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婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。  作者: カブトム誌


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22

 辺境ルーンフェルトの朝は、静かだった。


 結界制御塔の最上階。

 エリシアは、遠隔観測盤に映る王都の魔力流を見つめていた。


「……表向きは、安定していますね」


 カイルが、慎重に言う。


「はい」

 エリシアは、視線を逸らさず答えた。

「だからこそ、危険です」


 すでに仕掛けられた罠は、修正された。

 だがそれは、“次がある”ことを示している。


「相手は、私が戻らない前提で動いています」

「王太子が対処しても、いずれ限界が来る」


 彼女は、ゆっくりと手を握った。


「……行くんですね」

 カイルが、確信をもって言う。


「ええ」


 迷いはなかった。


「設計者が不在のまま、世界を試させるわけにはいきません」


 それは、義務ではない。

 責任だった。


 彼女は、一枚の外套を手に取る。

 かつて王都を追われたときと、同じ道具。


 だが。


 あの時とは、意味が違う。


「今回は」

 エリシアは、静かに言った。

「“戻してもらう”ためじゃありません」


 カイルは、息を呑む。


「……“止めに行く”んですね」


「ええ」


 誰かの居場所を奪うためではない。

 世界の進行を、妨げるものを止めるため。


「王都には、まだ」

「“旧い世界”を正しいと思っている人たちがいます」


 エリシアは、外を見た。


 風が、草原を渡っていく。


「変化は、必ず反発を生みます」

「それでも――」


 視線が、鋭くなる。


「一度前に進んだ世界を」

「後ろに引き戻す権利は、誰にもありません」


 その時、制御塔の通信晶が淡く光った。


「……エリシア殿」


 レオンハルト王太子の声。


『王都で、再び微細な干渉が確認された』

『だが……民衆には、まだ伏せている』


「賢明です」

 エリシアは、即答した。

「不安は、最大の燃料になりますから」


『……戻ってくる気は、あるか』


 わずかな沈黙。


「ええ」

 彼女は、はっきりと言った。

「すぐに」


『助かる』


 その声には、王太子ではなく、一人の人間の安堵があった。


 通信が切れ、カイルが問いかける。


「怖く……ないんですか?」


「ありますよ」


 即答だった。


「また、否定されるかもしれない」

「理解されないかもしれない」


 彼女は、微笑んだ。


「でも」

「それは、前に進んでいる証拠です」


 かつては、拒絶がすべてだった。

 今は、抵抗がある。


 それは、世界が彼女の存在を“無視できなくなった”ということ。


 馬車の準備が整う。


 辺境の人々が、遠くから見送っていた。


「……戻るのですか」

「今度は、追い出されませんよね?」


 その声に、エリシアは振り返る。


「ええ」


 穏やかに、しかし確信をもって。


「今の王都は」

「私が、作った世界ですから」


 馬車が走り出す。


 王都へ。

 過去と向き合い、未来を守るために。


 旧い思想は、必ず牙を剥く。

 だが――


 彼女はもう、

 守られる存在ではない。


 世界を、守る側だ。


 王都への道の先で、

 次なる衝突が、静かに待ち構えている。

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