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前編◆私も魔王討伐の旅に出る!

私は幼馴染のカイルと一緒に森に木の実を集めに来ていた。

ベリーが成っていたり、山菜が生えていたり食の宝庫のこの森は奥へ行くと狂暴な魔獣がいるので子供は村にほど近い辺りまでしか来ない。

だけど、どういうわけか目の前にそれがいるのだ。


「ひっひええええ!!!???」

「ミラ!」


魔獣なんて親が「森の奥からいるから行っちゃいけないよ」と言うのを聞く程度の関りで、あとは村のたんぱく源として切り身になったものしか見たことがないのに、こともあろうが初めて見る生の魔獣は明らかな敵意を向けてこちらを見ていた。

そのショックと来たら思わず前世を思い出すくらいにだったわけ。


(あっこれ知ってる!)


目の前には勇者の力に目覚めたカイルが短剣一つででっかい狼のような魔獣に一撃を食らわせる光景が繰り広げられている。

絶体絶命のこんな時にそんなことを考えてる余裕なんてあるわけないのだが、思い出してしまったのだからしょうがない。

それにこの場はカイルが勝って、勇者の力に目覚めた子供がいると王都の神殿の巫女様がお告げを受けて、近いうちにお城の人が迎えに来るのは前世情報で知っている。


「大丈夫かミラ!」


はい、カイルの圧勝ですおめでとうございます。


「ありがとうカイル、早く大人の人に知らせに行きましょ」

「うん」


今しがた怖い思いをした少女にしてはケロリとしすぎかもしれないけど許して欲しい。中身は一回り(という言い方はこの世界にはない。なんせ干支がないわけで)以上いってる私は(何回りかは言わない)令和日本の記憶を思い出してしまった真性ミラちゃんなのだ。


(よりにもよってどうしてこのゲームに転生したの…)


暮らしている村は中世ヨーロッパ風。コテコテの中世風RRGの世界が広がる。

このゲームは本格RGGで勇者が目覚めた魔王を倒しに行く内容もまたコテコテストーリーで、勇者が色んな女を選び放題なのだ。

今の私の姿は素朴だけどまあ可愛らしい。勇者と一緒に旅をする男装の魔法剣士も麗しい。冒険者ギルドの受付の女の子はむちむちプリン、魔王軍の女幹部は才女系眼鏡美女、そして正ヒロインの聖女様は清く美しい。

色んな女がいるんだから正ヒロインだけじゃつまんないよね、と主に男性ユーザーの需要に応える形で伴侶を好きに選べるシナリオが追加された。それが私には解釈違いだったのだ。

勇者と聖女は前世の婚約者同士で悲しすぎる出来事によって引き裂かれた。

転生後は聖女様と脅威のなくなった世界で穏やかに愛を育んで欲しいとエンディングを見ながら涙していたというのに、やり込み要素を始めたくらいのタイミングで伴侶選び放題が追加され、私はこのゲームをやめ売り払ったのである。


「どうしたんだミラ?」

「ん?う、ううんなんでもないの」


これが選び放題の勇者か…とついマジマジ見てしまった。

村の中では確実に一番かっこいいだろう。王都に行けばどうなんだろう?行ったことがないからわからない。

家が隣だし、カイルのご両親は数年前の魔獣狩りの時に亡くなってしまいおじいちゃんと二人暮らしということもあって、なんやかんやと我が家で世話を焼いていた。なので同じ年頃の間では仲がいいし、「ミラはオレが守る」みたいなことも言われたことがある。


いやーすみません、解釈違いです。


そんなことを考えながら家まで歩いて行き、家の横で撒を束ねて括っていたお父さんに「魔獣が出てカイルが倒したわ。死骸は森に置いてある」と言えば大急ぎで自警団の元へ走って行った。


「カイル、おやつ食べよう。血が付いちゃってるから洗って着替えて来てからうちに来なよ」

「そうする」


一旦別々の家に帰ると、我が家では話を聞いていたお母さんが「怖いわねえ、無事でよかったわ」とおやつの用意をしてくれている。


「キャウン!」

「マル!ただいま!」

「マルも一緒に連れて行けば魔獣の匂いに気付けたかもしれないわね」

「でもマルはお父さんと薪拾いだったんだから、ねーマル」

「キャウン!」


うちの可愛いわんこのマルにじゃれつかれて遠慮なくモフモフと顔を埋める。

…あれ、確か、追加コンテンツでマルが実は魔獣だって明らかになるんじゃなかったっけ…?

明らかに後付けの設定だけど、選んだ伴侶と冒険の旅に出られるように一般人だった女キャラにも実は冒険者ができるスキルがあったことになったんじゃなかったっけ。

私の場合は「魔物使い」だったはず。無意識に幼い頃に森で出会った子供の魔獣のマルを調伏していたっていう。んなバカな。

真正面からマルの顔を見る。可愛いわんこのマル。口をグニっと持って歯を見てみる。


うん、鋭いね、大きいね。


「マルってば…」


魔獣だったの。真っ黒フカフカの毛玉のマルが。魔獣であっても可愛いマルだ。


そしてゲームの通りに神からカイルが勇者だとお告げたあったとか言ってお城の人がカイルを迎えに来た。村総出でお見送りしたけど、カイルのおじいちゃんはカイルが見えなくなったら寂しそうにしていた。


