23
王都西門。
朝の人通りが増え始める頃、
一台の馬車が、静かに門前で止まった。
「……身分確認を」
門兵が形式的に声をかける。
御者が差し出した通行証を見た瞬間、
兵の動きが、ぴたりと止まった。
「こ、これは……」
次の瞬間。
「で、伝令を!」
「王城へ、至急だ!!」
門の空気が、一変した。
ざわめきが、波紋のように広がる。
「……今の、誰だ?」
「まさか……」
囁きは、すぐに一つの名へと収束した。
――エリシア・フォン・リーネ。
馬車の扉が開く。
降り立った彼女は、質素な外套に身を包んでいた。
飾り気はない。
だが、その存在感だけで、周囲の空気が張り詰める。
「……本当に、帰ってきた」
「結界を作った人だ……」
視線が、集まる。
好奇、畏怖、期待、そして――敵意。
エリシアは、それらすべてを受け止めながら、歩き出した。
王都は、彼女を拒まない。
なぜなら、今この都市は、
彼女の設計した“世界”の上に立っているからだ。
一方、王城。
「……入城を確認しました」
報告を受けた瞬間、
会議室にいた者たちの表情が、明確に割れた。
「来たか……」
「ついに、か」
レオンハルト王太子は、深く息を吐いた。
「予定より、早いな」
「旧魔導院にも、すでに情報が回っています」
側近が低く言う。
「……動くでしょう」
「だろうな」
王太子は、苦く笑った。
「だが、逃げる理由はない」
「むしろ――」
彼は、窓の外を見た。
「ここからが、本番だ」
旧魔導院・地下。
「……帰ってきた、だと?」
老魔導師の声に、怒気が混じる。
「誰が、許可した」
「王都は、まだ我々の――」
「違います」
若い魔導師が、静かに言った。
「もう、王都は」
「“彼女の結界理論”なしでは、成立しません」
沈黙。
それは、否定できない事実だった。
「……だからこそ、危険なのだ」
老魔導師は、杖を握りしめる。
「世界の基盤を、一人に依存させるなど」
「それこそが、最大の歪みだ」
「では……」
誰かが、恐る恐る問う。
「どう、なさいますか」
しばしの沈黙の後。
「……様子を見る」
だが、その目は、冷たい。
「彼女が“王都に戻った意味”を」
「世界に、思い出させてやる」
その言葉が、何を意味するのか。
誰も、口にしなかった。
王城・謁見の間。
エリシアは、静かに立っていた。
向かいには、レオンハルト王太子。
「……おかえり、エリシア」
「ただいま、とは言えませんね」
彼女は、淡く微笑んだ。
「問題が起きていると聞きました」
「ああ」
「しかも、厄介な形でな」
王太子は、視線を逸らす。
「君が戻れば」
「王都は、揺れる」
「分かっています」
エリシアは、迷いなく答えた。
「でも」
「揺れない世界は、腐ります」
その言葉に、王太子は小さく息を呑んだ。
「私は、戦いに来たわけではありません」
エリシアは、静かに続ける。
「“設計者としての責任”を、果たしに来ただけです」
王都の外では、
人々が彼女の帰還を語り合っている。
英雄として。
脅威として。
希望として。
そのすべてが、正しい。
なぜなら――
彼女はもう、
物語の外にいる存在ではない。
世界の中心に、戻ってきたのだから。
そして、旧い世界は必ず動く。
彼女を、止めるために。
あるいは――
彼女を、引きずり下ろすために。




