第2章5 言葉
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不二国とイーズ国をはじめとする拓真連合がもたらす富は、もはや無視できない規模に達していた。重要な植民地の一つであったイーズ国を奪われ、経済の血流量を失った王国は、深刻な物資不足と急激なインフレに喘いでいた。かつては傲慢だった王国も、ついに折れて「交易許可」を求める正式な使者を送ってきたが、タクマが返したのは、対等な関係を完全に拒絶する、冷徹で不遜な「煽り文書」であった。
「無能と断じた者の施しを、今更どのような面下げて乞うておられるのでしょうか。検討の価値もありません。そちらの『有能』な方々と自給自足でもして飢えを凌いでください。我が連合のシステムに、不純な不確定要素を混ぜるつもりはありません」
この徹底した挑発は、王都のプライドを粉々に砕き、同時に猛烈な火をつけた。特に憤怒に震えたのは、宮廷魔法使いであり、勇者パーティーの一員として君臨するユキだった。彼女こそが、拓真の兄をその手で殺め、かつてタクマ自身をも一度死の淵へ追いやって不二国(ゴミ捨て場)へと放り出した、すべての元凶であった。
ユキの正体は、数百年前に初代「二無勇者」によって「頭を冷やせ」とその身を封印された古の魔女であった。永き眠りから目覚めた彼女は、自分を封じた初代への復讐を誓い、その末裔であるタクマの人生を完膚なきまでに破壊することで、己の怨念を晴らそうとしていたのだ。彼女は王国最強の戦力である「三絶勇者」と「三武勇者」からなる「六星勇者」を引き連れ、不二国の防衛の要である市ノ尾村の防門へと、黒い魔力を引き連れて襲いかかった。
「我々は、我が領地イーズ国、および旧道沿いの村を略奪した不二国に対し、宣戦布告とみなし、先制攻撃を仕掛ける。美しい街を灰にされたくなければ、今すぐ拓真連合の代表、拓真を出せ」
ユキは、憎悪と愉悦が入り混じった気味の悪い笑みを浮かべ、空を裂くような声で言い放った。
その言葉を聞いたミユは、瞬時に門の上に立ち、腰の鞘から短剣を抜き放った。彼女から放たれる殺気は、周囲の空気を凍りつかせるほどに鋭く、重い。しかし、その直後に門の上に姿を現したタクマからは、対照的に殺気も、焦りも、恐怖も、何一つ感じることができなかった。
「ミユ。剣をしまって」
「タクマ様! ……ですが、あいつは貴方の兄上を……! ……わかりました」
ミユは腸が煮えくり返る思いを抑え込み、殺気を微かに残しながらも、静かに短剣を鞘に収めた。門の上に立つタクマは、感情を排した無機質な瞳で、眼下に集う勇者たちを見下ろした。
「……戦う? 嫌だよ、無駄だ。僕は君を倒すのではなく、不確定要素として排除するだけだ」
「何がバグよ! 貴様のような欠陥品が、私の魔法に勝てると思っているの!?」
「……貴様が兄を殺し、全ての黒幕か」
タクマの声には、震えも怒りさえもなかった。そこにあるのは、絶対的な零度の拒絶。彼は武器を構えることすらしない。
「ユキ。君は復讐のために僕を『定義』したつもりだろうが……経営者として言わせてもらえば、その私情はあまりにコストパフォーマンスが悪い。感情を燃料にした攻撃など、ただのエネルギーの浪費だ」
「な……なんですって……!?」
「僕には、君に『痛い目』を見せるための感情を割く余裕すらない。ただ、君という『不確定要素』を排除し、不二国連合のシステムを正常化するだけだ」
タクマが静かに指を鳴らす。固有能力【厨二病】が発動し、戦場全体の物理法則と理が、彼の意志によって書き換えられていく。
「ミユ、合唱だ。君の揺るぎない忠誠を、僕の構築した因果の法に乗せろ」
「はい、タクマ様。私のすべてを……この旋律に捧げます」
タクマの概念能力と、ミユの純粋な魔力が一つに溶け合い、戦場に透き通るような、美しくも切ない「歌声」が響き渡る。これこそが、二人の深い絆が生んだ【合唱魔法:久遠の鎮魂歌】。その波動は、物理的な破壊ではなく、ユキの魂の深層にこびりついた数百年分の怨念を、一枚ずつ無理やり剥ぎ取っていく。
「あ……ああ……。この、音は……。……初代……様……。私は、また、貴方に……」
狂気から解放されたユキは、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。最強を誇った「六星勇者」たちも、その圧倒的な「調和」の響きに戦意を完全に喪失し、不二国の防門を突破する力は霧散した。
静まり返った戦場で、タクマはゆっくりと、しかし力強く言葉を紡ぎ出した。
「争いなど、本来必要ないのだ。言葉を持っている生物ならば、言葉を交わし、お互いの輪郭を認め合うことができる。相手を知ること、自分の想いを正しく伝えることができれば、無益な争いなどしなくていい」
タクマは遠く、かつて自分がいた世界の空を思い描くように目を細めた。
「『コトツナ~言葉でつなぐ想い~』。……これは、僕がもとの世界の生徒会選挙で掲げたスローガンだ。当時は理想論だと笑われたが、言葉とは素晴らしいものなんだ。他者を排除するためではなく、理解し、繋がり、より良い未来を構築するためにある。その力を、僕は今、この世界で証明し続ける」
復讐でも暴力でもなく、対話と理解によるシステムの構築。拓真が示したその「言葉の力」は、戦場を覆っていた憎悪を晴らし、新たな時代の幕開けを告げる福音のように響き渡った。
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