第13話【はじめての】
今日の空は雲で埋め尽くされており、空本来の青色を一切感じさせない。良好ではないが、悪いわけでもない。
「うおっ!」
____少なくとも、落雷が起きるとは思えない。
「逃げてんじゃねぇぞぉ!!」
雷の発生源である男は叫ぶ。ハルトにその言葉を聞く余裕はない。
「ほっ!」
町の大通りで、後方から落ちてくる稲妻を避けながらの全力疾走。痺れは慣れたが、身を焼かれることに慣れるのは不可能だ。ハルトはザックの攻撃が収まるまで避ける事に徹する。が、一向に収まる気配はない。
「ぬおぉい!?」
1本ずつだった雷が、3本同時に放たれた。今までは片足で軽く跳び方向をずらす事で避けていたが、これはそうは行かない。片足スタイルは変わらないが、さっきよりも高く跳ぶ。立っていた場所が青く爆ぜる。
ハルトは転がりながら着地、片手をつき敵を捉える。
ハルトの想定していた景色は、同じような稲妻が自分へと接近している事だったが、大外れだった。
敵はハルト同じく姿勢を下げている。両手を地面に付けているのがハルトとは違うところだ。
突如、ハルトの手をつけている部分が光りだす。
(下から!?)
咄嗟に地面から手を離し上半身を傾ける。雷はハルトの頬を掠る。
「こぉれで、終いだぁ!」
ザックの手から伸びた稲妻の先に巨大な青い球体ができる、さながらフレイルのような雷が左からハルトを潰そうと迫る。それよりも速くハルトは隣の家へ窓をぶち破り侵入する。
「魔力切れとかないのかよこの世界。さっきから全然攻撃が収まらっ!?」
悪態をつく暇も無い。破った窓から鋭角な稲妻がハルトを突きにくる。一度避けただけでは終わらない。さらに曲がる。似たような攻撃の経験はある。ハルトはまた避ける。2回、3回、4回、5回__________、
(埒あかん)
突然振り返り、先程ぶち破った窓の少し隣の壁を殴り壊した。壊した先にはザックがおり、壁の破片と共に飛んでくるハルトに流石に面食らった顔をしていた。
「ウラァ!!!」
ザックは振り上げられた脚に、上空へと飛ばされる。それは人間とは思えないパワーを含んでおり、2階建ての家を余裕で越した。
「!」
空中にいるにも関わらず、ザックの視界が強くぶれる。原因は、一瞬で家を駆け上がり、ザックの真下に着いたハルトが、足を掴んだからだ。
「ってめ」
再び視界が大きくぶれて、言葉が遮られる。片足を両手で掴み跳び上がったハルトは
「落雷させてやんよ!」
家の先にあった大きな池にザックを放り込んだ。
水の床に叩きつけられ、沈む。ハルトはその瞬間を凝視する。池が濁っているせいで、沈んだ後がよく見えない。眉間に皺をよせ、水の先を見ようとする。
「チッ」
目を凝らす必要がなくなった。池の中を走る大量の青い線が見えたからだ。その線は水面に進出し、広がる。
「しぶてぇな」
殺すつもりはないが、死んでもおかしくない攻撃。さっき合わせて2回はぶち込んだのに、まだ立ち上がってくる。まるで主人公だ。あんな悪にそんなもの求めちゃいないが。
「ゲホッゲホッぅおぇっ」
ザックが水面から顔を出す。
「ゲホッ」
咳が止まらないが、中々余裕そうだ。そのしぶとさに、ハルトは最終手段の使用も考える。いや、だがと渋っていると、ザックがこちらを睨む。
すぐにでも追撃をぶち込み、また沈めてやりたいが、雷の走る池に突っ込んだらそのままお陀仏だ。つまり相手が何かするのを見ていることしかできない。
(しくったな)
自身の選択に反省する最中、戦況に変化が起こる。
荒れ狂っていた雷が、段々とザックへと収束していく。ハルトは何かすると、警戒を高める。
次の瞬間、ドパァッ!という音と共に池の水が噴き上がる。町は起きた波で揺らぎ、飛沫が飛び交う。
