第1章13 ミユ・ウツミザワ
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雲一つない青空から、陽光が燦々と降り注ぐ昼下がり。かつて恐怖の象徴であった魔王城の広場は、今や見たこともない熱気に包まれていた。集まったのは、かつて「敵」と呼び合った魔族、人間に虐げられてきた亜人、そして王国の停滞に愛想を尽かした人間たち。
城のバルコニーに、いつもの着慣れた旅装束――実用性を重視したタクマらしい服装で姿を現すと、数万の群衆が静まり返った。その隣には、同じく普段通りの動きやすい服を纏ったミユが立っている。
「お集まりいただき感謝いたします。知恵の勇者こと、一条拓真と申します」
タクマが名乗った瞬間、広場が地鳴りのようなざわめきに揺れた。「知恵の勇者」――それは初代勇者の伝説にのみ語られる、武力ではなく仕組みで世界を救った存在であり、この国の想像主であり信仰されているもの。
「私は、ここに亜人、人間、魔族らが手を取り合う不二国 拓真連合の設立、建国を正式にここに宣言いたします!」
その力強い声が、タクマの【言霊】に乗って地平の果てまで響き渡った。
タクマは執務室で地図を広げ、最終的な建国計画を確認していた。
「ミユ? 僕は、準備を整えて明後日から王国にこの国の建国を伝えに行くよ。腐ってもあの国はこの国の隣国にあるからね。公式な手続きを踏んでおかないと、後々『商談』がしにくくなる」
「タクマ様? 私もついていきます」
ミユは即座に答えた。しかし、タクマは地図を指で叩きながら、静かに首を振る。
「駄目だ。向こうはこちらに何をしてくるかわからない。レオンやユキの出方も不明だし、何より今の君は不二国の重要資産だ。だから、この安全な国にいておいてくれ」
「私を……」
ミユの声が震えた。かつて、名前を奪われ、鉄格子の隙間から見上げた灰色の空。冷たい雨。そして、自分を「モノ」としてしか見なかった人々の冷酷な眼差し。その絶望の淵から自分を引っ張り上げ、「パートナー」と呼んでくれたのは、目の前の男だけだった。
「置いていかないで……!」
泣きそうになりながら、ミユは拓真の服の裾をギュッと掴んだ。その指先には、二度と離れたくないという、切実な思いが込められていた。拓真が驚いて顔を上げると、ミユの瞳には涙が溜まっていた。
ミユは目を閉じ、潮の香りがする故郷の記憶を辿った。
風が吹き抜ける内海沢の家。父が獲った魚を囲む温かな食卓。
『知恵の勇者様はね、一本の筆と知恵だけで世界を旅したお方だ。不二の山を拓き、国と国を道で繋ぎ、誰もが分け合える仕組みを作ったと言われている。……ミユ、内海沢の血を引く者は、その知恵を支える翼になりなさい』
母の優しい手、父の穏やかな声。それらすべてを「正義」の名のもとに踏みにじられ、彼女は「商品」として売られた。心まで使い潰され、ゴミのように捨てられるのを待っていた。
そんな絶望の中に現れたのが、泥にまみれながらも「世界を買い叩く」と笑ったタクマだった。
『君を、僕の対等なパートナーとして買ったのだ』
ただ救われたのではない。「必要」だと定義されたのだ。
ミユはタクマに顔を寄せたまま、確信を込めて囁いた。
「タクマ様……あなたは、父が語っていた伝説の勇者そのものです。私はもう、あの雨の日には戻りません。あなたの知恵が作るこの新しい国を、あなたの隣で支える『翼』でありたいんです。……どうか、私を連れて行ってください」
タクマは、ミユの小さな肩にかかる力を感じ、
小さく溜息をついた。
「……参ったな。翼を置いていくようじゃ、僕の『知恵』も片手落ちか。わかったよ、ミユ。君を同行者として再定義する。……一緒に、あの古臭く因縁のあの王国を驚かせに行こうか」
「はい……! はい、タクマ様!」
魔王城のバルコニーに、いつもと変わらぬ旅の格好で立つ二人の姿に、万雷の拍手が送られた。
それは、絆を資本に変えた、一人の少女と知恵の勇者の新しい旅立ちの瞬間だった。
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