20
新結界が展開されてから、七日。
王都は、表向きには平穏を取り戻していた。
魔獣の侵入はなく、空は澄み、土地は安定している。
人々は口々に言った。
「結界がなくなったのに、前より安心だ」
「息苦しさが、消えた気がする」
だが――
すべての者が、それを歓迎したわけではない。
王都旧魔導院・地下会議室。
窓のない空間に、十数名の人影が集まっていた。
いずれも、かつて王国の魔導を支配していた重鎮たちだ。
「……認められるか?」
白髪の老魔導師が、低く吐き捨てた。
「結界の管理権限を、王家から切り離すなど」
「千年続いた体制を、一人の女が壊したのだぞ」
「しかも、辺境育ちの追放令嬢だ」
別の男が、苛立ちを隠さず言う。
「魔導理論も、我々の系譜ではない」
「理解できぬものを、世界の基盤に据えるなど……」
沈黙の後、誰かが言った。
「理解できない、からこそ危険なのだ」
その言葉に、全員が頷いた。
「新結界は、ブラックボックスだ」
「エリシア・フォン・リーネが消えれば、誰が制御する?」
「……制御できない仕組みなど、いずれ破綻する」
彼らは“安全”を語っていた。
だが、その実――
権限を奪われた者の、恐怖だった。
「王太子殿下は、彼女に完全に取り込まれている」
「聖女も、離脱した」
「つまり」
老魔導師が、ゆっくりと結論を出す。
「我々が、不要になった世界だ」
その言葉に、空気が歪む。
「……ならば」
一人の男が、声を潜めた。
「世界に、問い直させればいい」
全員の視線が、集まる。
「新結界が、本当に安全なのか」
「本当に、永続するのか」
男の目が、冷たく光る。
「“事故”が起きれば」
「人々は、必ず不安になる」
誰も、否定しなかった。
その沈黙が、答えだった。
一方、王城。
レオンハルト王太子は、報告書に目を通しながら、眉をひそめていた。
「旧魔導院の動きが、鈍すぎる」
側近が頷く。
「ええ……表立った反発はありません」
「ですが、水面下での接触が増えています」
「……変化を恐れる者たち、か」
彼は、机に手を置いた。
「エリシアが言っていた通りだな」
「世界が変われば、必ず抵抗が生まれる」
その名を口にした瞬間、彼の表情が引き締まる。
「……彼女に、知らせるべきか」
「まだ、様子を見るべきかと」
「下手に刺激すれば――」
「いや」
レオンハルトは、首を振った。
「彼女は、知る権利がある」
「この世界を作ったのは、彼女だ」
だが――
その報告が、届く前に。
王都南区で、小さな異変が起きた。
「……魔力反応、異常検知」
「新結界の流れに、ノイズが混入しています」
管理局の声が、緊張を帯びる。
それは、崩壊には程遠い。
だが、**明らかに“人為的”**だった。
「原因、調査中……」
「これは……」
誰かが、呟いた。
「……試されている」
新しい世界が、本物かどうか。
そして――
それを作った彼女が、本当に“不要”なのかどうか。
辺境ルーンフェルト。
エリシアは、まだこの異変を知らない。
だが、風はすでに、変わり始めていた。
世界は、前に進む。
だが同時に、
引き戻そうとする手もまた、伸びてくる。
それでも。
この物語は、もう後戻りしない。
なぜなら――
世界は一度、
「犠牲なしで守れる」ことを、知ってしまったのだから。