「ダンじいちゃん、大丈夫よ。カイルは強いもの。きっと魔王なんて倒してお嫁さん連れて帰ってくるわ」

「ミラ…じいちゃんはミラがお嫁に来てくれたら安心だったんだけどなぁ」


ごめんねダンじいちゃん、それは解釈違いなの。


魔物使いの才能があると前世の知識で知った私は、マルの他にも調伏できるんじゃないかと頑張ってみることにした。

ゲームだと勇者の伴侶に選ばれた場合のみ旅に出て、レベル1から開始だった。だけど今から村の奥の森でレベル上げをしたらきっとどんどん強くなれるんじゃないかしら。戦うのはマルだけど。


勇者の幼馴染として帰りを待って、相手の都合で冒険に出るのは、なんていうかつまらないと思う。冒険に出るなら自分が行きたいから旅立ちたいし、カイルのことは家族みたいに思ってはいるけど、前世を思い出す前だって弟みたいなものだったから健気に待つというのもなんか違う。

私は魔王を倒すパーティーに入るわけじゃないけど(真エンディングのラスボス戦には参戦する可能性はある)村だって魔獣の脅威はあるんだし、自分の強みを鍛えていくのはいいことだと思う。

とりあえず自分の手持ちの魔物か魔獣は3匹は揃えたい。

前世でモンスターを捕まえて戦わせる別のゲームがあり、カイルが旅立った今、私は違うゲームを個人的にリアルプレイすることにした。


***


魔王を倒すパーティーに入るわけじゃないと以前言っていたけど、あれは嘘だったわ。今私はカイルのパーティーに加わって魔王城を目指している。

魔物使いの才能磨きを頑張っていたら、森の奥にある祠にいたホーリードラゴンと意思疎通を図ることができたのだ。ホーリードラゴン、私はホリちゃんと呼んでいるんだけど、ホリちゃんが『マジ、魔王ゆるさんし、マジ討つべし』って言って聞かないもんだから、お父さんお母さんダンじいちゃんに事情を説明して旅に出ていいかって聞いて、カイルと一緒であればいいって話になった。

そんなわけでひとまず王都まで行って、カイルの居場所をお城の人に聞いて回ったわけ。最初はお城で門前払いを食らったり散々だったけどやっぱり頼りになるのはホリちゃん、呼び出したらお城の人たちがひれ伏して「聖なる竜に選ばれし者よ」とか言い出したのですんなり情報はゲットできた。ありがとうホリちゃん。

旅にはもちろんマルも一緒。マルは以前の三倍くらいの大きさになって戦闘力抜群で頼りになる。

もう一匹は鞄に入ってるピンクの丸っこい何か。私が調伏できるから魔物なんだと思うけど、ピーとかプーとかしか言わなくて一体何かは解らない。

ちなみに人の言葉を喋るのはホリちゃんだけ。ホリちゃんは全ての生物の上位種族だから『人間の言葉くらい使えるわ、マジこれくらいできるわ』って自信満々に言っていた。

そんなわけでカイルを追いかけたらちょうどパーティーのピンチに駆けつけちゃったのよ。

こういうイベントあるあるね!勝てない設定のモンスターと戦わなきゃいけなくなって、それを助ける新キャラが登場ってね!

無事にホリちゃんがそのモンスターを蹴散らしてカイルと合流できたってわけ。


今勇者パーティーは、勇者のカイル、魔法剣士のメイナード、修道女のレベッカ(彼女がいずれ聖女にジョブチェンジする前世の恋人)、薬師のゼンダ、そして私。

一見男3女2のパーティーに見えるが実は男2女3である。メイナードは男装をしているが女性だ。

メイナードくらい顔が綺麗だと男女どっちであろうと「美しい」という感想にしかならないと思う。整いすぎてる。だから逆に女とバレてないんだろう。メイナードが正式に勇者に女バレするのは確か魔王を倒してからのはず。それまでは着替えの時に一人で隠れてしまったりちょっとした匂わせがあるくらいだ。

カイルは是非レベッカとくっついて欲しいと思ってはいたけど、実際の人間関係はそう簡単なものじゃない。パーティーに途中参加した私はメイナードの気持ちはわからないんだけど、もしカイルを憎からず思ってるならそれを邪魔するつもりもない。それでちょっと観察していたんだけど、メイナードって多分、そういう恋愛的な男女の機微がない。無いからこそいつでもどこでも男ですんなり通ってるんだと思う。

ある日メイナードと、メイナードが女性だと密かに気付いてるレベッカと三人で火の番をしてた時に聞いてしまった。




「ねえ、秘密にしてたらごめんなんだけど、メイナードって女の子?」

「ちょっ…ミラさん!?そんな本人が隠してることを真正面から」

「おいレベッカ、それだとそうだと言ってるようなもんじゃねえか。お前ら気付いてたのか」

「あの…はい…あ、でもカイルさんとゼンダさんは気付いてないと思います」


女の子バレしてもメイナードは別にどうってことない態度だった。隠し事がバレたのにこれも不思議だ。


「何か事情があるの?」

「ああ、追われる身だからな。男扱いされてればまず大丈夫だと思ってる」

「追われている…?」

「引き取られた侯爵家の屋敷に火を放った」

「メイナード!?」

「母屋じゃないぞ?」

「そういう問題じゃなくて!!」


放火なんて犯罪じゃないか。ガチのお尋ね者だ。


「魔王城に向かってるのは、オレの実の父親がそこで宰相をしてるみたいでな」

「まってまって情報が多い」


途中でゲームを売り払ってしまったから知らなかったけど、メイナードってそんなに盛りだくさんのキャラだったの!?


