06 ルイーズ視点〜私はヒロイン〜
――聖夜祭当日。
(あ、いたいた。絶対にアレが侯爵様でしょ!)
四十代くらいの渋くて素敵な男性。着ている物も高級に見える。これでお忍びなんて笑わせる。
まぁ、貴族なんてそんなものかな?
(よし。タイミングよく侯爵様にぶつかる。そして、孤児院での悲惨な状況を匂わせるのよ。母親に似たこの碧眼でうるうると助けてくださいって頼むのも忘れずに!)
――よし行くわ!
「あ!ごめんなさい!昨日あまり食べれてないからフラついちゃって……」
侯爵様にしがみついて、自慢の美少女顔で儚げに見つめる。
「君は……?……名前はなんていうんだい?」
「ルイーズ、です。ママが付けてくれました。……もう死んじゃったけど……」
「そうか。君の住んでいる所を聞いてもいいかい?」
「勿論です。私の住んでる所は孤児院で――」
◇◇◇
聖夜祭から、孤児院まで送ってくれた侯爵様。
少し遅い時間だけれど、シスターと話がしたいと応接室に案内された。
ネックレスを仕舞った引き出しを確認すると、自然と笑みが溢れた。笑いが止まらない。
(結局、ストーリー通りになるんじゃない!デイジーの前でわざとここに仕舞った。彼女が盗んだに違いないわ)
デイジーは興味がなさそうだったから、デイジーの私物に隠すか、他の子の荷物に紛れ込ませようと思っていた。
でも、私がしなくてもストーリーがその通りにしてくれる。
(やっぱり私は、この世界の主人公なんだわ!私が幸せになるために存在する世界なのよ!)
「シスター!私の母の形見が盗まれました!こんなの耐えられません……!犯人はきっとデイジーです!」
侯爵様と話し中の応接室に涙ながらに飛び込んだ。
「………」
部屋の中の侯爵様もシスターも、同情的な視線すら寄越さない。まるでこうなる事がわかっていたように、私を見る。
「ルイーズ。デイジーはもう施設を出たわ。あなたの嫌がらせに耐えられなくて。あなたに濡れ衣を着せられて、罰せられる事を恐れてもうここを出ていったのよ」
シスターは、そう私の目を見て言った。
――デイジーに全てバレていた?
「あ、あ、でも!形見のネックレスが無いんです!施設を出る前にデイジーが盗んだんです、きっと!」
そう言い切った私を、非難がましくシスターの後ろから数人の子供たちが見てくる。
「あなたの話が本当だと誰が証明するの?いつも、理不尽にデイジーを虐げていたのはここにいる子供達から話が聞けたわ。あなたが、本当の事を言っていると誰が証明するの?」
「そ、それは!」
いつも私と一緒にデイジーに絡んでいた子達を探す。
「リサやシャロンが勝手にやったんです!私は悪くないわ!他にも自分からデイジーに嫌がらせしていた子だっています、私が悪い訳じゃないわ!」
「だから、デイジーを一緒に虐めていた子達も反省室に居るわ。他には?あなたに味方がいるの?」
最後の希望を持って、侯爵様の顔を見る………が。
「………!あ、ぁ」
とても娘を見るような目では無かった。
――どうして?私はここで、侯爵様に娘として溺愛されるはずでしょう?
「ルイーズは嘘つきだよ。いっつも自分の都合のいい嘘をつくんだ」
次々と子供たちに責められる。
――なんでこんな事に。なんで失敗したの?
そして私は全員の責めるような視線が怖くて部屋から逃げ出したのだった。
――母が死んだ時に記憶が蘇った。
そしてここが前世で読んだ本の中だと気がついた。
母親を病気で亡くし孤児院に引き取られるが、そこでも虐めに遭う。健気な女の子のお話だ。
でも、実の父親が助けに来てくれ、そこからは貴族として色々な素敵な男性と恋に落ちるストーリー。
母が死んだばかりで孤独だった私の心に光が差したのだ。
私は、こんな貧乏な生活をする必要がない。
色々な男性にモテて色々な恋をするのだ。
逆ハーレム物だったから、未来がとても楽しみになった。
――母が死んで悲しかったことを忘れてしまうくらいに。
それでも父親が迎えに来るまでに、一時的に孤児院で過ごさなければいけない。
本当は貴族の血が入った私が、汚れた服を着て貧しい食事に、さらに掃除や洗濯をやらされるなんて。
我慢するには、孤児院生活が長すぎた。
確か二年くらいはここで過ごさないといけない。
デイジーという、孤児院で出会った女の子。その都合のいい子に出会って閃いたのだ。
(この子に全部押し付ければいいんじゃない?)
しかも、大人しいのかこちらに特に文句も言わない。
――物語の虐め役もこの子にしよう。どうせただの脇役でしょう?
それに、ちょっと可愛いのがムカつくのよね。
いつも男に庇われているのも最低だわ。
全部上手くいっていた。聖夜祭での出会いも完璧だった。
デイジーがネックレスを盗んで逃げ出すまでは完璧だったのだ。
「デイジー!!あいつ!許さないわ!絶対に許さない!」
部屋で暴れ回った私はそのまま反省室に入れられ、侯爵様はいつの間にか帰ってしまっていた。
――勿論、養子の話なんて出なかった。




