第1章1 金貨8枚の決断
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王都の裏通りは、排水の処理も追いつかない泥濘と化していた。
叩きつける雨の中、僕は軒先を借りるようにして、震える手で革袋の中身を確認した。
金貨が、10枚。
元公立中の生徒会副会長として、僕は瞬時にこの数字を絶望へと翻訳する。
宿代、食費、情報収集費……。後ろ盾のない14歳の子供がこの街で一週間生き延びるだけでも、この金は砂のように消えていくだろう。
(兄さんは「感情」で動いた。好きな子を救いたいという願いが、彼を壊した。なら、僕は「利益」で動く。……冷徹な投資家として、この10枚を運用するんだ)
自分に言い聞かせ、足を進めようとした時、卑屈な笑い声が聞こえてきた。
「おい、そこのガキ。いいモンがあるぜ。本来なら貴族様御用達だが……訳ありで今なら安い」
路地の奥、鉄格子の嵌まった馬車。そこには「廃棄予定」と殴り書きされた札がぶら下がっていた。
奴隷商人が指さしたのは、檻の隅で泥にまみれ、ぐったりと横たわる茶色の塊だった。
「……たぬき?」
「亜人のガキだ。希少な明るい茶髪だが、見ての通り『呪い』で死にかけてやがる。明日にはゴミ捨て場行きだ。……お前に免じて、金貨10枚で譲ってやるよ」
僕は、檻の中の少女を観察した。
震える耳、浅い呼吸、そして泥に汚れながらも、かすかに光を放つ黄金色の茶髪。
(……呪いじゃない。これは重度の脱水と低血糖だ。そしてこの毛質……こいつはただの亜人じゃない。この国の文献にある『稀少種』の特徴に一致する)
僕の脳内にある『知恵のライブラリ』が、彼女の真の価値を弾き出す。
彼女を救い、僕の右腕として「経営」に組み込めれば、その価値は金貨1000枚にも化ける。
「……金貨8枚だ」
僕は、全財産の8割を提示した。
「はあ!? 8枚だと? お前、そんな大金持って……」
「これ以上は1枚も出さない。彼女はあと数時間で心停止する。そうなれば、あんたの取り分はゼロだ。どころか、死体の処置費用で赤字になる。……今ここで、確実に『8枚』を確定させるか。それとも意地を張って『ゼロ』にするか。選べ」
相手の逃げ道を塞ぐ、副会長時代の交渉術。
商人は僕の瞳に宿る、14歳らしからぬ冷徹な光に気圧されたように唾を飲み込んだ。
「……チッ。持っていけ、この疫病神が!」
ガシャン、と鍵が開けられる。
僕は泥の中に膝をつき、熱を帯びた少女を抱き上げた。
金貨残り2枚。
一晩の宿代と、最低限の「薬」を買えば、もう一銭も残らない。
「……い……う……」
「大丈夫だ。君の名前は?」
「……ミ、ユ……」
「ミユ。……僕は君を『かわいそうだから』買ったんじゃない。全財産の8割を投じた、僕の『最高資産』として買い叩いたんだ」
僕は彼女を強く抱きしめ、降りしきる雨の中を歩き出した。
兄さんは、誰も救えずにすべてを投げ出した。
でも僕は、この金貨8枚という「賭け」を、平和への第一歩へと経営してみせる。
金貨残り2枚。
僕とたぬき娘の、極限の生存戦略が幕を開けた。
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