「親父に言いたいことがあるから言ってから国を出ようと思ってパーティーに参加してんだよ」


詳細の説明はぶっ飛ばして話がどんどん進んでいったな。

火を放ったってなんで?魔王城で宰相をする父親?侯爵家の養女?何がどうやって魔法剣士?

疑問が多すぎて全部聞いたら夜が明けるのは確実だ。


「めんどくせえ、そのうちな」


メイナードは心底面倒くさそうにそう言って話を終わらせた。別に言いたくないとかじゃなく、本当に面倒なだけだと思う。

とりあえず、メイナードが男装をしているのは変装の一環で、別に男性として育てられたとか

お耽美な理由はないみたい。本人バレさえしなかったら着ぐるみだってよかったのだろう。

そして火の番をしながら話す内容にカイルへの恋愛フラグみたいなものは感じられなかった。


じゃあ安心してカイルとレベッカを応援できるわムフフと思ってたのだけど、どうも様子が変。


忘れられた旧王都での魔法の鏡イベントがやってきた。この廃墟の町は500年前の王都で魔王の腹心に滅ぼされたのだ。

この魔法の鏡は当時の出来事をカイルに見せるのだ。古城の中でカイルだけが魔法の鏡の光に包まれ姿を消した。今頃前世を見せられていることだろう。


「そこに水場があった。水質検査をしたら飲める水だし一旦そこで休息しよう」

「ゼンダ、カイルが居なくなったのに冷静ね」


ゲームの内容を知っている私が落ち着いてるのは当然として、ゼンダは鏡の光に慌てふためくこともなかった。私は知っていてもちょっとビビッてアタフタしたというのに。


「旧王都が滅ぼされた時、王は魔女に殺され、王太子が魔女を退け新たに今の場所に遷都した。その王太子の名がカイルだ。彼は魔王を討つための勇者だし、何か因縁みたいなものを感じる…だから光に呼ばれたんだと思ってね。まあ焦っても仕方ない、帰ってくるまで回復に努めよう」


ゼンダ、やっぱり知識階級の人は違う。彼は薬師の回復役で打撃が得意ってキャラだったはずだけど、実際にリアルゼンダを目の当たりにするとそんな薄いキャラ紹介では済まされない。

薬師ってことは薬草のプロフェッショナルで師匠の元で薬学の修行をして、更に学校にも通って学んだという。学校では薬学以外の基本的な学問も履修していて、ゼンダは歴史も古代文字も計算も(これは薬を作るのに必須らしい)こなす。

昔からフィールドワークが多かったらしく旅慣れていて、快適に野営をする方法や現地調達での栄養摂取なんかも詳しい。更に打撃が強いってことは戦闘もできる。

ゲームをプレイしている時には回復役だし戦闘要員じゃないと思っていたけど、そんなことない。村にはこんなに戦える人がいなかった。カイルやメイナードがおかしいくらい強いだけで

ゼンダも十分に強い。すごい。

そして今だって旧王都が滅んだ時の王太子の名前をさらっと言ってのけた。ちゃんと歴史を勉強して身についている。すごい。


「せっかく綺麗な水があることだし、ちょっと薬を調合しておこうかな」


そう言ってゼンダは旅の最中に集めた薬草をすぐ使えるように薬にする作業に入った。めちゃくちゃに強い人がいないと魔王は倒せないけど、こういう人がいないと旅は困ってしまう。思わず私はゼンダに向かって拝んでしまった。


「ちょっと、それ何?」

「いや、ありがたいなぁって」


南無南無と前世的に拝んでる私にゼンダが噴き出して笑った。

メイナードはお水を飲んでからごろんと横になって寝てしまった。いなくなったカイルのことを心配して眠れないみたいなことはまるでない。カイルは色んな女の子と伴侶になれる可能性があるだけで、誰とでもフラグが立つわけじゃないんだなぁと思ったりした。でも、そうか。あれは勇者という役割に各プレーヤーが自我を乗せていただけだもの。ここにいるカイルは生まれてからずっとカイルという人間なのだ。それに伴侶になる可能性が0の相手なんてこの世にはいないのかもしれない。何か切欠があれば可能性が高くなるというだけで、別に誰とくっつかなきゃいけないなんて決まりはない。ハーレム勇者か~ってちょっと軽蔑しちゃってたかも、ごめんカイル。でも別に邪険にしてるとかそんなこともないし、認識を改めるから許してほしい。


レベッカは城の中を見てくると言って行ってしまった。ここってレベッカも前世でいた場所だし、当時の記憶が無くとも何か思う所があるのかな。あれ?記憶無いよね?


「腹ごしらえもしておくか」


ゼンダがリュックの奥から鍋を取り出して水を入れて火をかける。乾燥させた肉とか野菜を上手く使って、とろみの付いたスープをよく作ってくれるのだ。とろみをつけると体が温まって体が回復するのが少し早くなるんだって。


「じゃあ、レベッカも呼びに行くわ。折角だからみんなで食べて待ちましょうよ」


この廃墟の城はこの水場以外は普通に魔物や魔獣が出るからあまりレベッカを一人にさせておくのも危ない。しばらくうろう探しているとレベッカを見つけた。窓から外を眺めている。


「レベッカ、何か見える?」

「城内の大きな広場がございますわ」

「広場…」


確かに広場だったであろうそこは煉瓦で美しくその場を彩っていた名残はある。だけどその煉瓦も剥がれ、城壁から剥がれ落ちた岩なんかが無残に散らばっている。広場よ、と言われてそうですね、という感じではない。

そこで私ははっとする。あそこ、何かレベッカの思い出の場所なのでは!?レベッカはすでに前世の記憶があるのでは!カイル(前世)との幸せな思い出があった場所とか!?