かろうじて屋根の上に立つハルト。飛沫が目に入り、瞬きをする。刹那、ザックが勢いよくハルトの目の前まで飛んでくる。
「ギッ...!!!!」
頭を掴まれる寸前、間に手を入れる。腕が焦げる音がハルトの全身に響いた。
「がぁっ!!!」
掴まれた腕と、もう片方の腕をザックに押し付け、振り下ろし床に叩きつける。衝撃で屋根が壊れ、2人は2階へ落ちてしまう。ハルトは床につく直前に腕を振り、落ちた衝撃にパンチを上乗せ。衝撃でまた床が壊れ、1階へ落ちる。
家の中から、大きな破壊音がした後、少しの間を置いて、空間が痺れる音が鳴り響く。鳴ってすぐ、また破壊音と共に家から飛び出る影。それは、着地した後、しばらく後方へ滑る。
「水蒸気爆発って...頭良さそうなことしやがって」
そして破壊した箇所から出てくる男。
その姿に、渋っていた手段が再び頭によぎる。
「いい加減死んどけぇ!」
開いた手を上に向け、雷を集める。すぐに元気玉のような雷が出来上がった。
それをハルトへと叩きつける。叩きつけられた球は爆発し、四方へ稲妻を散らす。それをジャンプで回避したハルトにザックが造り出した雷獣が噛みつこうとする。それをハルトは壁に足をつけ、自身の体を前へと押し出して回避。
「ふんっ!」
ハルトが地面を蹴って抉り、石の破片がザック目掛けて飛来する。ザックは雷を纏った片腕で防ぐが、一つ一つが腕の細かな肉を散らし、小さくも鋭い痛みについ目を細めてしまう。
ザックは負けじと手を突き出し、指から短い稲妻を感覚を開けて連続発射。ハルトは走りながらの回避で再び鬼ごっこが始まる。
走るハルトは考える。
(やるか?やるのか?できればやりたくねえ。でも)
走っている内に、別の広場に出てきた。大きな階段があり、この町の下段と上段の分け目の役割を担っているそうだ。
「結構逃げてくれたなぁ...ここまで来たか...。だが、もう逃がさねぇ。終いにしてやるよ」
「んだよ。自害でもしてくれるのか?」
2人は再び向き合う。1人は血だらけ。また1人は火傷だらけだ。そしてお互い濡れまくっている。
そして同時に動き出し________
「「!!!???」」
突如、上段の方からけたたましい鳴き声がした。
2人とも、敵が目の前にいるにも関わらず上段の方へ意識を向ける。
巨大な豚に似た怪物が、この町へ近づいている。
しかし、襲撃してきた訳ではない。
「焦げてる...?」
怪物の体は黒く染まっており、黒煙が全身から発されている。
「ジュートか!」
「ジュート?」
「俺たちの...あ、俺のボスだよ。いつもは日ぃ暮れてからしか帰ってこねぇのに、今日は随分早いなぁ」
敵側の援軍。最悪の事態だ。
(嘘だろ...。こいつよりもまだ上が控えてんのか。てあの豚もすぐやられるだろう。そしたらこいつとそれ以上を2人同時に相手する事に...)
「任せろって言ったのによぉ、お前が生きてたら格好つかねぇよなぁ。2人でいたぶるのも良いけどよ」
そう言いながら、ザックが拳を構える。拳から螺旋状の雷が浮かび上がっており、今まで1番の迫力を感じさせた。それを見て、ハルトは決意を固めた。
(やるしか、ない)
「あばよ!!!」
2人同時に、お互いへと飛び込んだ。間合いに入り、ザックは拳を叩きつけようと、腕を思いきり振る。
ハルトは_________、
「ごふっ」
隠し持っていたナイフでザックの心臓を突き刺した。
広場での乱闘の際、念の為奪っておいたナイフだ。
用途は簡単だ。でも使うつもりもなかったし、使いたくもなかった。
ザックは大量の血を胸から垂れ流しがら倒れた。
死んだ。ハルトが殺した。はじめてだった。
ハルトは自分の手のひらを見る。まだ感触が残っていた。咄嗟に近くの台座に手を叩きつける。
そして、ザックが倒れた男達を殺した時、少し安心していた事を思い出した。