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婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。  作者: カブトム誌


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24

 王都の地下深く。


 旧魔導院・最深部にある円形祭壇は、長年、封印されたままだった。


 理由は単純だ。


 使えば、戻れなくなる。


「……本当に、やるのですか」


 若い魔導師の声は、震えていた。


 祭壇の中心には、歪な魔導陣。

 幾重にも重なった術式は、明らかに現代の理論ではない。


「今さら、何を迷う」


 老魔導師は、杖を突いた。


「彼女が戻った時点で、我々は詰んでいる」

「正論と理屈では、もう勝てん」


 それは、敗北宣言に等しかった。


「だが」

 老魔導師の目が、濁った光を帯びる。

「恐怖なら、まだ支配できる」


 祭壇の名は――

 疑似災厄生成式プロト・カラミティ


 かつて、結界を“必要悪”として王都に根付かせるために、

 人知れず用いられた禁術だった。


「結界がなければ、世界は危険だ」

「守りを失えば、滅びが来る」


 その“証明”を、人工的に作り出す。


「新結界が失敗したように見せる」

「それだけでいい」


「……でも、それは」

 若い魔導師が、声を絞り出す。

「本物の災厄を、呼び出すのと……」


「同じだ」


 老魔導師は、あっさりと言った。


「だが、それで世界が元に戻るなら、安い犠牲だ」


 その言葉に、何人かが目を伏せた。


 犠牲。


 その中に、自分が含まれていないと、誰が言えるのか。


「始める」


 老魔導師が、魔力を流し込む。


 祭壇が、低く唸り始めた。


 同時刻。


 王都南区。


「……空気が、重い?」


 通りを歩く市民が、立ち止まる。


「なんだか……胸がざわつく」


 新結界の光が、わずかに濁った。


 それは、破綻ではない。

 だが――異物だった。


 結界管理局。


「魔力密度、急上昇!」

「これは……自然現象じゃない!」


 警報が、鳴り響く。


「発生源、地下!?」

「旧魔導院方向です!」


 王城。


「……来たな」


 レオンハルト王太子は、報告を聞き、目を閉じた。


「最悪の手を、選びおった」


 彼は、即座に命じる。


「市民の避難を開始」

「原因は伏せろ、混乱を招く」


 だが。


 恐怖は、すでに伝播し始めていた。


 王都の一角で、黒い霧が立ち上る。


「……魔獣?」

「いや……形が、おかしい……!」


 霧の中から現れたのは、

 魔獣に似て、魔獣ではない存在。


 ――歪みの塊。


 恐怖と不安を糧に、形を得る疑似災厄。


「結界があるから、安全だったんだ!」

「ほら見ろ、新しい守りなんて――!」


 誰かの叫びが、群衆に火をつける。


 噂が、恐怖が、増幅される。


 それこそが、術の本質だった。


 一方、王城の回廊。


 エリシアは、立ち止まっていた。


「……始まりましたね」


 カイルが、青ざめた顔で問う。


「これ……新結界の欠陥、じゃないですよね?」


「違います」


 即答だった。


「これは、“作られた恐怖”です」


 エリシアの視線が、地下へ向く。


「旧魔導院は」

「世界を守りたいんじゃない」


 静かな声。


「“支配できる世界”を、取り戻したいだけ」


 彼女は、一歩、前へ出た。


「だから、禁じ手を使った」


 結界の光が、彼女に呼応するように揺れる。


 だが、崩れない。


 それが、答えだった。


「……止められるんですか」


「ええ」


 エリシアは、迷いなく言った。


「ただし」


 その瞳に、強い光が宿る。


「これは、技術の問題じゃありません」

「“覚悟”の問題です」


 恐怖で支配する世界か。

 理解で支える世界か。


 その選択を、

 王都は今、突きつけられている。


 そして――


 旧い世界は、もう後戻りできない。


 禁じ手を使った瞬間から、

 敗北は、時間の問題になったのだから。

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