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婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。  作者: カブトム誌


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15

 王都に、夜が訪れても。


 人々は、眠れずにいた。


 空を覆う結界の光が、明らかに“揺れている”。

 それはもはや、専門家でなくとも分かるほどだった。


「……結界、出力低下」

「内部圧、危険域に入りました」


 結界管理局の報告に、誰も声を出せない。


 机の上に並ぶ数値は、ただ一つの結論を示していた。


 ――限界。


 王城・緊急会議室。


 レオンハルト王太子は、机に両手をついたまま、動けずにいた。


「聖女リリアの状態は?」


 問いに、侍医が視線を伏せる。


「……長時間の儀式維持は不可能です」

「これ以上続ければ、命に関わります」


 その言葉が落ちた瞬間、会議室の空気が凍った。


「では……」

 誰かが、掠れた声で言う。

「他に、方法は?」


 沈黙。


 全員が分かっている。

 聞くだけ、無意味な問いだ。


 老魔術師が、ゆっくりと口を開いた。


「……一つだけ、あります」


 視線が、集まる。


「エリシア・フォン・リーネ」

「彼女に、正式に“すべてを委ねる”ことです」


 その言葉に、王太子の肩が、わずかに震えた。


「……それは」

「王国が、彼女に跪くという意味か」


「はい」


 否定はなかった。


「条件交渉ではありません」

「要請でも、ありません」


 老魔術師は、はっきりと言った。


「完全な降伏です」


 重い沈黙。


 誇り。

 王家の威信。

 正統性。


 それらすべてを、天秤にかけるまでもない。


 ――このままでは、国が死ぬ。


「……分かった」


 レオンハルトは、目を閉じた。


 そして、ゆっくりと、頭を下げた。


「余が、書く」


 その姿に、誰も異を唱えなかった。


 それが、王国の終わりであり、

 同時に、生き延びるための唯一の選択だったからだ。


 夜明け前。


 王家の紋章が刻まれた、黒の封書が完成した。


 そこに書かれている言葉は、短い。


 謝罪。

 権限の全面委譲。

 条件の無条件受諾。


 ――そして。


 「王国は、あなたの判断に従います」


 その文言が、全てを物語っていた。


 使者は、選ばれた一人だけだった。


 肩書きも、威厳も、最低限。

 ただ、“頭を下げられる者”。


 彼は、城門を出る前に、振り返った。


 王都の空。


 結界は、まだ辛うじて保たれている。

 だが、その光は、どこか弱々しい。


「……間に合ってくれ」


 祈るように呟き、馬を走らせた。


 一方、辺境ルーンフェルト。


 エリシアは、結界塔で静かに待っていた。


「来ます」


 カイルが言う。


「ええ」


 否定も、驚きもない。


「ようやく、ここまで来ました」


 遠く、街道の先。

 一騎の使者が、必死に駆けてくる。


 その姿は、誇り高き王国の象徴ではない。


 ――助けを乞う者の姿だった。


 エリシアは、窓辺に立つ。


 表情は、穏やかだった。


 怒りも、憎しみもない。

 ただ、冷静な覚悟だけが、そこにある。


「……条件は、もう決まっています」


 王国が生き延びるかどうか。

 聖女が救われるかどうか。


 それらすべては、

 彼女の一言に委ねられている。


 そして――


 次に、王国が差し出すものは、誇りでは足りない。


 それを、誰よりも理解しているのは、

 かつて“無能”と切り捨てられた、彼女自身だった。

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