にわかにドキドキしてきた私である。だって勇者と聖女がくっついて嬉しかったんだもん。


「やはり、権力は恐ろしいわ…」


んん?今なんて?カイル(前世)との幸せな思い出から出た感じはない。


「ミラさんは…前世とか信じますか?」

「うん、信じるわ」


あまりに返事が早かったらしくレベッカが驚き顔でこっちを見てる。


「私は違う世界のおばさんだったの」

「ミラさんにも前世の記憶がありますの!?だったら話が早いですわね!」


ほっとしたように笑顔になるレベッカは本当にきれい。ふわふわの金髪、ほわほわオーラ、守ってあげたくなっちゃうのに国ナンバーワンの破邪魔法の使い手なんだからすごいわよね。


「レベッカにも前世の記憶があるの?」

「ええ、この広場でギロチンにかけられたの。悪いことはしていなかったはずなんですけど、王家の都合だったのかしら。歴史では魔女の支配を受けていたってあるからもしかしてその影響なのかもしれません」


思ったよりヘビーだった。ゲームじゃ「王子!わ、私じゃありません!信じて!カイル王子…!」と連れ去られた後は画面が真っ赤になり場面転換して話は進んでいったんだけど、現実ならフェードアウトなんてことはない。リアルに「真っ赤になる出来事」が繰り広げられたのだろう。


「私は王子の婚約者だったの。先に死んでしまったからわからないけど、きっと私の家族も同じように処刑されたのでしょうね。ミラさん、私は幼い頃にこの記憶を思い出してから権力というものが恐ろしくて仕方ないのです」

「そっか…うん、今聞いただけでも怖いもんね」

「貴族の家に生まれましたが、自分の家に権力があると知って怖くて出家したのです」

「そんなに!?」


権力を持つ側ならいいのでは、と一瞬考えたけど、そうじゃない。王子の婚約者ってことは前世でもすっごい貴族だったはずで、それでも王族という権力の前にギロチンにかけられたのだから。

うん?この感じ、なんだろう。元のカイル王子を想う感じが見受けられない?


「…好きな人に裏切られて辛かったよね?」


一応前世の記憶あり同士とは言え、この世界がゲームでネタバレ知ってますとは言う気はない。そんなことを言い出すのはさすがに頭がおかしいし、ネタバレというには私もパーティーに参加しちゃってるしカイルは今のとこ誰ともフラグも立たないし、「知ってる」とは言い難い。そんなわけでレベッカの前世の気持ちをストレートに聞いてみたのだ。


「ふふ、そういう次元の気持ちは持ち合わせておりませんわ。ただ権力が怖い、これに尽きます」

「そうなんだ…?」

「はい。今回の旅も王から教会へ破邪魔法を使える者を勇者に同行させよとの命なのですが、やはりこの有無を言わさない感じ…恐ろしいですわね」

「そっかぁ、まあそうだよね、魔物と戦いながら魔王城を目指す旅なんてしたくないよね」

「いえ、旅自体はとても楽しく過ごせております。ミラさんや他の方々もとても良い方ばかりでお力になれるのは喜びですわ」

「えぇ…?」


王命は怖いけど魔王城への旅は怖くないんだ?レベッカのことをすごく優しくて素敵な女の子って思ってるけど、「怖がりポイントが人とは違う猛者」って付け足さなきゃいけないかも。

二人で水辺まで戻ってご飯を食べてたらカイルが戻ってきた。カイルの分も取っておいたので丁度いい、温かいうちに食べられる。


「お帰りカイル、無事なのね?」

「…ああ」

「ご飯食べなよ、ゼンダが作ってくれたよ」

「…うん、ありがとう。あとでもらう。ちょっと一人で考えたいんだ」


あぁー、カイルの目から光が無くなってる。前世見てきちゃったからね。

カイルは前世のカイル王子の時、婚約者の令嬢を魔女に騙されて断罪して命を奪っている。魔女は元は人間で魔王の幹部で、王都を内側から壊すために入り込んでいた。天才的な魔法の使い手の才媛で、その才能を見込まれて王や王子にもだんだんだん重用されていくの。そして開発した強力なチャーム魔法を王子に掛けて婚約者の立場を奪ったのよ。

チャーム魔法を使われたシーンからフェードアウトしたら次が「王子!わ、私じゃありません!信じて!カイル王子…!」からの真っ赤な画面だったのを思い出したけど、リアルな記憶はそんなダイジェストではなかったはず。

ちなみにこの魔女が敵側なのに清楚系な眼鏡才女(眼鏡取ったら美人)だったので妙にファンがついてエンディング後の追加コンテンツには伴侶に選べるシナリオも用意された。許すまじ!


