第1章10 餓えた王への投資
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僕らは、オーク、名前をガルドというそうだ。この一行に導かれ、新富士の裾野に広がる「魔族の領域」の深部へと足を進めた。道中、ガルドから聞いた話は、僕の【知恵】が予測していたよりも遥かに深刻なものだった。
「王国は、魔王様が条約を守っているのをいいことに、10年ほど前からこの領域を完全に包囲しました。商隊を通さず、塩も、鉄も、そして何より食糧が届かぬよう『経済封鎖』を強行したのです」
「……それで、これほどまでの食糧難に」
ミユが沈痛な面持ちで呟く。
「はい。レオンとかいう勇者が来るたびに、領域の周囲にある森は焼かれ、動物は狩り尽くされました。彼らにとっての『魔王軍弱体化』は、我らにとっての『ゆるやかな虐殺』に他なりません」
なるほど。王国側のやり方は徹底している。正面から戦って損害を出すより、兵糧攻めで内部から崩壊させる方が安上がりだ。だが、それは新たな「怨念」という負債を積み上げているに過ぎない。
「ガルドか……。そちらの人間は、何者だ?」
鈴の音のように澄んでいるが、極限まで掠れた声。
玉座に座っていたのは、禍々しい巨漢でも、冷酷な怪物でもなかった。
青白い顔をし、痩せ細った一人の青年。深い黒髪に隠れた瞳は、民を救えない無力さと飢えに蝕まれ、今にも消え入りそうな灯火のようだった。彼こそが、この領域の主、魔王だ。
「初めまして、魔王様。お近づきの印に、まずはこれを」
僕はカバンから、市ノ尾村と峠下村の総力を挙げて用意した「最高級の小麦粉」と「新鮮な干し肉」、そして「精製された塩」を無造作に机へ並べた。
「知恵の勇者タクマです。……今日、僕はあなたの国を『救いに』来たのではありません。倒産寸前の貴国を、僕の傘下として『立て直しに』来ました」
魔王の「飢え」と「驚愕」
魔王の視線が、並べられた食料に釘付けになる。
喉が鳴る音が静まり返った広間に響いた。彼は震える手で干し肉を掴み、むさぼるように口に運んだ。
「……あ、あぁ……。塩の、味がする……」
魔王の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。王としての威厳をかなぐり捨て、一心不乱に食に噛みつく。その姿を、ガルドたちは嗚咽を漏らしながら見守っていた。
ミユもまた、その光景に胸を痛めたのか、そっと僕の袖を掴んだ。
食べ終えた魔王は、ようやく人心地ついたのか、深い溜息をついて僕を凝視した。
「……勇者と言ったな。なぜ、我らを生かす。我らは王国の敵であり、滅ぼされるべき存在なのだろう?」
「王国にとっての『正義』は、僕にとっては『損失』でしかない。有能な労働力と広大な領土、そして独自の文化を持つ貴国を滅ぼすのは、あまりにも勿体ない投資判断だ」
支配ではなく「経営統合」の提案
僕は【言霊】を乗せ、魔王の正面まで歩み寄る。
「魔王様。王国が仕掛けているのは『経済封鎖』だ。彼らは戦わずして、あなたたちを餓死させようとしている。なら、僕はその逆をやる」
「……逆、だと?」
「僕がこの国への『物流ルート』を独占し、物資を供給する。その代わり、魔王領でしか採れない魔鉱石や特産品の販売権、そしてこの広大な土地の運用権を僕に譲渡してほしい。つまり、この国は僕の『最大規模の拠点』になるんだ」
魔王は呆然と口を開いた。勇者に討たれる覚悟はあっても、勇者に「ビジネスパートナー」としてスカウトされることなど、微塵も想像していなかっただろう。
「……面白い。死を待つだけだったこの国に、お前は『明日』という予算を組もうと言うのか」
魔王は、わずかに頬に赤みを取り戻し、不敵に笑った。
「知恵の勇者タクマよ。お前のその狂気じみた『商談』、受けて立とう。我ら魔族の命、丸ごと買い取ってみせるがいい!」
こうして、史上初。
勇者と魔王による「経営統合」の契約が、一握りの干し肉を頭金にして成立した。
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