第1話【美しい世界で】
「空が綺麗だなー...」
鮮やかな緑の上で寝転がっている少年、橘花 春人は、強い人間だった。身体測定は記録を更新し続けるゲームだったし、体育では無双、不良との喧嘩も負けなしだった。その際についた切り傷、刺し傷、殴り傷、それら全て放っておけば勲章となった。登下校中に建造物を跳び回るなんて当たり前、パンチングマシーンを殴ってぶっ壊すこともできた。自分は最強なんだと、信じて疑わなかった。
______そんな自分が、ああもあっさり死ぬとは。
ハルトが最期に見た光景は、脱線し、自分に突っ込んでくる電車だった。轢かれる直前、視界がブラックアウト。画面が切り替わったみたいに、気づいたら青空と睨めっこしていた。
ハルトは小学生時代、坂道を下る自電車に轢かれた事があるが、全くの無傷だった。無論、高校生にもなれば、さらに体は強くなっていた。だが、電車は流石に予想外で、許容範囲外だった。
「車だったら、まだいけたかもなぁ......」
と呟やく。そして、
「ここは、どこだぁ...?」
ようやく上体を起こし、辺りを見回す。
まばらに立つ木。なだらかな地形の起伏。遠くには大きな山がそびえ立っていて、それら全てが美しかった。どうやら、平原のど真ん中で寝ていたらしい。
「どっこらせっと」
ハルトは立ち上がり、歩き回る。なんとなく、歩きながらの方が頭が回る気がするからだ。
彼は、クリスマスツリーに使われるでかい木を見つけると、その木に近づき、ジャンプ。高めの位置にある太い枝を掴み、しばらく、左右に揺れ、
「よっと」
その勢いを利用してさらに上の枝へ体を持っていき、掴む、これを繰り返し、10秒もかからず頂上の先端にしがみついた。
その時、あまり良いとは言えない頭に浮かんだ仮説を呟く。
「死後の世界ってやつかな?」
しかし、即撤回する。
「いや、ないない」
だって死後の世界だったらここは絶対に天国だ。自分の生き方で天国に行けるなんて絶対にありえないはずだ。
だとしたら、ここは
ハルトの頭に、一つの恐ろしい仮説が思いつく。
『グガァアアアアアアアアァァァ!!!!!』
「なんッッッッだぁ!!!!??」
上方から聞こえる、およそ生物からは出ないであろう叫び声に驚き、木から飛び降りる。転がりながら着地をして、すぐに顔を上げる。
「なっん...だよあれ......」
視界の先には、巨大な翼をバタつかせて飛ぶ、大きな、大きな怪鳥。やけにグロテスクな体色をしているせいで、綺麗な青空では異物感が半端なかった。
その生物を見て、仮説が確信に変わる。
やっぱりだ、やっぱり。ここは、これは。
「異世界転生.......ってやつだよな」
あの電車に轢かれて、死んで、この世界に飛ばされた。と、いうこと、か。
じゃあ...じゃあ、生きなきゃならないのか?
この世界で? オレ独りで? どうやって?
...どうすればいいんだ
そう思った途端、ハルトは走り出した。大分やばいミスをした時とかに感じる、胸の内側から上下になぞられている感覚。その不快感が、彼を走らせた。
ハルトは強かった。恵まれた体を持って生まれた。だが心までは恵まれていなかった。人並みに臆病だったし、人並みに傷つきやすかった。変わるきっかけだった喧嘩も、始めた動機は『逃げ』だった。
走って、走って、走って、走って、走って、走った。
走る最中に思い浮かべるのは
気まずくて合わせられない家族の顔。
深夜ごろからしか居場所と認識できない家。
腫れ物扱いだった学校の教室。
走って、走って、走って、走って、走った。また走って、走って、走って、やがて崖についた。行き止まりだった。その崖の先には、美しい景色が広がっている。
ハルトは、広がる景色をぼんやりと眺めた。
その、雄大で美しい世界を前に、やがてうずくまってしまった。