この前世イベントの後、この廃墟の城を出たら件の魔女戦なのがゲームだったんだけど、実際に起きるかはわからない。もはやゲーム通りに進んでいないのだけど、対策だけは立てておく。

チャーム魔法を使われたらメンズ二名は戦闘不能、もっと厄介なのは敵に回られることなので、先ほどレベッカに作ってもらった破邪の魔法陣にカイルとゼンダを押し込めておく。そしてメイナードとホリちゃんとマルでとにかく魔女を叩く。魔法陣の中からゼンダに指示してもらえば助かるな。作戦と言えるか危うい計画を立てて私は横になる。眠れそうにないカイルが一人で火の番をしてくれるというので体力回復のため眠ることにした。ゴロンと横になって焚火の前のカイルに目を向けたらカイルがレベッカをガン見してた。レベッカは戻ったカイルに「おかえりなさい」と言っただけ、あとはご飯を食べたら眠ってしまった。

う~ん…これはどうなるのかなぁ…。


廃墟の城で一泊し、体力回復と薬の補充も済んだ。カイルだけが全く眠れてなくてゼンダが心配してたけど、しょうがないかなと思う。ちなみにメイナードは「一晩寝ないくらいじゃ死なねえよ」と言っていた。一番寝てたくせに。レベッカは「あらあら」と言っただけであとはノーコメント。前世の記憶はあるけど知らんぷりを決めるみたい。きっとレベッカ的には「前世で婚約者の王子に殺されたので現世では関わらないで過ごします!~なのに私が聖女で勇者に生まれ変わった王子と旅なんて聞いてないんですけど?」が繰り広げられてるんだと思う。その物語において私はモブなので、成り行きを見守るしかできないわ。

出発しようとしたその時、どんより黒い雲が不自然に広がっていく。


「まあ、ミラさんの言った通りですわ。カイルさん、ゼンダさん、魔法陣へお入りください」

「どういうことだ?」

「ミラさんのホリちゃんさんが言うには、チャームを得意とする魔王軍の女性幹部が現れる気配がすると言っておりました。ですので男性陣は破邪の魔法陣の中で待機してください」

「チャーム…?」


ゲームをプレイしたから知っているとは言わず、ホリちゃんのお告げということにしてもらった。ホリちゃんにそうしていいか聞いたら『しょうがね~な~また我神格化すんじゃん?』と言ってまんざらでもなさそうだった。

それならメイナードも中に入ってなきゃダメじゃないのか?とゼンダが言って、言い訳を考えてなかった私がわたわたしてると、レベッカが「メイナードさんはその昔、教会で修業を受けたそうです。彼ほど美しいと厄介事が降りかかるでしょう?」と微笑みながら平然と言った。メイナードの美貌には説得力がある。ゼンダもカイルも「なるほど」と納得した。

そうしていると森の奥から何かがやってくる気配がした。とてつもない魔力と瘴気、現れたのは眼鏡の令嬢――魔女ファランティヌ。


「王太子殿下にご挨拶を申し上げますわ」


場に似つかわしくない完璧な淑女の礼(カーテシーというらしい)をするファランティヌを見てカイルは目を見開いている。

ゲームのファランティヌ戦でチャームを受けると男性キャラは一切コントロール不可になり、たまにこっちを攻撃してくる厄介者になり果てる。レベッカの破邪魔法を使ったターンだけは正気に戻るけど次のターンで必ずまたチャームを使うからきりがない。正気に戻してもレベル上げかアイテムブーストをしてレベッカの素早さが男性陣より早くないとターン行動は終わっているから意味がない。なのでここは女パーティーで来るのが良しとされている。そうは言ってもこの勇者パーティーにゲームのような予備人員がいるわけでもないので限られた女性陣でどうにかするしかない。


「さすがホリちゃんだな、ミラ、本当にチャームなんて使うのかよ。チャームは大昔の禁忌魔法で今は方法すらわからないはずだぜ?」

「ゼンダ、あれは見た目通りの年齢じゃないわ。恐らくカイル王子の時代から生きてるから、その大昔の魔法をいまだに使えるのよ」

「なんだと…?」

「あら、私の魔法を知ってくれている方がいるのね、嬉しいですわ。ではご覧入れましょう!」


そう言ってファランティヌはバカみたいに強大な魔力でチャームを放った。だがしかし!こっちは破邪魔法陣にメンズは全員保護してある!


「ギャウゥゥゥウウン!!」

「マル!?」


なんていうことなの。魔獣にもチャームが有効だったなんて。ファランティヌが愉快そうに笑ってマルに「あの人たちをやっつけてくださいな」と指示を出した。こちらに襲い掛かってくるマルにレベッカが破邪の魔法で解除を試みるも弾かれて効かない。なんで!?レベッカの破邪魔法だったら正気に戻るはず…


(あっ!レベッカ、聖女じゃない!)


ゲームでは廃墟の城の前にレベッカは洗礼を受け修道女から聖女になっているはずだったけど、レベッカは「恐れ多いことです」と言って断っていた。聖女にクラスチェンジにしないと特殊効果を打ち消す破邪魔法の有効範囲が修道女の時のままで、チャームは対象外だ。


「ミラ、あの毛玉斬るぞ」

「だめえぇぇぇ!!」


メイナードの容赦のない言葉に泣きながら訴えかけてもこちらを一瞥することもなく剣を抜く。マルなんてメイナードの一撃で死んじゃうよ!そんな私たちを見てファランティヌは「あら、うふふ」と朗らかに笑っている。マジで頭おかしいあの女!

