第14話【ジュート】
ザリザリ ザリザリ
______肉を貫き、中の臓器を貫く感触。
ザリザリ ザリザリ
_____ナイフごしから伝わってきた刹那の鼓動。
まだ手に残る不快な感触。台座を手を削るように撫で続ける。削って、削って、徐々に感触を痛みが上回り始めた。
それと引き換えのように、湧いてきた人殺しの実感。
己の手で、同じ種族の息の根を止めたのだと。
不思議と、罪悪感はない。はっきりと自分で最適解だと思い選んだからだ。
なら、心の真ん中から湧いてくる不快感はなんだ。
「考えてもしょうがない...か。というか今はそれどころじゃない」
その通り、ハルトがザックを殺す判断をしたのは、後に来るであろうボス格との戦闘を避ける為だ。
「流石にやり合うには今の体力じゃな...」
休憩した後は、別に戻る理由もないしまたどっかへぶらつこう。もう正直まともな生き物に会えるのは期待できないけど。
ハルトは最初の入り口は戻ろうと歩き出す。
「何処行くんだ?」
聞こえてきた声に、ハルトは目を細める。
「チッ」
振り返った先にいたのは階段に座り、こちらを見下す男。
ハルトと同じくらいの年齢で、白い髪のショートカットをツバの付いた革の帽子で覆い、服装はいかにも村人Aといった感じの貧相なものだった。
「話しかけたら舌打ちとは失礼な奴だな」
「てめーらの人間性に期待してないからな」
食い気味で言葉を返し、畳み掛けるよう質問をする。
「お前が、ジュートか?」
「あぁ、俺がジュートだよ。そいつに聞いたか」
ジュートは血の池に伏すザックに目をやる。その瞬間は少し上がっていた口角が下がる。しかしすぐに視線をハルトに持ってくる。
「早速なんだけどさ、ちょっと着いてこいよお前」
「あ?」
ハルトから困惑の声が漏れ出す。当然だろう。今まで会ってきたのはやれ魔法の実演だの、やれゲームだのと宣い、ハルトを殺しにかかってきたものだ。
それを束ねる奴ときたらどんなろくでなしかと覚悟をしていた所にこれだ。
ジュートが立ち上がり、町の上部へ歩き始める。その際、来いと言わんばかりにハルトを一瞥する。
ジュートは判断する。全力で逃げるか、おとなしく着いていくか。
(逃げたら絶対に不況を買うよな。地の利も向こうにあるだろし)
ハルトはおとなしく着いていく事を選び、階段を上がる。少なくとも、今は従順にしておこうと。
階段を上がり、歩くジュートの背中を追う。町を歩き、やがて、家の中へ。その家は他の家と比べても何の違いもない家に見えた。流石に入る時は少し立ち止まって考えたが、すぐさま中へとハルトは歩む。
2階に上がりやっと気づく。天井に大きな穴がある。
「外からじゃ気付きずらいだろ」
ジュートは部屋もないだだっ広い空間に椅子を置き座る。向かい合ってるもう一つの椅子にハルトも座った。
「この家は元々作ってる途中っぽくてさ、家具一つ無いんだよね。2階なんて部屋すらない。天井にはでかい穴もあるしな」
「...お前らが開けたんじゃねえのかよ」
「違えよ、そもそもこの町だって別の集団が占拠してたのを俺らが奪った感じだしな」
「あっそう」
両者の間に少しの沈黙が生まれる。
「...本題を言う前に、少し俺の身の上話でもするか」
「興味ねえよ自語り」
「そう言うなよ、これからに大事な事なんだよ」
「あ?」
意図のわからない発言に怒りとも、間抜けとも言える声が出てくる。
「俺は元々上流の家で生まれてさ、教育も徹底的だったからまあ窮屈な幼少期を過ごしてたんだ」
ジュートは膝に肘を置き、頬杖をつく。
「服とか、飯とか、後それの作法とか、かなり厳しめで娯楽とかも制限されてよ。辛い訳じゃなかったけど、つまんない過去だったよ」
「そんな時、突然魔法に目覚めた。目覚めたてで制御もできなくて、うっかり母さんを殺しちゃったんだよ」
今度は腕を頭の後ろに組み、上を向いて笑う。
「俺には人の簡単に殺せる手段があるって実感した。それで俺の人生は始まったんだ。次は父親、使用人、村の奴ら全員殺してやった。」
「...」
「そのあと、力に物を言わせて人を集めた。ザックと、後リーブルって奴もそれでな。...今、俺は自由だよ」
「クソみたいな野郎共で集まって、信念も理由もなく暴れ回ってるわけか」
「おいおい酷いぞ」
「事実だろ」
「いやそれは...女の子なんか入れたら気ぃ使うだろ」
「そういう意味じゃ...てかお前マジか」
まさかの童貞メンタルにハルトは面食らった。
そしてそろそろ良いか、と感じハルトは話を戻す。
「で?何なんだ本題ってのは」
「あぁ、そうかそうだな。大分逸れちまった」
ジュートはハルトの眼を見つめて言う。
「お前さ、俺の仲間になれよ」
「...は?」
予想外の提案にハルトは固まってしまう。ジュートはあっけらかんとした態度でもう一度繰り返す。
「?だから、仲間なれって」
「別に理解できなかった訳じゃねえ。理解した上で、てか理解してるからこそ困惑してんだよ」
「そりゃなんでよ」
「何でって...お前馬鹿か?俺はお前の仲間を殺してんだよ。仇だろうが」
「あぁ、別にいいよそんくらい」
薄情の塊みたいな言葉に、ハルトはもはや驚きの声すら上げない。
「正直特別って訳じゃないんだよこの集まり。好き勝手するためには数が多い方がいいだろって話で気が合いそうな奴集めただけで」
ジュートはクソみたいな理屈を続ける。
「だからさ、仲間が死んでも別に仇取ろうかとはならないんだよな。また補充すれば良いし。何なら殺した奴が人間だったら面白そうだからこうやって誘うし、魔獣だったら狩りにいくしさ」
「...じゃあ自分の過去を語ってたのは」
「そう!仲間になるんならお互いの事を知らなきゃだろ?」
「...」
ハルトはもう言葉もない。
そしてジュートが再び、
「それで俺の仲間になるの?ならないの?」
その時、ハルトの背中に冷たいものが走る。先程の少年の様な声色から一転、今度は殺戮者の気配を感じさせる重みを感じたからだ。そしてそれは、断った時の末路を示している。
「入らねえよ」
だがハルトのNoを選ぶ。その選択にジュートは意外そうな顔をした。
「...理由、言え」
「当たり前だろ、誰がお前らみたいなカスになりにいくんだよ。それに...」
「それに?」
「...人を殺して人生が始まったとか宣えるのは触れずにでも殺せる手段だったからだろ」
ハルトはジュートを睨みながら言い放つ。それは2人の未来を分ける宣戦布告だ。
「そう、か」
それを聞き、ジュートは立ち上がった。そして宣戦布告への返事をする。
「じゃあ死ね」
構えられた両手から赤い閃光が放たれる。瞬間、辺りの物全てが吹き飛んだ。
ハルトは放たれる閃光よりも早く壁を壊して脱出。爆発の勢いで、かなり遠くに着地することになった。
壁や天井が吹き飛び、平屋同然の2階に1人分の影が立っている。
それは片手に火のシャワーと言うべき魔法を纏い、橙の眼でこちらを捉えていた。