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婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。  作者: カブトム誌


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10

 王城・謁見の間。


 重厚な扉が開いた瞬間、空気が一段、重くなった。


「第一使節団、帰還いたしました」


 その報告に、玉座に座るレオンハルト王太子は、わずかに身を乗り出した。


「で?」

「エリシアは、何と言った」


 問いは短く、切迫している。


 使節団の代表は、ゆっくりと前に進み――その場で、膝をついた。


「……条件を、提示されました」


 その仕草に、ざわめきが走る。


 王太子が、眉をひそめた。


「条件だと?」

「こちらが頼む立場とはいえ、限度がある」


 代表は、顔を上げられないまま、言葉を続けた。


「第一に――」

「エリシア・フォン・リーネ殿は、王国に戻らない」


 謁見の間が、静まり返る。


「……何?」


「王都への復帰を、明確に拒否されました」

「今後、王国に属する意思もないと」


 レオンハルトの口が、わずかに開いたまま止まる。


「ふざけるな……」

「王国の危機だぞ」


「承知の上での、ご判断です」


 代表は、絞り出すように続けた。


「第二に」

「支援は、技術提供のみ」

「ご本人が王都に常駐することは、ありません」


「な……っ!」


 今度こそ、怒号が上がりかけた。


「第三に」


 代表は、一瞬、言葉を切った。


「辺境への一切の干渉を禁止」

「違反した場合、以後の協力は全面停止――」


 そこまで言って、深く頭を下げた。


「以上が、条件です」


 沈黙。


 それは、怒りすら湧かないほどの静けさだった。


 やがて、レオンハルトは、乾いた笑いを漏らした。


「……条件?」

「まるで、こちらが乞食のようではないか」


 誰も、否定できなかった。


 老魔術師が、一歩前に出る。


「殿下……」

「その通りです」


 その一言に、視線が集まる。


「我々は、すでに」

「“選ぶ側”ではありません」


 王太子は、ゆっくりと彼を睨んだ。


「……どういう意味だ」


「結界は、彼女がいなければ維持できない」

「それが、今回の混乱で証明されました」


 老魔術師の声は、震えていた。


「我々は、知らなかったのです」

「彼女が、“力を使っていた”のではなく」

「“世界を正常に保っていた”ことを」


 その言葉は、刃のように突き刺さった。


 舞踏会の夜が、脳裏をよぎる。


 冷たい視線。

 断罪の言葉。

 追放の宣告。


『無能』

『不要』


 それを、誰よりも強く口にしたのは――自分だ。


「……戻ってくると言わなかったのか」


 掠れた声で、王太子が問う。


「一度も」

 代表は、はっきりと答えた。


「エリシア殿は、こう仰いました」


 ――『私は、すでに必要とされる場所にいます』。


 レオンハルトは、言葉を失った。


 王太子妃として。

 王国を支える象徴として。


 ――ではない。


 一人の存在として、必要とされている。


「……余は」


 喉が、ひりつく。


「余は、何を失ったのだ……」


 その問いに、答える者はいない。


 答えは、あまりにも明白だったからだ。


「条件は……受け入れるしかないのだな」


「はい」


 老魔術師は、静かに頷いた。


「それが、王国が生き残る唯一の道です」


 レオンハルトは、玉座の背に、深くもたれかかった。


 誇りは、もう意味を持たない。

 立場も、権威も。


 ただ一つ。


 自ら切り捨てた存在に、

 国の命運を握られているという現実だけが、そこにあった。


 その夜。


 王都の空に、結界の光が、かろうじて灯った。


 それは、かつてのような“盤石な守り”ではない。


 ――借り物の、延命措置。


 王国は生き延びた。

 だが同時に、はっきりと刻まれた。


 エリシア・フォン・リーネは、もう戻らない。


 そして。


 彼女を失った代償は、

 これから、さらに形となって現れていく。

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