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婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。  作者: カブトム誌


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 王都南区。


 新結界の流れが、わずかに乱れていた。


「数値、再確認!」

「誤差……許容範囲を、超えています!」


 結界管理局の制御室に、焦燥が走る。


 致命的ではない。

 だが、確実に“おかしい”。


「流量が、意図的に絞られている……?」

「そんな操作権限、誰にも――」


 言葉が、途切れた。


 若い技術官が、震える声で言う。


「……違います」

「操作、じゃない」


 彼は、魔導盤を拡大表示した。


「結界式そのものに……“噛ませ物”がある」


「噛ませ物?」


「流れに逆らわない形で」

「少しずつ、循環を歪ませる構造です」


 ざわめき。


 それは、破壊ではない。

 劣化を装った破綻だった。


「時間をかけて」

「新結界が“不安定だ”と思わせる……」


 誰かが、呟く。


「……罠だ」


 その頃、王城。


 レオンハルト王太子は、緊急報告を受け、即座に立ち上がった。


「原因は?」


「新結界の基幹式に、外部干渉の痕跡があります」

「ですが……構造が、あまりにも巧妙で」


 王太子は、奥歯を噛みしめた。


「……旧魔導院か」


 破壊できない。

 正面から否定もできない。


 だからこそ、

 “時間を味方につけた”。


「このまま進めば、どうなる?」


「数日から数週間で」

「局所的な魔力停滞が発生します」


「被害は?」


「小規模……ですが」

「人々は、不安になります」


 それで、十分なのだ。


「……エリシアに、連絡を」


「すでに、使者を走らせています」


 だが。


 その頃、辺境ルーンフェルト。


 エリシアは、結界制御塔の最上階で、静かに手を止めていた。


「……変ですね」


 カイルが、振り向く。


「何か、感じたんですか?」


「ええ」

 彼女は、魔導盤を見つめる。

「結界が……“嫌な鳴り方”をしている」


「鳴り方?」


「設計通りなら、もっと滑らかです」

「これは……」


 指先が、走る。


 遠隔観測式が、次々と展開される。


 そして。


「……なるほど」


 エリシアは、静かに息を吐いた。


「やられました」


 カイルが、青ざめる。


「失敗……ですか?」


「いいえ」


 彼女は、首を振った。


「試されたんです」


 魔導盤に映し出されたのは、微細な補助式。

 一見、安定化のために見える構造。


「これを組んだのは」

「新結界の思想を、理解している人間です」


「じゃあ……」


「ええ」

「旧魔導院の中でも、相当の切れ者」


 エリシアは、淡々と言った。


「壊す気はない」

「“間違っていた”ことにしたいだけ」


 それは、最も厄介な敵意だった。


「どうします?」


「……放置は、できません」


 彼女は、ゆっくりと立ち上がった。


「この結界は」

「“誰か一人がいなくても回る”仕組みです」


 だが。


「“悪意を想定しない”わけじゃない」


 彼女の目が、鋭くなる。


「想定外なのは――」

「私が、どこまで想定していたか、です」


 その瞬間。


 結界制御塔の魔導盤が、淡く光った。


 自動補正式が、静かに起動する。


「……え?」


 カイルが、目を見張る。


「歪みが……戻っていく?」


「はい」


 エリシアは、淡々と答える。


「“ゆっくり壊す罠”なら」

「“先に気づいて、静かに修正する”だけです」


 だが。


 彼女は、続けた。


「ただし」


 その声が、低くなる。


「仕掛けた相手には」

「こちらが“気づいた”ことを、知らせる必要があります」


 でなければ、

 次は、もっと深い罠が来る。


 王都では、人々がまだ知らない。


 新しい世界が、

 すでに試され始めていることを。


 そして。


 その試練に対し、

 世界の設計者が――

 本気で、盤面に戻ろうとしていることを。

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