そしていよいよメイナードが動くその一瞬前、ホリちゃんがマルをばっくり咥えて上空へ飛んだ。


「ホリちゃん!」

『バカミラ!マルはオスだっつーの我咥えてるから早く何とかするし!』


ホリちゃんがメスで助かった!でも私がホリちゃんで戦うこともできなくなった。聖女じゃないレベッカも魔女に有効な破邪魔法は使えずできて回復くらい、あとはメイナードが頼りなんだけど…


「メイナード…一人で戦える?」

「やるしかねえんだろ」


別に私に呆れた顔を向けるわけでもなく、平然と言ってのけるメイナードは本当にかっこいい。そしてメイナードが炎魔法を纏わせた剣でファランティヌに斬りかかったが、魔法障壁で攻撃が無効化されてしまった。


「私に魔法で勝てると思わないでくださいな。私の名はファランティヌ、この旧王都エスナを滅ぼした魔女よ。そうね、ここに聖女でもいればこの魔法障壁も無効化できたでしょうけど…」


そう言ってファランティヌ はちらりとレベッカを見て笑う。


「なんの力もないただの女には何もできないでしょう、今回もまた、ね?」


ファランティヌはレベッカがかつての婚約者の生まれ変わりだと知っているんだ。陥れられ無残に処刑されたことを揶揄って言っているのだろう。なんて性格の悪い。


「あいつ初対面だよな、誰かと間違われてねえか?」


私はメイナードのこういう、妙な深読みをしない単純な所が大好きだ。何言ってるんだあいつって顔でファランティヌを見てる。


「私は平凡ですので、どなたかと勘違いされているのかと思いますわ。修道女なんてよくおりますもの」

「ふうん、まあ魔法障壁だろうがなんだろうが叩いてりゃいつか終わるだろ。レベッカ、回復は頼む」

「わかりましたわ」

「ふふふ、大きく出ましたね、ではまず私の眷属からお相手していただきましょうか」


ファランティヌの左右に魔法陣が現れると各エリアの軍団を率いるボスレベルの魔物が二体現れた。でかい。禍々しい。圧がある。


「ファランティヌ 」


背後からカイルの声がした。前世を見せられたカイルは彼女の事がわかるはずだ。私は恐る恐る後ろを向いて見ると、カイルは無表情だった。


「カイル殿下、お久しぶりです。もしカイル殿下が魔王軍にいらっしゃるのでしたら私の名において歓迎いたしますわ。魔王様は寛大なお方、かつての敵や罪人だってその力が確かであればお認めになりますりますもの」

「おいミラ、やっぱあの女おかしくねえか?カイルが殿下なわけねえだろ」

「メイナード、ちょっと聞いてようよ…」


メイナードのツッコミを押さえながら二人の様子を見る。ゼンダは二人の会話から何か探れないか聞いているみたいだ。頼りになる!


「お前のせいで…いや、お前と愚かなオレのせいで…ベアトリスは…!」


ベアトリス、レベッカの前世の名前ってベアトリスだっけ?思わずレベッカの方を向くと当のレベッカは「一体これは何かしら?」みたいなキョトン顔をしている。本気でしらばっくれるつもりみたい。

先ほどの無表情からカイルは怒りの表情になる。こんな顔のカイルを見たのは初めてで私は声が出なかった。怖い。


「おいカイル!」


魔方陣から一歩足を踏み出したカイルをゼンダが止めようと肩を掴んだけど、まるでそんなものは無いかのように進み出した。


「カイル殿下、私のチャームはあの頃より強力になっておりますのよ。一度は女神の加護で解けたからってまた同じように打ち破れるとお思い?ふふ、また仲良くしましょう、以前のように」

「カイル魔法陣に戻れ!」


ゼンダの叫びも空しくファランティヌのチャームは早かった。魔法陣から踏み出しちゃってるカイルはきっとマルの二の舞だ。メイナードに斬り殺される前にホリちゃんに咥えて持って行ってもわらないと。


「さあ、カイル殿下…」


笑顔でカイルを呼んだファランティヌが言葉を詰まらせて目を見張る。目の前に剣を振り下ろしたカイルがいたからだ。瞬間、魔法障壁を発生させたが攻撃を防ぎきれずダメージを食らっている。


「これは一体…?!」


戸惑うファランティヌを他所に次々に攻撃を仕掛けるカイルに防御一辺倒になる。そしてついに魔法障壁はカイルの剣で砕け散った。


「なっ…!?」


思いがけないことにファランティヌは驚きはしたけどさすがは才女系の敵、すぐに冷静さを取り戻し召喚した魔物に攻撃指示を出した。


「行きなさいベルドム!ガードリー!」

「来ないでベルドム!ガードリー!」

「は?」


ファランティヌは指示の逆を言われ一瞬ぽかんをした顔をする。そして余裕綽々という雰囲気だったファランティヌが、攻撃に出ない魔物に初めて眉を顰めた。


「あなた、一体何なの?ベルドム!ガードリー!早く!」


ベルドムとガードリー、自我を持ってる魔物だったらホリちゃんやマルみたいに私へ好意がなければお願いなんて聞いてもらえない。だけどきっとあの二体はチャームが掛かってるマルのような興奮状態じゃなく目が動いて無くて、これはチャームじゃなくファランティヌに支配を受け自我を失っていると思ったの。この私ミラちゃんは無意識でマルを調伏していた魔物使いの天才、だったら本業ではないファランティヌから支配権を奪えるんじゃないかと思ったら大当たり!


