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王都南区。
新結界の流れが、わずかに乱れていた。
「数値、再確認!」
「誤差……許容範囲を、超えています!」
結界管理局の制御室に、焦燥が走る。
致命的ではない。
だが、確実に“おかしい”。
「流量が、意図的に絞られている……?」
「そんな操作権限、誰にも――」
言葉が、途切れた。
若い技術官が、震える声で言う。
「……違います」
「操作、じゃない」
彼は、魔導盤を拡大表示した。
「結界式そのものに……“噛ませ物”がある」
「噛ませ物?」
「流れに逆らわない形で」
「少しずつ、循環を歪ませる構造です」
ざわめき。
それは、破壊ではない。
劣化を装った破綻だった。
「時間をかけて」
「新結界が“不安定だ”と思わせる……」
誰かが、呟く。
「……罠だ」
その頃、王城。
レオンハルト王太子は、緊急報告を受け、即座に立ち上がった。
「原因は?」
「新結界の基幹式に、外部干渉の痕跡があります」
「ですが……構造が、あまりにも巧妙で」
王太子は、奥歯を噛みしめた。
「……旧魔導院か」
破壊できない。
正面から否定もできない。
だからこそ、
“時間を味方につけた”。
「このまま進めば、どうなる?」
「数日から数週間で」
「局所的な魔力停滞が発生します」
「被害は?」
「小規模……ですが」
「人々は、不安になります」
それで、十分なのだ。
「……エリシアに、連絡を」
「すでに、使者を走らせています」
だが。
その頃、辺境ルーンフェルト。
エリシアは、結界制御塔の最上階で、静かに手を止めていた。
「……変ですね」
カイルが、振り向く。
「何か、感じたんですか?」
「ええ」
彼女は、魔導盤を見つめる。
「結界が……“嫌な鳴り方”をしている」
「鳴り方?」
「設計通りなら、もっと滑らかです」
「これは……」
指先が、走る。
遠隔観測式が、次々と展開される。
そして。
「……なるほど」
エリシアは、静かに息を吐いた。
「やられました」
カイルが、青ざめる。
「失敗……ですか?」
「いいえ」
彼女は、首を振った。
「試されたんです」
魔導盤に映し出されたのは、微細な補助式。
一見、安定化のために見える構造。
「これを組んだのは」
「新結界の思想を、理解している人間です」
「じゃあ……」
「ええ」
「旧魔導院の中でも、相当の切れ者」
エリシアは、淡々と言った。
「壊す気はない」
「“間違っていた”ことにしたいだけ」
それは、最も厄介な敵意だった。
「どうします?」
「……放置は、できません」
彼女は、ゆっくりと立ち上がった。
「この結界は」
「“誰か一人がいなくても回る”仕組みです」
だが。
「“悪意を想定しない”わけじゃない」
彼女の目が、鋭くなる。
「想定外なのは――」
「私が、どこまで想定していたか、です」
その瞬間。
結界制御塔の魔導盤が、淡く光った。
自動補正式が、静かに起動する。
「……え?」
カイルが、目を見張る。
「歪みが……戻っていく?」
「はい」
エリシアは、淡々と答える。
「“ゆっくり壊す罠”なら」
「“先に気づいて、静かに修正する”だけです」
だが。
彼女は、続けた。
「ただし」
その声が、低くなる。
「仕掛けた相手には」
「こちらが“気づいた”ことを、知らせる必要があります」
でなければ、
次は、もっと深い罠が来る。
王都では、人々がまだ知らない。
新しい世界が、
すでに試され始めていることを。
そして。
その試練に対し、
世界の設計者が――
本気で、盤面に戻ろうとしていることを。




