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婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。  作者: カブトム誌


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17

 王都の空は、静かすぎた。


 あまりにも、穏やかだった。


 結界管理局の中央制御室。

 並ぶ魔導盤の前で、誰もが息を潜めている。


「……最終確認」

「結界停止まで、残り三十秒」


 乾いた声が、室内に響いた。


 王太子レオンハルトは、壁際に立ったまま、拳を握りしめていた。

 指先が白くなるほど、強く。


「本当に……」

 掠れた声が漏れる。

「これで、良いのだな」


 返事をしたのは、大司祭だった。


「これ以外に、王都が生き残る道はありません」


 その言葉は、慰めではない。

 事実だった。


 聖女リリアは、別室で横たわっている。

 結界から切り離す準備は、すでに整っていた。


 ――すべては、彼女の提示した“条件”どおり。


「十」

「九」

「八……」


 数字が、刻まれるたび、王都全体が張り詰めていく。


 街の人々は、まだ知らない。

 だが、動物たちは気づいていた。


 馬がいななき、鳥が一斉に飛び立つ。

 空気が、微かに軋む。


「三」

「二」

「一」


「――結界、停止」


 その瞬間。


 王都の空を覆っていた光が、

 すっと、消えた。


 悲鳴も、爆発もない。


 ただ――

 重圧が、消えた。


「……?」


 最初に異変に気づいたのは、街の外れにいた農夫だった。


「空が……」

「広い……?」


 息が、しやすい。

 胸の奥の、得体の知れない圧迫感がない。


 王都中央。


 石畳に、細かな亀裂が走り――

 次の瞬間、止まった。


「崩壊、ありません!」

「地盤反応、安定!」


 制御室に、驚愕の声が上がる。


「魔獣反応は!?」


「……出ていません」

「外縁部、静穏です」


 誰もが、信じられないという顔をした。


 結界を止めたのに。

 都市は、壊れていない。


「……どういうことだ」


 王太子が、呟く。


 その問いに答えたのは、

 遠く離れた辺境ルーンフェルトにいる、エリシアだった。


 結界制御塔。


 彼女は、結界盤を前に、静かに手を動かしている。


「予定どおりです」


 隣で、カイルが息を呑む。


「王都の……結界が、ないですよね?」


「ええ」

「“檻”を、外しただけです」


 彼女の指先が、魔導盤の新たな層を起動させる。


「今までの結界は」

「外敵を防ぐ代わりに、内側の循環を殺していました」


 淡々とした説明。


「私は、外側に張りません」

「都市そのものを、世界の流れに戻します」


 王都の地下。


 目に見えない“歪み”が、ゆっくりと解け始めていた。


 圧縮されていた魔力が、自然に拡散する。

 土地が、呼吸を取り戻す。


「……すごい」

 カイルが、思わず呟く。

「本当に……壊してから、直している」


「いいえ」


 エリシアは、首を振る。


「壊れていたものを」

「やっと、壊しただけです」


 一方、王都の大聖堂。


 聖女リリアの体から、淡い光が抜けていく。


「……あ……」


 彼女は、目を開けた。


 胸が、軽い。

 あの重圧が、ない。


「結界は……?」


 侍女が、涙を浮かべながら答える。


「止まりました」

「でも……王都は、無事です」


 リリアは、天井を見上げた。


「……そう」


 初めて、心から息を吐いた。


 その瞬間、彼女は理解した。


 自分は、“守っていた”のではない。

 “縛られていた”のだと。


 王城。


 レオンハルト王太子は、窓辺に立ち、空を見上げていた。


 結界の光は、もうない。

 だが――恐怖も、ない。


「……余は」

 彼は、低く呟く。

「何を、信じていたのだろうな」


 守っているつもりで、壊していた。

 支えているつもりで、切り捨てていた。


 その代償が、これだ。


 だが。


 王都は、まだ立っている。


 それは――

 “彼女が、世界を知っていた”からに他ならない。


 夕刻。


 王都の上空に、淡い光の流れが生まれた。


 結界ではない。

 境界でもない。


 ただ、世界と都市が、正しく繋がっている証。


 その光を見つめながら、

 人々は、初めて理解し始めていた。


 ――守るとは、閉じることではない。


 そして。


 この奇跡を起こしたのが、

 かつて“不要”と断じられた令嬢だったことを。


 王都の再生は、始まったばかりだ。


 だが、もう後戻りは、しない。

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