「ベルドム!ガードリー!おすわり!!!」


私が叫ぶとベルドムとガードリーはその場で体育座りをした。


「やったー!」

「このクソ忌々しい雌豚め!」


ファランティヌから暴言頂きました~!追いつめられると性根がわかるよね、結局ファランティヌは才女ぶってるだけの下品な女ってわけ。


「豚って言われても平気よ、だって豚好きだもの」

「いいぜミラ、よくやった」


メイナードの声が聞こえた方へ向いたらもう姿は見えず、ファランティヌへ一撃を食らわせていた。寸での所で魔法障壁を発生させたがカイルがすぐに叩き壊す。魔法障壁って物理で壊せるの?よくわからないけど勇者の力なのかしら。ゲームでは見たことないけど、私がプレイしなかった追加コンテンツとかでそんなパワーがあったのかもしれない。だからチャームも効いてないの?そういうことは早く言ってほしい。


作っても作っても魔法障壁が破られて、メイナードは魔法じゃ敵わないと判断してとにかく斬りつけていく。魔女は魔法が使えなきゃ肉体的には一般人と変わらないだろうから物理攻撃はキツそうだ。ファランティヌは肉体強化の魔法も使っているみたいで致命傷にはまだなっていないのだけど、あれも魔力が続くまでのこと。そんなことが行われている左右にはじっと体育座りをするベルドムとガードリー。なんだかシュールな光景だ。


「こ、降参よ勇者カイル…捕虜にでも何でもするといいわ。魔王の目的も、魔王城の内部のことも全部話すから…。私は元は人間だったのよ…、魔女となって、魔王の僕としてしか生きてこれなかった…」


地面に息切れをしながら膝をついたファランティヌがそう溢す。魔力が足りなくなった時点でベルドムとガードリーは元居た場所に戻ったみたい。


どうやら彼女の過去バナが始まりそうな雰囲気だ。これって追加コンテンツで明らかになった内容じゃないだろうか。だって私知らないし。しかしメイナードはそんな話は聞いてはおらず、ファランティヌの頭を踏みつけて地に着けた。ゴッて音がした。そして剣を振りかぶって首を狙う。


「ちょ、ちょっと待ってメイナード!降参してるじゃない!あと今話の途中!それに人間って言ってたよ!?」

「あ?降参だ?人違いで襲い掛かるような奴はこうするに決まってるじゃねえか」


メイナードの足元ではファランティヌが自分の有用性を早口で語っている。もはや絶叫。

魔力が尽きたことによってファランティヌのチャームは消えたようで、マルが正気に戻ったのを確認してゼンダも魔法陣から出てきた。


「おいメイナード、確かに魔王城への道はわからないことだらけだ。協力させた方がよくないか?それに魔力が尽きたこいつはただの人間に見える。人間を殺すのはなぁ…」

「はぁ?」


メイナードが不満げにゼンダを見る。


「いや、始末しよう」

「カイル!?」

「こんなやつを信用したらパーティーを内側から壊されて全滅だ」

「カイル殿下…っ」

「呼ぶな。虫唾が走る」


虫唾が走る!?カイルがそんなこと言うの!?ファランティヌが絶望したような顔でカイルを見上げている。

これは、絶対に前世のベアトリスが死んだことの恨み辛みだと思う。ちらっとレベッカを見てみたら飛んでるホリちゃんを見ていた。不参加の意志が固い。


「…まあ、絵面的に私刑みたく見えちまうか。だったらちょっと待ってろよ、おい立て」


メイナードがファランティヌの髪を掴んで立たせるのを私とゼンダはなんとも言えない顔で見る。えげつない…

体力も消耗したし、もう一泊この古城で過ごすことになったので私とゼンダとレベッカはまた城の中の水辺に戻る。カイルとメイナードはファランティヌを森の奥に引きずって行った。


「気持ちはわかるし、生かしておいて危険なのもわかる。だけど意思疎通ができて戦意が尽きてる人間に手を下すのは、俺は無理だな…甘いんだな。法なり国王なりの判断に委ねるべきって考えてしまう」

「それを言うなら私もよ…こんな町から離れた何もない場所で絶対に生き残るならカイルとメイナードが正しいわ。でも…なんか、気分はね…」


きっとどんな場所でも状況でも生き残れるのはカイルとメイナードみたいな人なのだろう。いや、カイルはもうちょっと情けのある人だと思うから今回だけじゃないかな。だったら生き残るのはメイナードだ。メイナードすごい。

レベッカは修道女という立場から慈愛に満ちた言葉が出るのか、はたまた魔女は滅するべきかと言うのか気になったがこの件については完全にノーコメントを貫いた。「前世で婚約者の王子に殺されたので現世では関わらないで過ごします!~なのに私が聖女で勇者に生まれ変わった王子と旅なんて聞いてないんですけど?」は続行中みたい。


しばらくしたら「腹減った」とか言いながらメイナードとカイルが戻って来た。ファランティヌが持っていたという魔王城への転移門の鍵をゲットしてたから最期に身ぐるみも剥いだのね。もし人間の肉体ではなく魔物に改造されているのを想定して、それでも再生はない程度には処理をしたと言っていた。その処理の詳細は特に聞かずに「そっか」と答えた私とゼンダだった。レベッカは食事の準備をしていた。


***


カイルがレベッカを見てる。前世を思い出してからカイルはレベッカに思う所があるのを隠さず、それはさすがにゼンダも気付いた。


「なあ…カイルの奴、レベッカが気になるにしてはなんというか…視線がじっとりしてないか?」

「そうね…」


きっと前世の罪悪感とか後悔とか好きだった気持ちとか全部煮詰まっちゃってるんだと思う。カイルはただの村の男の子だから気持ちを取り繕う習慣はない。だからいつの日だってレベッカをじっとり見ているのだ。


