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婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。  作者: カブトム誌


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4/22

4

 王都を離れて二日目。


 私は、辺境に近い交易都市ルーンフェルトへと辿り着いた。


 石造りの城壁に囲まれたこの街は、王都ほど華やかではないが、人の気配と活気に満ちている。商人、冒険者、傭兵――身分を問わず行き交う場所。


(……ここなら、しばらく身を隠せそう)


 門をくぐった瞬間、胸の奥が微かにざわめいた。


「……やっぱり」


 空気が、歪んでいる。


 街全体を覆う簡易結界が、ひどく不安定だ。

 雑に張り替えられた魔法陣が、あちこちで悲鳴を上げている。


「こんな状態で、よく街が保っているわね……」


 私は無意識のうちに、足を止めていた。


「おい、そこの嬢ちゃん」


 背後から、男の声がした。


 振り返ると、冒険者風の中年男性が、怪訝そうにこちらを見ている。


「どうした? 門の前で突っ立って」

「……結界の歪みが、気になって」


 思わず、そう答えてしまった。


 男は、一瞬ぽかんとし――次の瞬間、吹き出した。


「ははっ! 結界だと? 嬢ちゃん、魔術師か?」

「いいえ」

「なら、気のせいだ。ここは昔から、こんなもんさ」


 私は、それ以上何も言わなかった。


 ――説明しても、伝わらない。


 宿を探して街を歩いていると、突然、悲鳴が上がった。


「きゃあっ!」

「魔獣だ!」


 視線の先。

 路地裏から、黒い獣が飛び出してきた。


 ランクの低い魔獣――のはずなのに。

 その動きは異様に速く、周囲の魔力を乱している。


「結界の乱れに、引き寄せられたのね……」


 冒険者たちが剣を抜く。

 だが、結界の補助が弱く、動きが鈍い。


「くそっ、硬い!」


 その瞬間。

 私は、気づけば前に出ていた。


「待ってください」


「は!? 嬢ちゃん、下がれ!」


 私は地面に膝をつき、指先で地面に小さな円を描いた。


 ――ほんの、調整。


 壊す必要はない。

 歪みを、元に戻すだけ。


 静かに、空気が震える。


 魔獣の動きが、ぴたりと止まった。


「……え?」


 冒険者たちが、目を見開く。


 次の瞬間、結界の光が一瞬だけ強まり、魔獣は力を失ったように崩れ落ちた。


「な、何をした……?」


 私は立ち上がり、軽く手を払った。


「結界を、少し整えただけです」

「……少し?」


 周囲が、ざわつく。


「いや、待て」

 先ほどの中年冒険者が、信じられないものを見る目で私を見つめた。


「街の結界は、魔術師ギルドでも完全修復できないって……」


 私は、首を傾げる。


「完全に直してはいません」

「応急処置です。三日くらい、持つようにしただけ」


 ――沈黙。


 三日分の安定化。

 それを、地面に円を描いただけで。


「……嬢ちゃん」

「名前は?」


「エリシアです」


 彼は、ごくりと喉を鳴らした。


「エリシア嬢……あんた、自分が何をしたか、分かってるか?」

「?」


 私は、本気で分からなかった。


 これくらい、王城では日常だったから。


 周囲の視線が、一斉に変わる。


 畏怖。

 困惑。

 そして、尊敬。


(……ああ)


 ようやく、理解する。


 ――この街では、私の“当たり前”が、当たり前ではないのだ。


 遠くで、鐘の音が鳴った。


 それは、この街と、そして私の運命が、大きく動き始めた合図だった。

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