ歩み寄った。
「タクマ。……いいえ、私の大切な人」
ミユは武器を持たず、一人の少女として彼と向き合った。
「私は、貴方の従者としてではなく、対等なパートナーとして、貴方を愛しています。貴方が冷徹な計算で世界を救うなら、私はその計算式の隣に、ずっと居座り続けます。……これが、私の『定義』です」
タクマは眼鏡の奥の瞳を少しだけ揺らし、ふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「……ミユ。計算外だよ、君の熱量は。……だが、僕の未来というシステムに、君は不可欠な変数だ。……これからも、一番近くで僕を支えてくれ」
その返答を聞き、物陰で見守っていた王やカイル、ゼクスたちが一斉に喝采を上げた。アヤカも「私も大好きだよー!」と泣き笑いしながら二人に飛びついた。
タクマは、手を取り合う仲間たちの顔を見渡した。
ミユ、アヤカ、ミユ、ゼクス、カイル、そしてかつての敵だった者たち。
「みんな、ありがとう。……不二国 拓真連合は、まだ始まったばかりだ。初代勇者が夢見たこの世界を、僕たちが『最高に効率的な幸福』で満たしてやろう」
「無能は、なにもできないのではない、なんにでもなれる可能性を持っているのだ。そして言葉は、心をつなぐことができるのだ!!」
14歳の代表・タクマ。
彼が拓いたのは、身分も種族も関係ない、全ての「無能」が「有能」へと変わる新しい時代の夜明けだった。
「さあ、明日もまた、全力でこの世界を経営するぞ!」
最後まで読んでくださりありがとうございました。
これにて「剣に頼らぬ副会長の異世界戦略」は、完結となります。今作が長編作品としては、四作目の完結となります。これからも異世界ものをはじめとした作品を書いていきたいと思います。
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