(怖いな)


失礼だとは思うけどそう思ってしまった。レベッカの方は見られていることに気付いているとは思うのだけど、徹底してそれには触れない。ちなみにメイナードは気付いてもいない。


「ねえカイル…あんまりじろじろレベッカのこと見るのやめなよ」


カイルにここで物申せるのは幼馴染の私だけだろう。休憩中、ちょっとだけカイルを連れ出してそう言った。


「そんなに…見てたか?」

「うん、むしろずっと見てるよ」

「そっか…」


無自覚だったのか参ったな。レベッカが「なんですか?」とか言っていれば目を逸らしていたんだろうか。だけどレベッカは強い意志を持ってスルーしているので絶対にそんなこと言わない。


「レベッカのこと好きなの?」

「好き、か………」


そう言ったきりカイルは黙ってしまった。きっと好きとかいう甘酸っぱい気持ちとは程遠く、そうだとは簡単には言えないんだろう。難儀なことだ。


「なあミラ…これはミラだから言うんだけど…オレは古城でしばらくいなくなっていただろう?あの時に…その、オレとして生まれる前の人生を思い出したんだ」

「そうなんだ」

「信じてないだろ」


しまった、知ってることを言われたから反応が薄かった。


「えっ…ええ!?それって前世ってことぉー?うっそーすごーい!」


大げさに驚いてみせたらカイルは納得したみたいで続きを話し出した。


「オレはあの城の王子で、優しい婚約者のベアトリスと王国を継ぐと信じていた。ファランティヌが現れるまで」


カイルが言うことには、まだまだ未開発だった王国にファランティヌの打ち出す案は画期的で、重用するようになったら王族とはいえ今よりずっと規模が小さく一領主みたいな感じだったのもあり、あっというまに距離が近づいたということだ。みんな温和で仲が良く、疑うこともしなかった。そうしているうちにファランティヌのチャームが蔓延し、ありもしない罪を着せられたベアトリスはカイル王子によって断罪されたらしい。


「…どうかしていた。証拠は揃っていて、優しかったベアトリスがすっかり変わってしまったと思った。それどころか、醜悪な本心をああも隠していたのかとより軽蔑もした…それにおかしいとは自分も周りも思わなかった。……女神ヴァーヴェラが現れるまで」


女神ヴァーヴェラはこの国の主神ダレルの娘で、いつの時代も勇者が目覚めたと神託を授けてくれる神様だ。確かレベッカが居た教会が女神ヴァーヴェラの教会だったはず。


「その頃は隣国と一触即発という雰囲気で、それもファランティヌが仕組んだことだったんだけど、開戦を宣言しようという気概で会議に向かった時女神ヴァーヴェラが突如現れ、強烈な光に打たれた。その時、頭の中から霧が晴れたように…」

『あー、バベちゃんがぶん殴ったやつな』


唐突に参加してきたのは頭上で飛んでたホリちゃんである。ぶん殴った?カイルは反応してないからホリちゃんの声は聞こえてないのかしら。


『バベちゃんのパッパが作った世界をさ、バベちゃんも一緒にいじっていいよって言われて、バベちゃんワクワクしてバベちゃん用の女の子作ったのに、魔王の下僕にしてやられた人間が壊したからチョー怒ってぶん殴ったんよ』


ホリちゃんの言葉を聞いて、私はカイルに質問した。


「光に打たれたとき、痛かった?」

「え?どうだっけ…ああ、あまりの衝撃に数日目を覚まさなかったかな」

「そっか…」


神様がぶん殴るとそうなるんだぁ…。ん、待てよ?毎度女神ヴァーヴェラが勇者のご神託をする?


『バベちゃん、王子にずっと仕事させてる』

(やっぱり?)


カイルが思い出したのはカイル王子の頃の記憶みたいだけど、その次も次の次もやっぱり勇者だったんだろう。そんで女神ヴァーヴェラに「魔王をなんとかしてこいやコラ!」と戦いに蹴り出されてきたのだろう。勇者は誉れ高いと思っていたけどこれでは呪いじゃないか。


「頭の中の霧が晴れて…ベアトリスが…ただの優しい女の子だったって…やっと思えた。………オレが殺した」

「…カイルじゃないよ、大昔にいたカイル王子がだよ」

「それはオレなんだ」

「そうかなぁ」


前世の記憶持ちミラちゃんだけど、前世の責任を今取れと言われたら困ってしまう。それに憎むべきはファランティヌだと思うし。ヴァ―ヴェルはファランティヌをぶん殴ればよかったのに、とあとでホリちゃんに言ったら、パッパ(主神)との約束でダメなんだって。カイルも本当は殴っちゃダメだったけど、もう殴ってしまったから責任を持って戦う加護を与えて守護してるんだって。責任かぁ…やっぱり呪いみたい。

カイルの目から光が消えて真っ黒になってる。ベアトリスの生まれ変わりのレベッカとその頃の話ができれば、その話がいい話かは別として過去を終わらせることができるかもしれない。

けどなぁ、私がそれをお膳立てするのも違うと思う。レベッカは関わりたくないみたいだし。難しいところね…。私にできることは無さそうだから、とりあえず「それでも、ジロジロ見るのはダメだよ」とは伝えておいた。

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